第44話 栄養補給


「あぁぁ~……疲れた」


 個室のある居酒屋みたいな所に連れて来られたかと思えば、escapeエスケープさんは完全に脱力した様子で席に腰を下ろした。

 おい、さっきまでのイケメンは何処に行った。

 今では疲れ果てた社会人みたいになっている。


「やっぱりアレなの? 今時の高校生って言うのは、皆キラキラしているモノなの? 付いて行けないよ……あのテンション。あ、何でも好きな物頼んで良いよ。俺酒飲んでも良い? リアルでの対人と、あんな演技したから流石に疲れちゃった」


 なんか急にダルそうにし始めた彼は、即店員を呼び出してカクテルか何かを注文し始める。

 わー、見た目と一緒で飲むモノもお洒落だなぁ。

 なんて、思えれば良かったんだけど。

 当人が物凄く面倒くさそうに顔を顰めているので非常に台無し。


「そ、それで……escapeさんは何故直接私に会いに? というか、顔見せて良かったんですか?」


 プルプルしながらそんな質問を投げかけてみると、彼は溜息と共に此方に疲れた瞳を向けて来て。


「君が俺の個人情報を知った所で、何か有効活用出来る? あと悪いんだけど、外でその名前出さないで貰って良い? 俺、一応賞金首だからさ。本名はこうのとり あずさって言うんだ。男なのに、変な名前でしょ」


「い、いやぁ。良い名前だと思いますけど……」


 些か棘のあるお言葉に頬をピクピクさせながら、そんな言葉を返してみたが。

 相手は興味なさそうにスマホをポチポチ。

 個室に居るからって事なのか、Redo端末まで取り出しポチポチ。

 う、うわぁ……空気悪っ!?

 彼が間違いなくescapeだと言う事は理解出来たが、この状況で二人っきりっていうのは非常に心に来る。

 お願い、誰かもう一人。

 黒獣、助けに来て。

 いや、あの人が来た所で更に場の空気が悪くなるだけか?

 それとも以前リアルで見た彼なら、どうにか仲介してくれるのだろうか?

 そんな事を考えながら、ひたすらに冷や汗を流していると。


「ま、こんなもんで良いか。ごめんね、一応周囲の確認と俺達がサーチに引っかからない様にしたから。それで、さっきの男子と付き合うの?」


「唐突過ぎません!? 付き合いませんよ!」


 前半に何か物凄い事を言っていた気がするが、そっちは流した方が良いのだろう。

 何たってescapeだし。


「へぇ、顔は良さそうだったのに。成績も優秀、親も金持ち。運動神経も良く、悪い友人は持っていない。好条件だと思うけど?」


「貴方がソレを叩き潰していませんでしたかねぇ!? ていうか全く無関係の人の情報まで知ってるの怖すぎますけど!?」


 やけに顔の良い空気読めない系男子は、はて? と首を傾げながら、此方に何故か一万円札を数枚差し出して来た。


「ごめんね。女子高生を迎えに行くならコレが良いって、少女漫画に書いてあったから。昨日読破して、その通りにやってみたんだけど。失敗だったらすまない、これで彼とデートでもしてあげて」


「いや、あの……いりません。あとデートもするつもり無いんで」


「そうなの? 君みたいな子達なら、デートくらいサラッと行きそうなのに」


 不思議そうな顔をしながら、万札を財布に戻すescape。

 あぁぁぁ! 接し辛い!

 なんだ、何か変だ! どこかがズレている!

 とか何とか思っている内に、店員が彼のお酒を持ち込み。

 そのタイミングで色々注文をしたかと思えば。


「それで、RISAは何か食べたいモノとか飲みたいモノはないの? 俺の奢りだから、好きな物頼んで良いよ」


「あ、はい……」


 諦めた表情を浮かべながら、適当に飲み物を注文してみれば。


「今の内に沢山食べておいた方が良い。君、家でろくに食べてないでしょ」


「……」


 escapeから、おかしな御言葉を頂いてしまった。

 そんな事まで調べられるのかという疑問は湧くが、正直今の私の状態は外見的にも良好とは言えないのだろう。

 だからこその、言葉なのかもしれないが。


「今日はそっちの話をしに来た訳だから、食欲があって手間が取られない内に食べておきな。大丈夫、俺もあんまり人の事言えないからね。君とは違う理由で食生活も偏ってるし、説教するつもりは無いよ」


 なんて言葉を吐いて、彼もまた適当に追加注文し始めるのであった。

 先程までは自分のオツマミを頼んでいる雰囲気だったけど、今では定食の様な物を頼んでいる。

 もしかして、この見た目で結構食べるのだろうか?


「あの、もしかして。黒じゅ……じゃなかった。AKさんもこの件に関わっていたりします?」


「だぁから」


「すみません、本名知らないんです……」


 小声で聞いた私に、再び呆れた瞳を向けて来るescapeにひたすらに頭を下げてみれば。

 彼は、これまた一つ溜息を溢してから。


「俺としては、君の復帰を促すのと注意勧告だけに済ませるつもりだったんだけどね。アイツからの頼みだよ、若い子に飯を食わせてやってくれって。彼の名前は唐沢 歩からさわ あゆむ。この様子だと、俺より彼の方が役割的に相応しかった様に思えるね」


「と、言いますと?」


 店員が出て言った後、二人きりになったかと思えば個人情報がボロボロ出て来る。

 そして彼はテーブルに肘を尽きながら、再び呆れた瞳を此方に向けて来た。


「君が抱えている湿っぽい話題に関しての相談役。歳が近いからって事で俺が来たけど……思った以上に真面目ちゃんだね、君。間違いなく唐沢歩の方が適任だ」


「え、えぇと……」


「ま、今日は俺で我慢してよ。その内予約取っておくからさ」


 そんな事を言いながら彼はお酒のグラスに口を付け、グビグビと飲み干して行った。

 こ、これが一気飲みってヤツかぁ……とか思っていれば。


「俺だって慣れている訳じゃないんだよ、特にリアルでの対人は。元々根暗で卑屈な性格だからね。ネットなんかを通してチャットするなら、結構テンション高く喋れるけど。それ以外だと、どうしてもこんな感じ」


 ハッハッハと乾いた声を上げながら両手を広げて見せるescape。

 本名を、こうのとり あずさと言ったか。

 彼の本性は、どうやらRedoの時と似た様な性格をしているらしい。


「あ、あの……今度は、皆で会いませんか? 私も黒獣……じゃ無かった、唐沢さんと直接会ってみたいですし。それに、鸛さんとこうして直接お会いできた事。凄く、嬉しいです。お二人には、ちゃんと面と向かってお礼を言いたかったので」


「お礼? 何の?」


「マップや情報、その他諸々。私はescapeさんにとても助けられました。本当に、ありがとうございます」


 そういって頭を下げてみれば、彼は大きなため息をつきながらも。


「君は、本当に真っ白だな。いいよ、もう頭を上げてくれ。十分に伝わった、だから今は食事を楽しもう。ほら、丁度来たみたいだしね」


 彼の言葉と同時に、様々な料理が運ばれて来た。

 それらを見て、思わずグゥっとお腹から情けない音が鳴る。

 最近ちゃんと食べていなかったから、というか一人だと食欲さえ感じなくて。

 と言う訳で、とても情けない音を立てたお腹を押さえて料理を睨んでいれば。


「ほら、食べな? どうせ俺や唐沢歩相手なら、お行儀よくする必要はないだろう? 手掴みで口に運んでも、別に何か言ったりしないから」


「手掴みでは食べませんけど……頂きます」


 兎にも角にも、目の前に並んだ料理をご馳走になる。

 どうやら彼が頼んでいた定食は私の為に注文してくれたらしく、此方へ色んな料理を寄せて来るescape。

 何か、久し振りにまともな物を食べた気がする。

 家に居る時は適当に済ませたりとか、食べなかったりとか。

 リズに怒られるから、携帯食料みたいな飲み物で誤魔化したり。

 そんな事ばかりを繰り返していた気がする。


「美味しい?」


「美味しい、です……」


「そ、なら良かった」


 私の様子を眺めながら、彼は静かにお酒だけを飲んでいた。

 まるで私の食事を一切邪魔しないという様な態度で。


「ありがとう、ございます……」


「いいさ、こっちにだってメリットはあるからね」


 私はこの人達に、いつだって助けてもらってばかりだ。

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