第41話 戦う意味
「戻って……来られた?」
『本当にギリギリでしたが……まぁ、一応』
リズの声を聴きながら周囲を見回してみれば、普段通りの夜の景色。
向こう側みたいに地面が抉れたり、建物なんかが崩壊していない現実の光景が広がっていた。
そして、私の目の前には。
一人の男性が此方に背を向けて立っている。
最後にRedoの世界で見た立ち位置から考えて、彼が“黒獣”で良いと思うのだが……。
「あ、あの……」
リアル割れ、身バレ。
Redoにおいて一番警戒しないといけない、恐ろしい出来事。
本来なら気を利かせて、このまま立ち去ってしまうべきだったのかもしれない。
でも、どうしても知りたかったのだ。
あんなにも獣の様に暴れ回り、捕食者の如くプレイヤーを食い散らかす存在。
だと言うのに私の意志を尊重してくれたり、最後には私と紗月を守ろうと行動してくれた。
この人は、どんな人なんだろうか?
Redoの鎧を纏っていないその姿は、どんな表情を浮かべる存在なんだろうか?
「RISAさん、ですよね? すみません、今は合わせる顔がありません。本当に、すみませんでした……ちゃんと守れなくて」
彼は背を向けたまま、そんな言葉を紡いで来た。
メールでも思ったが、本当に向こう側とこちら側では別人の様だ。
これが賞金首の黒獣? さっきまで暴れていたプレイヤー?
とてもでは無いが、今の穏やかな雰囲気からはあの恐怖は感じられそうにない。
「えぇと……その」
「友達、だったんですよね? 彼女もやり直そうとしてたんですよね? すみません、助けられなかった」
そう言いながら、彼はギリギリと音が鳴る程拳を握り締めていた。
あのゲームにおける鎧は、当人の心の形だという。
この人はどんな絶望や悲願の下、あの黒い鎧……スクリーマーを生み出したのかと、ずっと考えていたが。
本当に、普通の人だった。
今の彼は、どこにでも居る大人の人に見える。
どこまでも普通で、そこら辺に居ても気付かなそうな後姿。
こういう人でも、アレだけの鎧を生み出してしまう。
きっとこのゲームの怖い所は、そう言う所なのだろう。
その人の全てを暴くかの様な所業、隠していた心の奥底まで曝け出してしまう様な。
誰も“向こう側”では、嘘が付けないんだ。
例えそれが、優しい嘘だったとしても。
「なんで……そんな簡単に人が殺せるんですか?」
いつだったか、彼に同じような質問を投げかけた事があった筈だ。
確かあの時は、彼ではなくて“リユ”が答えてくれたんだっけ。
こんなゲームなどやらなくても、人は死ぬ。
でもお金さえあれば、助かる命もある。
その助けたい命と、相手の命を天秤に掛けて。
彼は、多くの人から恨まれるであろう茨の道を選んだと教えてくれた。
「命の価値って、人間の数だけ不平等だと思っています」
しかし今回は、彼自身が口を開いた。
「誰とも知らぬ人間が死んだ、そのニュースを見て追悼の言葉を贈るのはとても簡単だ。でも実際、死んだのが友人だったら? 恋人だったら? 家族だったら? その時の悲しみは、知らない誰かよりもずっと深くて重い。同じ一つの生物の死だったとしても、感じ方は全く違う」
苦しそうに、彼はその言葉を紡いだ。
きっと彼自身、この現状に苦しんでいるのだろう。
“向こう側”の様な、殺戮者としての黒獣はここには居ない。
ただ一人のプレイヤーが、目の前で背を向けて立っていた。
「誰かの命と大切な人の命。ソレを選ぶのは非常に我儘で、傍から見れば滑稽で暴君に見える行いだとしても。俺自身の人格を否定される愚行だったとしても……俺は選びます、今後も選び続けます。他者にとって歪でも、貴女が彼女を守ろうとしたのと同じように。俺は、俺の大事だと思うモノを守り続ける“捕食者”になります」
それだけ言って、彼はゆっくりと歩き始めた。
此方に一切顔を見せず、背を向けたまま。
「辛く……無いんですか? リアルに戻って来た時、自分の罪と向き合う事が。確かに私も、紗月を助けようとしました。あの子はもう沢山の人を手に掛けていて、世間的には生かすべき存在じゃないかもしれない。でも……助けたかった。私が原因を作ってしまったから、私は……友達だと思っていたから。薄情だとは思いますけど、他の人が死んでしまった時より、今ずっと悲しいです」
堪らず紡いだ言葉は、非常に我儘なモノだった。
とても自分勝手で、紗月に仲間を殺された相手からすれば、私だって報復対象になりそうな発言。
でも現状心が追い付いていない私には、これしか言えなかったのだ。
何かを問いただす訳じゃない、全部私の弱音。
相手からしたら、何を言っているのかと疑われてしまいそうな支離滅裂な言葉だったであろう。
それでも、彼は。
「それが、人間ってモノじゃないですかね。人間は、とても我儘な生物ですから。でも友達を助けたいっていう君の気持ちは、嘘じゃない。俺とは違って、君はまだ真っ白だ。これからも、ソレを貫いて下さい。汚れ仕事は、俺みたいな大人のやる事ですから。君は、そのままで居た方が良い」
そう言って、男性はそのまま去って行った。
なんだ、なんだそれ。
まるで悪い部分は全部自分が背負うから、私は綺麗事を並べ続けろって言われたみたいな。
私の価値は、そこにあるみたいな言い方。
つまり私は現実から目を背け、逃げ続けて。
誰かを助ける為にRedoを続ける。
でもそれって、仲間たちに罪を押し付けているだけなんじゃないか?
最初から自らの手を汚した紗月の方が、よっぽど現実を見ていたんじゃないか?
「分かんない、分かんないよ! Redoは私達に何をさせたいの!? あんな優しそうな人に殺人の罪を押し付けて、私みたいな何にも決められない子供まで取り込んで。このゲームは私達に何をさせたいの!?」
思わず、嗚咽を溢しながらその場に蹲ってしまった。
だってあの人、泣いてた。
何に対しての涙かは分からない。
家族を想って? 紗月を守れなかった事? それとも今回の大量殺人に対して?
もしくは、私から友人を奪ってしまった結果に対して?
全然分からないけど、それでも。
黒獣と呼ばれる賞金首、Redoにおける捕食者とも呼べるプレイヤー。
そんな人でも、今の事態を嘆く程には理性を保っているんだ。
このゲームは、そんな人たちを巻き込んで何をさせたいんだ?
「紗月……ごめん、ごめんね……私が居なければ、こっち側に巻き込む事も無かったのに……」
『マスター……帰りましょう? 今の貴女には、休息が必要です』
リズに慰められながらも、私はしばらくその場から動けずに居たのであった。
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