第38話 駆け抜けろ


「遅いよ!」


「あぁもう、ウロチョロすんなっ!」


 紗月の声と同時に、周囲に広がった糸が此方を包み込むかのように集まって来る。

 蜘蛛の巣は、相手を捕える為に動く。

 そう聞いた事はあったが、ここまであからさまに動く蜘蛛の巣は見た事がない。

 随分と広範囲に“巣”を広げている様で、踏み込む足場さえ選ばないといけない。

 それでも、今の所回避出来ている。

 攻撃は通っているのかは分からないが……手も足も出ないって訳ではない筈。

 今では賞金首となった彼女と、同等に戦えているのだ。

 なんて、言えれば良かったのだが。


『マスター、スキルが切れた瞬間一気に飲み込まれます』


「分かってるってば!」


 今の私は、新しいスキルに頼り切っている状態。

 この効果が終わった瞬間、多分一気に片が付く。

 周りの蜘蛛の糸に絡めとられ、その後は捕食タイムが始まってしまうという訳だ。

 なら、スキル発動中に勝負を決めてしまわないと。

 焦れば焦る程、凡ミスが増える事に苛立ちを覚えるが。


「いい加減しつこいって!」


 痺れを切らしたのか、今まで周囲に広げていた筈の蜘蛛の巣を一部だけ取り除き、此方に“脚”として伸ばして来た紗月。

 彼女の使う糸を編んだ、まるで触手の様に動く白い脚。

 アレに捕まれば、多分次の瞬間には命が奪われる事だろう。

 ただし“捕まってしまえば”、だが。


「足場が出来た! 一気に攻める!」


 紗月が糸を取り去った地点へと着地して、思い切り地面を蹴った。

 おそらく、これがラストチャンス。

 この機会を逃したら、スキルの効果時間が終わってしまう。

 だからこそ相手に接近する為、全身全霊で駆けたというのに。


『マスター! 罠です!』


「ほんと、単純なんだね? そんなだから弱いんだよ、RISA」


 駆け抜けようとして道に、周囲の蜘蛛の巣が集まって来る。

 地面を覆いつくすかの勢いで、私の足場を奪おうとして来る。

 更にはいつの間にか糸をまとめたのか、新たな“脚”まで此方に迫って来るではないか。


「道を作ってあげればソコを走るしかない、単純でスピード以外取り柄の無いプレイヤー。そんなのに、私が負ける訳ないじゃない」


 視界の先に居る彼女が、怪しく口元を吊り上げたのが見えた。

 あぁ、駄目だ。

 これは走り切る前に、道が塞がってしまう。

 それどころか、あの脚に捕まってしまえば――


『RISA、走り続けろ。道は開く』


 唐突にescapeさんから通信が入った次の瞬間。

 “人が”、飛んで来た。

 数名程とんでもない勢いで吹っ飛んで来たかと思えば、彼女の“脚”に接触し絡み取られていくではないか。

 更に足元に広がり始めていた蜘蛛の巣に対しては、まるで大砲の様な威力で放たれた鉄球がぶち当たり地面共々粉砕していく。

 これって、まさか。


「わりぃな、手が滑った……あぁ~いや、違うか。あまりにもコイツ等が弱くてつまらねぇから、全員でドッジボールでもしようぜ? おい雑魚、お前ボールな」


 チラッと視線を向けた先で、黒獣が笑っていた。

 顔は見えないけど、絶対アレは全力で笑っている。

 黒獣が何かとんでもない事を言いながら、本当に人をボールみたいに投げて来るし。


『今の貴女なら、空中に浮かぶつぶてすら足場に代わるはず。どうぞ、いってらっしゃいませ』


 此方の端末から“リユ”の声が聞こえ、私も思わず笑みを浮かべてしまった。

 これが、パーティ。

 私が今まで経験して来なかった、“仲間”という存在。

 いざという時に、助け合える存在。

 今でこそ助けられてばかりだが。

 いつか、私だって――


「ありがとうございます! 行ってきます!」


 皆の言葉に従い、崩壊した大地を思い切り蹴飛ばした。

 走れ、駆け抜けろ。

 コレは仲間が作ってくれた時間であり、私を信頼してくれた証でもあるのだから。

 だって二人共賞金首なのだ、多分私なんかがしゃしゃり出ない方が早く終わる。

 それでも私達の一対一を尊重してくれると言うのは、私の気持ちを汲み取ってくれている証。

 皆は私が勝つと信じている、だったら。


「コレで勝たなきゃ、私が居る意味ないでしょ!」


『マスター! 残り十秒!』


「余裕っ! リズッ! サポートして!」


 そこら中にコンクリートの大きすぎる欠片が飛び散り、まるで止まった様に見える空間の中でソレらを足場に立体的に駆ける。

 このスキルの使い方が、段々分かって来た。

 集中しろ、とにかく一点を見つめろ。

 目標を定めて、結果を見据えろ。

 一つの目的に向かう程、のめり込む程に私は速くなる。

 余計な思考は必要無い、全部邪魔だ。

 思い描く限り、最速の私だけ居れば良い。

 他の思考は全部捨て去って、最短距離で相手の元へとたどり着け。

 重力とか、上下左右なんて関係ない。

 目に見えて、物体として存在しているのなら。

 全てが“足場”に代わるのだから。


「リサァァァ!」


 険しい顔をした紗月が、私の名前を叫ぶが。

 今更、止まれる筈がない。

 そして何より、止まる気は微塵もない。


『連撃スキルを使用します。致命傷には至らない様に……で、良いですね? マスター』


「リズ、お願い」


 物理的に影響を及ぼす能力の他に、自らでは出来ない様な動きを再現出来るスキルというのは無数にある。

 私が持っていた数少ない持ち技は、こう言うのばかりだ。

 リアルでは出来ないバク転やバク宙だったり、本来の肉体能力では追い付かないであろう回避やジャンプだったり。

 攻撃関係もこれらの細かいスキルが数多く存在しており、上手く使えば役に立つ。

 そして、リズが選んでくれたソレは。


「『九連突き』」


 目の前まで迫った紗月に対し、此方の刃を連続で突き刺した。

 しかも高速で動けるスキルを使いながらなのだ。

 その威力も、速度も。

 普通に使うより随分と上乗せされていた事だろう。


『タイムオーバー。お疲れ様でした、マスター』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る