第45話 しつこい相手


「ズアァァァァ!」


 叫び声を上げながら、本日も相手を叩き潰す。

 足りねぇ、足りねぇんだよ。

 どいつもこいつも弱すぎて戦っている気分になれねぇ。


「ヒィッ!?」


「あぁ? まだ残ってんのか……」


 通路脇に隠れていたもう一匹を見つけて、思わずバキバキと拳を鳴らしてみれば。


『マスター、非戦闘対象です。彼は巻き込まれた側。キルログは有りますが、登録年数を見る限り“致し方なく”、または“事故”という状況だったのでしょう。それくらいに少ないです』


「ハッ、殺してるのなら関係ねぇだろうが。一人殺すも、百人殺すのも一緒だ。殺しは殺し、俺は間違った事を言っているか?」


『マスター……Redoの状況を考えて下さい。生き残る為の行動と、快楽殺人は明確に違います。そうせざる負えないゲームなのです。そして彼は、後者ではない。それが貴方のルールだった筈です』


「あぁぁ、クソ。メンドクセェな」


 煩い端末に説教を貰い、ガリガリと首元を掻いていると。

 相手からサレンダーの通知が届いた。

 それを了承してみれば、残っていた獲物は“こちら側”から姿を消す。

 つまらん、本当につまらん。

 ハァァと思い切り溜息を吐いている間に、ズドンと。

 遠くで大きな音が聞えて来た。


「ハッ! 今日も来やがったか!」


 叫ぶと同時に、その場ですぐに回避行動を取った。

 次の瞬間には、俺の居た場所に落ちて来る鉄の塊。

 間違い無い、ここ最近ずっと俺の事を付けて来るfortフォートだ。

 アイツが今日も、俺に喧嘩を売って来た。


『……相手からのサレンダーを受け取りました。戻りましょう、マスター』


「いいや、せっかくのご招待だ。しばらく遊ぼうぜ、fort」


 カッカッカと笑いながらビルの屋上に上ってみれば、此方へとゆっくり接近してくる戦艦が見える。

 ビルを薙ぎ倒し、陸地を海の上の様に進む要塞。

 そんなのが、今日も攻めて来た。

 基本的に相手は、自らをエンカウントするモンスターの様に演じているらしい。

 遭遇した途端にサレンダーを送り、此方に逃げ道を作る。

 しかし相手のサレンダーは特殊であり、それを了承しても此方の勝ちにはならない。

 こんな事も出来るのかと、思わず笑ってしまいそうになるが。

 相手は、どこまでも偶然遭遇する強敵を演じたいのだろう。

 それとも何かしらデメリットのあるスキルでも存在するのか、それは分からないが。

 常に逃げるという選択を与えながら、こうしてしつこく追って来る。

 一度マークした相手は徹底的に追い詰めるってか?

 やるねぇ、そのしつこさ……嫌いじゃない。

 まさに賞金首になるべくして成った、性格の悪い強プレイヤーって感じだ。


「リユ、鉄球」


『本気ですか? このまま消費すれば、こんな外れアイテムでさえ底を尽きますよ』


「おっと、そりゃ不味いな。んじゃ……直接乗り込んでみるか」


 グッと脚に力を入れた瞬間、相手から向けられた大砲が火を噴いた。

 来る、さっきの攻撃が。

 一気に走りだし、建物の屋上を渡り歩いていれば。

 此方に向かって何度もfortが砲撃を繰り返して来る。

 派手にぶっ放して来る為、俺が渡り歩いたビルは酷い状況になっているが。


『警告。此方の行動を予測して、相手が着地地点を狙っています』


「ハハッ! あんなデカい図体でも、脳みそはあるって事だ! リユ、サレンダーを認めろ!」


『ったくもう、徐々に攻略を進めていく死に戻りゲームじゃないんですから……』


 リユの声が聞こえた時には、俺はリアルの方へと戻された。

 そして当然、ビルの間を飛び交っている状況で“こちら側”へと戻って来てしまっては。


「おいおいおい、待て待て! 飛んでるって!」


『大丈夫ですマスター! 今の勢いなら隣のビルに飛び移れます! 着地の準備を!』


 俺は今、四車線道路を挟むビルの間を飛び越えようとしていた。

 いや、無理だろ。

 スクリーマーを着ている時なら、こんな距離なんでもないが。

 今の俺は、正真正銘生身なのだ。

 普通に、死ぬ。


『今のマスターの身体能力なら行けます! 衝撃を受け流す事を意識して下さい! 受け身を忘れずに! いきますよぉぉ!』


「無理だって! いくら何でも無理だってば!」


 なんて言っている間にも隣のビルの屋上は迫り、諦めて目を瞑る……のは完全に愚策。

 と言う事で、カッと瞼を開きながら着地の瞬間に全力で対応した。


「う、おぉぉぉぉ!」


『頑張れマスター! 貴方ならいけます! もしも足を折ったら、国保のお世話になりましょう!』


 ふざけた声を上げる端末の声を聴きながら、滅茶苦茶頑張った。

 足裏が地面に触れた瞬間、負担にならない程度に力を入れて。

 足がクッションの代わりをしてくれている間に、身体を丸めて進行方向へと身体が流れる様に向きを変える。

 そんでもって、その後は。


「あだだだだっ!」


『マスター! ファイトー!』


 受け身とは、コレで良いのだろうかってレベルで。

 物凄く転がっていった。

 強い衝撃が加わりそうな時は、柔道の受け身をイメージしてどうにかしようと思っていたのだが。

 勢いが良すぎて、無理に手をついて止まろうとすると今度は腕が折れそう。

 傍から見れば吹っ飛んでいるだけにしか見えなかっただろう。

 そして、ビルの端っこまで吹っ飛ばされ。


「ずはぁっ!? 痛ったぁ!?」


『おぉぉ……凄い音して止まりましたね。大丈夫ですか?』


 ガツンって言った。

 思い切り屋上のフェンスを折り曲げる勢いでぶつかってしまった。

 めっちゃくちゃ痛い、あと怖い。

 今度から、空中でRedoからログアウトしないようにって規制も入れておこう。

 まぁ今回は着地地点を狙われたから、仕方ないんだけど。


「いってぇぇ……でも、骨は大丈夫そうだ」


『以前より数倍頑丈になった様でなによりです、帰りましょうか。面倒くさいfortからも逃げきった訳ですし』


「ったくもう……アイツ本当に規格外過ぎだろうが」


 ぶつけた腰をトントンと叩きながら立ち上がってみれば、端末から何やら通知音が。

 またescapeあたりが適当な煽り文句でも送って来たのかと、ため息を溢しながら端末を目の間に持って来てみると。


『こんばんは。突然の連絡、失礼します。ご迷惑でなければ、今度皆で一緒にご飯でも食べませんか? 私、唐沢さんと直接話してみたいです』


 送り主、RISA。

 おい、待て。


『恐らくescapeが情報を洩らしたんでしょうねぇ。本名、バレちゃいましたねぇ』


「それくらいは別に良いんだけどさ……いや待って? 相手は確か高校生なんだろ? 俺が出席して良い席なのか? そもそもescapeが何とかするって言ってたじゃないか」


『ま、失敗したんでしょうね』


「えぇぇ、そんなぁ」


 若い子と食事をする席なんて、俺経験した事無いんだけど。

 我が子に食事を与えた事はあっても、年頃の女の子と食事の席を共にするなんて未経験だ。

 でも“皆で”って事は、escapeも来るんだよな? そうだよな?

 会話はそっちに任せて良いんだよな?

 現役高校生の話題とか、全然分かんないぞ。


『あんまり期待しない方が良いですよ? escapeが対処する筈だった事態が、此方に飛び火してますから。結局は手に負えなかったって事じゃないですか? もしくは面倒臭くなったんですかね』


「俺にどうしろと……」


『さて、どんな話を持って来る事やら……あ、間違ってもスーツとかで行かないで下さいね? 女の子をお金で買ったおじさんに見られちゃいますよ?』


 そんな訳で、今宵も攻めて来たfortから逃げ切った瞬間。

 新たな難問が訪れてしまうのであった。

 えぇ……おじさん、若い女の子と楽しくお喋り出来る自信無いんですけど。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る