第36話 駆けろ
「虫けらの大将が頑張って人を集めた結果がコレか? 話にならねぇな、雑魚雑魚雑魚……もう少しまともなのは居ねぇのかよ。不快害虫って知ってるか? 何の得にもならねぇ、何故存在するかも分からねぇ気持ち悪いお前等の事だよ。まとめて駆逐してやるから、全員で掛かって来い。それぐらいじゃねぇと、“喰い応え”がねぇ」
彼の一言を風切りに、周りのプレイヤーが一斉に動きはじめた。
いやいやいや! 乱戦は覚悟してたけど、ここまで一斉に攻められると流石に私は動けないんですけど!?
私速度重視で、消耗戦とか苦手なんですけど!?
なんて、絶望した眼差しを黒獣に向けてみれば。
「おい、小娘」
チラッとコチラを振り向いた黒獣が、小さな声を洩らす。
「“表側”の奴からの命令だから、従ってやる」
「はい?」
一体何を言っているのか。
それすら分からぬまま、彼は飛び掛かって来たプレイヤーの顔面に拳を叩き込んだ。
ただただ、ぶん殴っただけ。
とても軽い調子の右ストレート。
だというのに、相手の首は胴体からお別れしてすっ飛んでいく。
どれ程“鎧”を強化すれば、あんな事になってしまうのか。
もはや見ているだけでも背筋が凍る想いだが……。
「雑魚はまとめてコッチで貰ってやる、てめぇはさっさと蜘蛛女と決着をつけろ。雑魚を喰い終わっても続いてる様なら、向こうも俺が喰っちまうぞ。オラ、とっとと行けノロマ」
「は、はいっ! 行ってきます!」
つまりはまぁ、私と紗月を一対一にしてくれるという事なのだろう。
黒獣から初めて感じられた人間らしさというか、人情の様なモノ。
何だか“表側”とか気になる言い回しをしていたが、それでも。
私のやる事は、変わらない。
というか彼の登場により、更に目的を達成しやすくなった。
彼に感謝しながら、その他多くのプレイヤーを避けつつ接近を試みた。
「紗月! いくよっ!」
黒獣が暴れ、周囲のプレイヤーが襲ってくる中。
その間を縫う様にして、人の隙間を全力で走り抜けていく。
大丈夫だ、今なら出来る筈だ。
この戦闘の為に、“速度”を私に許された限界まで上げて来たんだ。
所持ポイントがスッカラカンになるまで、振り分けた。
だからこそ、他のプレイヤーよりずっと速く動く事が出来る。
「RISA! マジで最悪だよアンタ! どれだけ私の予定を狂わせれば気が済むの!? 賞金首をお友達にした瞬間、自分も強くなった気でいる訳!? ホント、仲間ばっかり集めて高笑い浮かべる様な連中は、やる事がリアルでも“こっち側”でもおんなじね! 反吐が出るわ!」
焦った様子で周囲に糸を張り始める紗月が見えた時、そんな声が聞えて来た。
ごめん、ホントその通りだ。
思考を止めたまま招待メールを送り付けて、敵になって。
彼女が求める世界で、私は暴れまわっている。
こんなの、人生の妨害以外何者でもないよね。
私が紗月を陥れた様なものだ。
でも、アンタが嫌っていた私みたいな存在と同じ事を、自分がやっている事に気が付いてる?
これが紗月のやりたい事? 結局嫌いながらも、妬んでいただけなの?
違うでしょ? そうじゃ無いでしょ?
だからこそ、此方も叫んだ。
「なんで最初に私を頼ってくれなかったの、紗月! 二人で一緒に、言葉を交わしながら戦う事が出来たら……もしかしたらこんな風にならなかったかもしれないのに! 何で“知らない誰か”に頼ったのよアンタは!」
振りかぶった長剣を彼女の糸に叩きつけてみれば、まるで鉄を殴った様な鈍い音が返って来た。
紗月だってここ数日遊んでいた訳じゃないだろう。
むしろ、私以上にアバターを強化していたと想像出来る。
数字だけで見れば、多分物凄く差が広がっている筈。
しかも私はただのプレイヤーなのに対し、相手は賞金首に登録される程の強者。
それでも、負ける訳にはいかないんだ。
「そういう友情ごっことかウザいんだよ! 少し話しただけで友達みたいな顔しないでくれるかな!? アンタが私の何を知ってるっていうのよ!」
幾本もの糸が迫って来ており、ソレを回避しながら彼女の周りを走り回る。
大丈夫だ、対処出来る。
今の私のスピードなら、彼女の糸だって追い付けない。
「だったら紗月を知る時間が欲しかったよ! なんで顔も知らない、相手の事情も全く知らない“大勢”に頼ったの!? 疑いながらでも、私を頼って欲しかったよ! 信用してくれるまで、いつまでだって待つよ! それまでずっと一緒にいるよ! なんで相談してくれなかったの、なんで初日に人を殺してるの馬鹿! ゲームだけどゲームじゃない世界だって、最初の戦闘で分かってたでしょうが!」
「うるさいっ! お前に何が分かる!」
「分からないから聞いてんのよ馬鹿っ!」
互いに叫びあいながら、正面に向かって剣を振り下ろしてみれば。
彼女は羽を丸めた“脚”で私の攻撃を防いで来る。
全然効いている雰囲気は無いけど……でも、ここまで近づいた。
蜘蛛の巣を張り巡らせる彼女が直接防ぐ距離まで、たどり着く事が出来た。
相手の糸と脚に邪魔されて、また剣の届かない距離まですぐ逃げられてしまうけど。
それでも、今しかない。
「リズ! スキル!」
『私に頼らなくとも普通自分で使える物なんですが……致し方ありませんね。スキル“時を駆ける者”を発動します。走り抜けて下さい、マスター。他の全てを置き去りにして、“結果”まで一直線に』
その声を聞いた瞬間、世界が遅くなった気がした。
今回のガチャで手に入れた新しいスキル。
使うのはコレが初めてだけど……でも、いける!
この世界なら、全てがゆっくりと時を刻む今なら、私は誰よりも速く駆け抜ける事が出来る筈だ。
「一分だけ、全速力で相手してあげるわ!」
それだけ叫んで、私は全力で地面を蹴飛ばしたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます