第40話 不落の要塞


「さ、つき……? ねぇ、紗月……?」


『マスター、他のプレイヤーの乱入を確認しました。escapeからの通達が無ければ、遠すぎて確認出来ませんでしたが……』


「らん、にゅう? リズ、紗月が……助けなきゃ、助け……」


『……諦めて下さい。もう、手遅れです』


 鉄の塊の下から、赤いエフェクトが広がっていた。

 アレは、間違いなくプレイヤーの死亡エフェクト。

 だって、え? そんな筈……。


「紗月、負けを認めてくれたんだよ? リアルに戻れば、もしかしたらもう一回、やり直せたかも。だって、カラオケだって一緒にって。そう言ったら、ちゃんと頷いてくれて――」


『マスター!』


 普段は聞かないリズの叫び声にビクッと体を震わせてから、ぼやける視線を周囲に向けてみると。


「おいescapeエスケープ、こりゃなんだ? まさかとは思うが、アレもプレイヤーだとか言うのか?」


 黒獣が眺めているその先から、ソレは迫って来ていた。

 要塞、そういう他ないのだろう。

 様々な物体を無理やり圧縮してくっ付けた様な、“船”が陸地を進んで来るのだ。

 建物を薙ぎ倒しながら、ゆっくりと。

 しかし確実に、此方へと向かって来ている。


『残念ながら、その通りだよ。“fortフォート”という名前の賞金首、不落の要塞なんて呼ばれている。まさかあんなのが出て来るとは……この辺のプレイヤーじゃ無かった筈なんだけどね』


 端末からescapeさんの声が聞こえて来るが、言っている意味が理解出来なかった。

 あんなのが、プレイヤー?

 たった一人の人間が、あの要塞を作り上げたと言うのか?

 とてもじゃないが、鎧がどうとかじゃない。

 あんなの、勝てる訳ない。

 それに、何でアイツは紗月の事を……。


『マスター、相手からサレンダー通知が届いています』


「……え? は? えぇと、フォート? からって事?」


 端末を取り出し、画面を確認してみれば。

 確かに、プレイヤーネームfortフォートからのサレンダーが届いていた。

 いったい何がしたいんだ? あの要塞で攻めて来れば、私達なんか通り過ぎるだけでも殺せてしまうだろうに。


「今は逃がしてやるって事かよ、本当に挨拶代わりか。やってくれるじゃねぇか」


『しかもこのサレンダー、普通の申請じゃない。相手からの申請を受けた所で、本当に試合が終わるだけだ。ポイントも何もあったもんじゃない、“一時休戦”みたいなもんだね。コレも相手のスキルか、それとも端末がコッチより優れているのか』


 男性陣二人は随分と冷静な様子で、落ち着いた声を洩らしているが。

 私だけは、どうしても冷静になれなかった。

 押しつぶされてしまいそうな威圧感、圧倒的な火力。

 それは分かっているのに。


「アイツ、ただ顔を出す為だけに紗月を殺した……」


 フラフラと立ち上がり、剣を握り締めながらゆっくりと迫って来る要塞を睨んでみれば。

 黒獣から、ガシッと肩を掴まれてしまった。


「止めておけ」


『その通りですよ、お嬢さん。マスターの火力でも通るか分からない相手です。我々には、アレと戦う為の準備が必要です』


 彼と、彼の端末からストップを掛けられてしまう。

 でも、でもっ! アイツはっ!


『それがRedoだ、今更だろ。落ち着けRISA。“リズ”、今の彼女は冷静じゃない。主人に代わってサレンダー申請を了承しろ。どうやらこの申請、フィールドに出てるパーティ全員が了承しないと試合が終わらない様だ』


『パーティメンバーであるescapeの指示の下、サレンダーを了承します』


「リズ!」


 もう一人の仲間の声に大人しく従ったリズを正面に持って来て、怒鳴り声を上げてみるが。


『今の我々では“アレ”に勝てません。無駄死にしたいんですか? それとも先程のお友達の後を追いたいのですか? 貴女は、相川紗月の為にRedoに参加した訳ではありませんよ?』


「それはっ……そう、だけど……でもっ!」


 悔しかったのだ。

 綺麗な形に終わりそうな所を、横から荒らしてくれたのもそうだが。

 何より、あの場で状況判断が一番遅かったのは私だ。

 紗月を助ける為に、黒獣にさえ立ち向かう覚悟を決めた後だと言うのに。

 本当に何も、何も出来なかった。

 異変に気が付く事が出来なかった。

 そんな私だけがのうのうと生き残り、少しだけだったとしても心を開いてくれた相手を殺してしまった。

 これで、二度目なのだ。

 友人を目の前で失うのは、友人に助けられて私だけが生き残ってしまうのは。


「私は……私は! こんな事の為にRedoを始めた訳じゃない!」


『しかし、サレンダーは了承済みです。後は黒獣が了承すれば全て終わります。逃げますよ、マスター』


 リズの声を聴いて、もう一度要塞を睨んでから黒獣へと視線を向けてみれば。

 彼は何故か、鉄球を掴んで投擲ポーズを取っていた。


「リユ、投げた後にサレンダーを受けろ」


『マスター、性格悪いですよ?』


「知った事か、場を荒らしたのは向こうが先だ。そして何より、気に入らねぇんだよ。あぁいう上から見下ろして来る奴は」


 そんな事を言ってから、彼は戦艦とも呼べそうな相手に向かって鉄球を投げつける。

 物凄い勢いで飛んで行ったソレは、相手の船の先端に直撃し……遠目でも分かる程バラバラと鉄の融合体を崩していた。

 あの、効いてますけど。

 それから、気のせいだったら良かったんだけど。

 相手の要塞に付いている大砲が、此方に向かって照準を合わせている気がするんですが。


『はい、嫌がらせも済んだ所で離脱しますよー』


 黒獣の端末、リユの声が聞こえたと同時に相手の大砲が火を噴いた。

 大砲から放たれたソレは、間違いなく紗月を押しつぶしたあの鉄の塊。

 正面を睨んだまま動けずにいれば。


「ま、舐め腐った奴を煽るには十分だろ。じゃぁな、デカブツ。また会おうぜ」


 中指を立てた彼の言葉が聞えた次の瞬間には、私達は“リアル”の方へと戻されるのであった。

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