第37話 捕食者


「ほぉ、向こうはなかなか面白そうな事してるじゃねぇか」


『黒獣、今は目の前の敵に集中してくれ。アンタでも、流石にこの数は不味いだろ』


「あぁ? 寝ぼけてんのかescape。害虫を一匹踏み潰すのと、まとめて踏み潰すの。労力が変わるとでも思ってのか?」


 端末から聞えて来るescapeの声に答えながら、無駄に集まって来るプレイヤーに拳を叩き込んで行く。

 弱い弱い弱い。

 どいつもこいつも、“数が多い”って理由に胡坐をかいた馬鹿ばかり。

 次の犠牲になるのは自分かもしれないと言うのに、誰も彼も“勝ち”を確信したかの様に突っ込んで来る。

 人海戦術、確かに間違っちゃいない。

 だが、あまりにも人の波が“脆すぎる”のだ。

 多分だが、この戦法は蜘蛛女の糸があって初めて機能する作戦なんだろう。

 しかし残念な事に、害虫共のトップはウチの白いのと喧嘩中。

 と言う事で、今では数を揃えただけの雑魚集団に成り下がった訳だ。


「単調作業過ぎて欠伸が出そうになるな。おいリユ、音楽でも流してくれよ。このままじゃ居眠りでもしちまいそうだ」


『マスター、全身真っ赤にしながら言う台詞じゃないと思うんですよねぇ……ま、良いですけど。ついでに“爪”も生やします? 殲滅がもっと早くなりますよ?』


「あぁ、頼むわ」


 リユと緩い会話をしている内に手足から“爪”が生え、より一層殺すのが楽になった。

 こんな使い勝手の良いスキルが外れだってんだから、ゲームってのも分からないもんだよな。

 拳から生えた爪を相手の胴体に突き刺し、そのまま持ち上げて遠距離攻撃してくる奴等の前に構えた。


「お、俺を盾に……マジ、コイツ化け物……」


「分かってて突っ込んで来たのはお前だろう? 運が悪かったな、お前が俺の目の前に居たからだ」


 敵からの遠距離攻撃に、盾代わりにした奴の背中はズタボロになり徐々に赤いエフェクトに変わっていく。

 脆いな、本当に。

 一度の攻撃しか防げないとは、盾としても役に立たねぇ。

 まぁ、周りにいくらでも居るから別にどうでも良いが。


「ホラ、どうした? 来いよ。さっきまでの勢いがねぇぞ? ビビってんのか?」


 カッカッカと笑い声を上げながら、随分と大人しくなってしまった周りの連中へと歩み寄ってみれば。

 連中は慌てた様子で此方から距離を置き始め。


「黒獣に接近戦は無謀だ! 距離を取って遠距離攻撃! 相手は近接戦しか出来ない筈だ!」


 どこかの馬鹿が、そんな事を言い始めた。

 あぁ、何かつまんねぇな。

 男だろ、掛かって来いよ。

 チマチマ遠距離攻撃なんぞしてないで、そのまま噛みついて来い。

 思い切り溜息を溢した所で、今度はリユの奴が騒がしくなる。


『マスター、二時と五時の方角の建物の屋上。それから十時十一時にある民家の上、そこに遠距離攻撃に特化したプレイヤーが潜んでいます』


「威力は?」


『まぁ、それなりですかね? 走ります?』


「メンドクセェ……リユ、鉄球を出せ」


『あいあいさー!』


 目の前に差し出した両掌の上に、リユの元気な声に合わせて鉄球が出現する。

 Redoでアイテムを使うのは初めてだが、良いなコレ。

 持ち歩くにしてもかさばらない。

 とか何とか考えてから、投球フォームを取り。


「誰が近接戦しか出来ねぇって? あんまり馬鹿にすんな」


 思い切り、建物に向けて鉄球を投げつけた。

 まるで競技に使われる様なサイズの鉄の塊だが、今の体なら野球のボール程度にしか感じない。

 更に言うなら、ここに来る前に肉体能力の数字を弄った事により。


『マスター、やり過ぎでは? デカい戦車の砲撃みたいになってますけど』


「あぁ~、まぁ別に良いだろ」


 二時の方角にあった建物が、一発で倒壊した。

 流石にコレは予想外というか、建物ってのは案外脆い作りなのか。

 鉄筋コンクリートに見えるのだが、物凄い音と土埃を上げながら見るも虚しく崩れ去っていく。

 些か派手にやり過ぎたのか、周囲の奴等は先程よりも静かになってしまったが。


『黒獣、遠距離特化のプレイヤーはコッチに任せてくれて良い。アンタは目の前の事に集中してくれ』


 おかしな通信がescapeから入ったかと思えば、遠くで発砲音が響き始めた。

 へぇ、アイツ……一応戦えたのか。

 姿形を見るに、ずっと逃げ回っていたと思っていたのだが。


『何を考えてるか大体わかるけど、これでもソロで生き残って来たんだ。アンタのふざけた鎧じゃ分からないけど、普通は対物ライフルの弾を撃ち込まれたら鎧もろとも吹っ飛ぶモノだよ』


 だ、そうで。

 良く分からんが、向こうは任せてしまって良いらしい。

 改めて周囲のプレイヤー達に視線を戻してみると、なにやら銃を構えている奴等が多数。

 遠距離攻撃を主体とし、その為にアバターを強化して来たというのならまだ分かるが……どいつもこいつも、本当に銃を手に持っているだけに見える。

 思わず、大きな溜息が零れてしまった。


「これだけ数が居て、御大層な鎧を着てるのに。雁首揃えてやることがソレかよ」


『あんな豆鉄砲で、“スクリーマー”が貫けると思っているんですかね? センス0です』


 リユの声と同時に、周囲からは銃弾の雨が降り注いだ。

 此方の鎧に当たると同時に、キンッと情けない音を立てる程度でしかないのだが……どうやら、ここに集まっている連中は本当に“ただ集まっている”だけらしい。

 部隊として訓練された訳ではないのだから、当然なのかもしれないが。

 これだけ近い距離に立っているに、外す奴が一定数は居る様で。

 更には仲間同士で撃ち合ってしまっている事態に陥っている馬鹿も居る。

 此方を囲みながら発砲しているのだから仕方がないのかもしれないが、ひでぇもんだ。

 と言う事で、残った鉄球を人が集まっている所に投げ込んでみれば。

 ズドンッと腹に響く音と同時に、地面と人間の破片が周囲に飛び散っていく。


「もう終わりか?」


 呟けば彼等は慌てた様子で端末を取り出し、此方の端末が煩いくらいの通知音を告げて来る。

 大体予想は付くが……こんなもんか。


『マスター、サレンダー通知が大量に届いています』


「いつも通り、“殺しをやっていない奴”は? 吹っ掛けた側で、しかも“楽しんでる”様なら容赦する必要はねぇ」


『残念ながら、皆様余裕で二桁以上ですねぇ。少人数のキルログで、生きる為に仕方なく~って感じでもないです』


「なら、“却下”だ。向こうから殺し合いの誘いをしておいて、逃げ出そうなんぞ虫が良すぎる」


 それら全てをリユが拒否したのか、周りの奴らの端末からはビー! というエラー音が聞こえて来た。

 どいつもこいつも絶望した眼差しを此方に向けて来る訳だが。

 はっきり言おう、知った事か。

 お前等が勝手に集まり、お前等の親玉が喧嘩を売って来たんだろうが。

 なら……戦う覚悟はある筈だよなぁ?


「最後まで付き合えよ、それを望んだからこそRedoなんぞやってるんだろ? お互い楽しもうぜ」


 両手を広げて宣言してみれば、彼等は叫び声を上げながら武器を手に迫って来た。

 そうだ、それで良い。

 このゲームは、“そういうモノ”なのだから。

 ソレを望み、受け入れたからこそプレイヤーがこれだけ居る。

 だったら最後まで戦え、今まで殺して来た奴等の分まで、きっちり死ぬまで足掻き続けろ。

 今更「覚悟がない」なんて言い訳が通用しない所まで、踏み込んでしまったのだから。

 そんな言葉を使いたいなら、あの白い女みたいに“殺さなければ”良かったんだ。

 だが殺しに快楽を覚えて、ゲーム感覚で相手の人生を奪って来たのなら。

 責任もって、“死ぬまで戦え”。

 言葉だけなら、俺も同じ穴の狢。

 説教を垂れる様な立場には決して立てない存在。

 だから何だ? 同じだからどうした?

 異を唱えたいなら、実力で示せ。

 ここは、そういう世界なのだから。

 だからこそ、あえて言葉を残すとすれば。


「俺を殺してみせろ! どんどん来い! お前等の死にたくねぇって気持ちを俺に見せてみろ!」


『escape、随時状況の報告を。こうなってしまっては、動く物が無くなるまで止まりませんから』


『了解だ、リユ。ゴーストに常時情報を共有させる……が、しかし。本当に捕食獣だな、ソイツは』


 その声を最後に、此方の認識は周囲全てを敵とみなした。

 後はもう、狩れば良い。

 どれもコレも敵なのだ、俺を邪魔する存在なのだ。

 だったら、全て叩き潰してしまえ。


「ガァァァ!」


「違うだろ! こんなのゲームじゃねぇって! 明らかにバランスぶっ壊れて――」


 何やら叫んでいた相手の頭に、踵から生えた爪を思い切りぶち込んだ。

 さぁ、祭りの時間だ。

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