第19話 フレンド


「ズアァァァァ!」


『ちょちょちょっ! マスター暴れないで下さい! 今スキル適用させてますから!』


 リユの声が聞こえてくるが、頭の中はドス黒い感情が埋め尽くしていた。

 逃がした、殺せなかった。

 あんな小物に対して後れを取った、そしてなにより。

 初めて、“負けた”。


「クソがぁぁぁぁ!」


 全身に絡まる細かい糸を引きちぎろうと暴れるが、より一層体に絡みつき身動きが取れなくなる。

 そんな状況で。


「あ、あの……」


 鞘から剣を抜き放った白い鎧の女が、こちらに声を掛けて来た。


「あぁ!?」


「ヒッ!」


 腰が引けているし、膝も震えている。

 あんな状態で戦うつもりなのか?

 ハッ、笑わせる。


「今なら俺が殺せるってか? 来いよ、相手してやる」


「いや、あの。そうじゃなくて……」


『マスター、今襲われたらなぶり殺しにあうのはこっちですからね? どぅどぅ、一旦落ち着きましょ』


 あぁ、イライラする。

 Redoで“負ける”という事が、こんなにも悔しいモノだとは思わなかった。

 相手の勝ち誇った顔を思い浮かべる度に、腸が煮えくり返る思いだ。


「ズアァァァァ!」


「ヒッ!?」


 再び雄叫びを上げれば、女は悲鳴を洩らしながらも更にこちらへと近づいてきた。

 そして。


「……何をしてやがる」


「い、今解放するので。出来れば大人しくしていて下さい……」


 あろうことか、そいつは俺に絡まった糸を一本ずつ切断し始めた。

 一本斬る度に、バツンッ! と、まるで強く引っ張られた太い番線でも切った様な音が響く訳だが。

 それでも彼女は必死に糸を切る。

 やけに小奇麗な長剣をまるでノコギリの様に使って、慎重に。


「おい」


「は、はい……時間掛かるかもしれませんけど、切れない事は無いみたいなので……もうちょっと待っていて下――」


「どけ、邪魔だ」


「へ?」


『お嬢さん、マジで離れた方が良いですよ? 今スキルの適応が終わったんで、巻き込まれない様に』


 リユの声が響いた瞬間、彼女は慌てた様子で俺から離れて行った。

 ソレを確認してから、今しがた頭に浮かんだスキルを発動させる。


「ガアァァァァァ!」


『スキル“爪”。結構レアリティの低いスキルですけど、ソレを全身に、更にはレベルマックスまで上げてみました。どうですかね、マスター』


「悪くねぇな、こりゃ」


 手の甲からは二本の鋭く長い爪が生えたかと思えば、ソレと同じようなモノが膝や踵、肘からも生える。

 更にはツノかと聞きたくなるくらいの勢いで、頭からも二本生えた。

 それらが絡まった糸を切断し、自由になった部位を振り回せば拘束していた糸の殆どを両断する事が出来た程。

 巻き着いた糸はそのままなので、非常に気持ち悪いが。


「すごい切れ味……」


 ペタリと座り込んだ状態のさっきの白い鎧の女が、呆けた声を上げながら此方を見上げている。


「それで?」


「はい?」


「やるのか?」


「いやいやいや! お断りします!」


 ブンブンと首を左右に振る彼女を見て、思わずため息が漏れた。

 あぁ、クソ。

 今日は負けっぱなしで終わるのか。

 イライラした気持ちが収まらず踵を床に叩きつければ、再び目の前の相手からは「ヒッ!」と短い悲鳴を頂いてしまった。

 つまらない……今こんな雑魚を喰った所で面白くも何ともないのだろう。


「チッ……帰る」


『マスターマスター、ちょっとお待ちを』


「あぁ?」


 コレ以上この場に残っても何も無いだろうに、リユはそのまま声を上げ続けた。


『初めまして、ではないですけど。改めてご挨拶させて頂きます“RISA”さん。私はこの戦闘狂の専用端末、“リユ”と申します』


「えっと、はい……理沙です。あと、こっちは“リズ”っていいます」


 そう言って胸の鎧の中から俺と同じ端末を取り出し、挨拶を交わす白い鎧の女。

 なんだコレは、何が始まった。


『マスター……こんな相手の前でRedo端末を見せるのは自殺行為です。黒獣ですよ? 黒獣。鎧云々の前に、私を壊されればゲームに自分から関わる事が不可能になります。しかし相手からは絡まれる、最悪の状況になります。もう少し考えて行動してください、だからテストの点数がいつも平均以下なのですよ』


「う、うるさいなぁ!」


 何だか茶番が始まってしまったので、再び背を向けて去ろうとしたが。


『ウチのマスター“こっち側”だと無茶苦茶短気なので、ささっと本題に入りましょうか。RISAさん、我々と組みませんか? もっと具体的に言いますと、とりあえずはフレンド登録しませんか? ホラ、言うじゃないですか。まずはお友達からって――』


「おい、リユ。何を言ってやがる、こんな雑魚何の役にも立たん」


『いえいえ、黒獣と何度も遭遇しながらも生き残り。更には何度もトラブルに巻き込まれながらも、こうして無事で居る。マスターにはない“運”を持っている人物なのかなと思いましてね? こういう人物は、結構化けるモノですよ?』


 やけに過大評価している様にも思えるが。

 しかし確かにリユの言う通り、コイツは運が良い様に思える。

 俺と遭遇しても生き残っているのは、単純に人を殺していないからなのだが。

 それでも幾多のトラブルに巻き込まれながら、その度に何だかんだ生き残っている。

 俺が到着した時には、大体死にそうになっているというのに。

 多分、俺にはない才能。

 “運の良い”人間なのだろう。


『良いじゃないですか、マスター。フレンドになった所で、設定次第で位置情報が把握される訳でもありませんし。連絡出来る手段が増えるくらいのメリットしかありませんって、それとも若い子の連絡先聞き出すのは怖いですか? いやぁいつまでもボッチだと私も心配でしてねぇ。はぁ……ウチの子、いつになったらお友達が出来るのかしら? ってな感じで』


「お前、俺が反発する事が分かってて言ってるだろ」


『えぇまぁ。でーすーがぁ、実際彼女の巻き込まれた状況を横から掻っ攫って美味しい思いをしているのも確かです。せっかくならナンパの一つでもして帰りましょ! 情報収集も大事ですって!』


「はぁぁぁぁ……もう、好きにしろ」


 大きな大きなため息と共に、こちらも“リユ”を取り出すのであった。

 本当に、面倒くさい。


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