第20話 夢の中くらい


「リズ、フレンドリスト」


『はぁぁ……何度目ですか、まぁ良いですけど』


 フレンドリスト、二件。

 一人は紗月、プレイヤーネームは“iris”アイリス

 現在は自身の状況を非公開にしているのか、場所や状態の情報は入って来ない。

 そして同じようなのがもう一件。

 今回の成果。

 というか、ヤバすぎる成果。


「ヤバイって……“黒獣”とフレンド登録した人って、今までに居るの?」


『彼等の様子からするに、初めてフレンド機能を使ったみたいでしたね。ハイハイおめでとうございます、とんでもない爆弾を抱え込んだ様にしか思えませんが』


 二件目に表示されるのは“AKエーケー”というプレイヤー。

 タップしてみれば、あの“黒獣”の鎧が表示される。

 う、うわぁ……やべぇ。

 こんなおっかないのとフレンドになっちゃったのか。

 その姿を見るだけで、非常にぞわぞわする。

 なんて事を思いながらベッドの上で悶えていると。


『能力値をよく見た方が良いですよ? 彼の場合、ステータスがヤバイです。まるで毎日戦闘でもしているんじゃないかってくらいに、自身のアバターを強化しています』


 リズにそんな事を言われて数字の羅列に目を向けてみれば。


「うっわ……なにこれ。私の鎧と比べてゲーマーと素人くらいの差が有るんですけど」


『実際その通りです。マスターが勝っているのは速度のみ、しかしソレも誤差の範囲内です。彼の“感覚”能力であれば、多少の誤差など簡単にひっくり返すでしょう』


 そう言われても納得のステータス差。

 アレだけ強いのも当然だわと言いたくなる程、圧倒的な数値が並んでいた。

 そして、この圧倒的な実力差を持つ相手に勝利した“iris”。

 自身の能力を完全に把握し、更には活用法を見出していた。

 だからこそ黒獣にさえ勝利した彼女は、数字以上の“何か”を持っている。

 というか、数字が全てではないというのが実際の戦闘という事なのだろう。

 今私のフレンドリストに並ぶ二人は、どちらも“凶悪”であり“強敵”。

 しかし、その内の一人とは戦わない誓いを立てた。

 子供の口約束の様なモノだが、それでも。


「黒獣と戦わない立場に立てて、本気で助かった」


『それもいつまで続く契約か分かりませんけどね』


「うっ……言わないで……」


 彼等が出した条件。

 それは“iris”の様なプレイヤーの情報を調べる事。

 学生ならではの情報網を使い、若い面々からRedoプレイヤーの情報を集める事。

 ソレが出来なくなった時、私は“彼に”とって不要物に変わる。

 そしてなにより、彼が一番に求めているのは。

 “irisアイリス”、もとい紗月の情報。

 彼女の情報を、彼は渇望していた。

 再戦する為に、今度は彼女を“狩る”為に。


「こういう時、私はどうすれば良いんだろうね?」


『そればかりは貴女が選ぶ事です。友人と思っていた人物の安全を取るか、自身の安全の為に“黒獣”に全てを提示するか。どちらにせよ、早めに決断しないと押しつぶされそうですけどね』


「分かってる、分かってるんだけどさ……」


 もごもごと答えながら、私は枕に突っ伏した。

 “友達”……になったと思っていた紗月。

 彼女の事を調べて話せば、きっと彼は紗月の自宅まで押しかける勢いで勝負を挑むだろう。

 本人の個人情報は知らないけど、多分学校で担任の先生とかに聞けば簡単に判明する。

 言い訳なんて、それこそ“学生”ならいくらでも思いつくだろう。

 荷物を届ける為、風邪を引いた際にお見舞いに行く為。

 そんな言葉を並べれば、平然と個人情報が流れて来る。

 逆に紗月を優先し、“黒獣”に情報を伏せ続けた場合。

 今度は彼からの反感を貰う恐れがある。

 まぁ結局、“今回は生き残れた”。

 それだけなのだ。

 私の明日は、正直この二人に握られていると言っても良い状況なのだろう。


「はぁぁぁ……私はどうすれば良いのさ」


『お好きなように。最終的にどちらかと戦う事になるなら、私は今すぐ遠くへ逃げる事をお勧めします』


「ソレができないのが現役の高校生って身分でして……」


『なら、諦めてどちらかを切り捨てましょう』


「はぁぁぁ」


『irisからあんな事をされたのに、未だに見捨てないとは……本当にお人好しですね、マスター』


「うるさいな。だからって殺して良い理由にはならないでしょ、巻き込んだのだって私なんだし」


 最後まで答えは出ないまま、私は瞼を下ろすのであった。

 紗月は、今頃どうしてるのかな?

 リズにも言ったが、Redoに引き入れたのは私だ。

 彼女がおかしくなってしまった原因がソコにあるとするのなら、私が彼女をどうにかしないと。

 そんな責任感を感じながらも、今日だけはゆっくり休もうと思う。

 なんたって。


「黒獣……やっぱヤバすぎ……目の前に居るだけで疲れる……」


『正直、ソレは同感です』


 珍しくリズに同意を貰ってから、私はゆっくりと意識を手放すのであった。

 せめてこういう時くらいは優しい夢を見たいモノだが、Redoを始めてからはなかなかどうして上手く行かない。

 過去の嫌だった記憶とか、私が思い描いた悪い未来なんかを夢に見るのだ。

 そして、どこかのSF映画か何かで見た光景なのか。

 荒廃した世界の夢を見る。

 もはや何も残って無くて、人なんか誰もいなくて。

 それでも、機械たちが闊歩しているのだ。

 今では考えられない様な手足の生えたロボットが、私に向けて銃口を構え。


『夢の中でくらい、夢を見て下さいませ』


 リズの言葉と同時に、その光景は途絶える。

 本当に、こんな事ばかりだ。

 眠っている間くらい……休ませてよ。

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