第18話 敗北


「ハハッ……ハハハ! とんだ偽善者もいたものね!」


 彼自身は、あんなにもバカスカ人を殺していると言うのに。

 そしてもう、こちらの仲間の人数も少ない。

 だったら、やる事は一つだ。


「黒獣! こっちを見なさい!」


「ちょっと、紗月!?」


 足元に居た理沙の首に腕を回し、ガチャで手に入れた拳銃を彼女の頭に突き付けた。

 核心はないが多分、この子は人を殺していない。

 本当なら対戦を申し込んだ相手も人質に取れれば良かったのだが、残念なことに既にサレンダー済み。

 このゲーム、乱入者でもサレンダーを承認できるってどうなってるのよ。

 黒獣のスキルによる影響なのか、端末能力の差なのか、それは分からないが。


「紗月、いい加減止めて! アンタはどうしたいの!?」


「煩い! お前みたいに色んなモノを持っている奴には分かんないよ!」


 腕の中で暴れる理沙を押さえつける事に苦労していると、その間もそこら中で悲鳴が聞こえてくる。

 人質が居るのに、構わず暴れているのかアイツは。

 不味い、早くしないと。

 なんて、思っていたのに。


「後はお前だけだ」


 すぐ近くに、既に彼が立っていた。

 禍々しい黒い鎧を血で汚し、もはや異常としか言い様のない姿をしている。

 その血液さえも、数秒後にはエフェクトに変わる訳だが。


「う、動くな! こっちに手を出すようなら、コイツを殺す!」


 ゴリッと彼女の兜に銃口を突きつければ、相手のRedo端末から乾いた笑い声が聞こえて来た。


『マスター、コイツ頭がお花畑です。ヤバいです』


 思わず、ギリッと奥歯を噛みしめた。

 私の端末も結構うざい事を言ってくるが、アイツの物ほどではない。

 理沙のスマホの声を聞いた記憶から、みんなあんな感じで事務的に喋るのかと思っていたのに。


「“RISA”だったか? また会ったな。お前はどうするんだ? 戦うのか? また逃げるのか?」


 おい、本当に何なんだどいつもコイツも。

 何で私を無視して話を進める。

 私の用意したステージで、私を無視する奴なんて今まで居なかった。

 だからこそ、余計に腹立たしい。


「なんで……そんな簡単に人が殺せるの?」


 こちらもこちらで、間抜けな質問を返す馬鹿が居た。

 殺しても良い空間があって、罪にも問われない。

 しかも大金が手に入り、お金に関しては他からの関与が無い。

 そんな好条件が並べられているのだ、誰だって殺す事を選ぶだろうに。

 むしろ、こんなゲームをやっていて“殺さない”方がおかしいのだ。

 そんなモノは偽善の塊。

 私だけはこんな状況になっても聖人でいます、とでも言うのだろうか?

 だったら、そもそも参加しなければ良いだけだ。

 RISAの言葉に、思い切り呆れかえったため息を溢していれば。


『お嬢さん? 人っていうのはこんなゲームが無くても簡単に死ぬんですよ? だけどお金があれば助かる命もある、死ななくて済む命もある。自身にとっての“大事なソレ”と、知りもしない周りの連中を天秤に掛ければ、誰だって――』


「リユ、余計な事を喋るな」


『失礼いたしました』


「……誰かを助ける為に殺してるの? でもそれじゃ、どんな理由があっても周りの奴等と同じじゃないの?」


「同じだよ、俺はただの殺人鬼だ。だから、俺以上に強い奴に殺されたって文句は言わねぇさ。こんなゲームをしてるくらいだからな。だが、だからこそ。何の文句がある? 殺す為に、殺される為にRedoは存在する。文句があるなら、俺を殺してみせろ」


『ひゃぁぁ、スクリーマーが長文を喋ったぁぁ! と思ったら結局戦闘狂発言ですか、そうですか。“こっち側”のマスターは駄目ですね、世間にお披露目できる程立派な人にはなれません』


 あぁ、何と言う事だろう。

 戦闘狂と無能の、無駄な会話が始まってしまった。

 私の舞台で、茶番が始まってしまった。

 正直私の意見は彼に近いが……偽善者である時点で聞くに値しない。

 というか、もはや聞くのも面倒くさい。

 誰かの為に殺している? 誰かを殺したら、周りの殺人鬼と同じ?

 はぁ? 馬鹿なんじゃないの?

 このゲームは殺人を肯定する。

 そこで得られる物は、全て自分の為に使うべきだ。

 戦い、生き残った者への報酬なのだから。

 それこそこのゲーム、国がお金を出してまで人口を減らそうとしているんじゃないかと考えられる程、殺人に特化している。

 だからこそ、Redoはプレイヤーに課せられた“人間の法”を取り払う。

 そこで初めて、人間は本来の姿を取り戻す。

 ソレに快楽を求めて、皆プレイしているのだろうに。

 だというのに……この二人は。

 あぁもう、なんかつまんないな。

 ネトゲや配信で、空気の読めないユーザーに出合った気分だ。


「もう良いや、飽きちゃった。RISAは何となく分かってたけど、黒獣もあんまり面白くないんだね」


 大袈裟にため息を溢してから彼女を相手に向かって放り出し、二人に対して端末を向ける。


「フローズ、あの二人を“解析”。あとマークも」


『はぁ……この状況で良くやりますよ』


「やらせると思うか?」


 私がRISAを放した瞬間、目の前に迫る黒獣。

 しかし、そんなのは想定済みだ。


『マスター! ストップです! 緊急停止ー!』


「あぁ? 何だこりゃ?」


 敵を前にしてあれだけベラベラ喋って、ホント舐めすぎ。

 全部アンタの都合よく行くとか思ってる訳?

 どうやらコイツ、ゲームとしてのプレイヤースキルはあまり高くないみたいだ。

 なんて事を思いながら、ニヤッと口元を吊り上げる。

 彼は此方の眼前まで迫り、私の“糸”に絡めとられた。


「えぇ~っと何々? プレイヤーネーム“AKエーケー”? うわっ、マジでつまんない名前。鎧は“スクリーマー”って言うんだ。確かにそっちは納得かなぁ」


 スマホを弄りながら、彼の情報に目を通していく。

 その間も目の前で黒獣……もとい“AK”がバタバタと暴れている訳だが。


「アンタ、ホント獣ね。気付かなかった? 私のマント、いつの間にか無くなってるって。アレを解いて糸を張ったの、ソレに捕らえられた哀れな獣さんは手も足も出ないみたいですねぇ~」


 クスクスと笑いながら、黒い獣の額を軽く小突く。


「私の名前は“irisアイリス”、貴方に初めて勝利したプレイヤーって事で覚えておいてね? ま、もう糸も無いし。私の攻撃力じゃ殺す事は出来ないから、今日はこのまま退散せてもらうけど。私の勝ちって事で良いよね?」


『すみません、此方のマスターが馬鹿で。乱入者相手に圧倒的戦績差でのタイムオーバー、正確には其方の勝ちなんですけどね』


「“フローズ”うっさい、こういうのは気分の問題なんだって。結局ドローの判定になるんでしょ?」


 煩いスマホを黙らせて、未だ暴れている黒い獣に背を向けた。


「それじゃぁね、黒獣さん? 今度はちゃんと“使える”お友達を連れて挑むから、その時はポイントになる覚悟をしておいてね?」


 振り返って手を振ってみれば、再び獣が吠えていた。

 身動き一つとれないくせに、威勢だけは良い事で。


「逃げるのか!」


「うん、逃げるよ? 貴方が捕食者なら、私は逃亡者。でも、いつか立場が逆転するかもね? なんたって私の鎧、“スパイダー”って言うの。今は“牙”がないけど、ソレがあったら糸に絡めとられた獲物なんて、今度は逃がしてあげないから」


 そう呟いてから、勝ち誇った顔のまま出口へと向かって歩いて行く。


「ふざけるな! リユ! 何かスキルはないのか!?」


『ちょ、ちょぉっと待ってくださいね? 殆どお金に替えちゃってますから……今検索中です!』


 背後から聞こえてくる悔しそうな声に、口元は更に吊り上がった。

 あぁ、やっぱりRedoは良い。

 皆があんなに怖がっていた、あんなに多くの命を狩り取った獣を、私は捕らえる事が出来た。

 このままアバターを育てて行けば、間違いなく勝てる。

 そんな事を考えれば、にやけた口元はなかなか元に戻ってくれなかった。


『はぁ……その顔、キモイですよ』


「相変わらず煩いスマホだねぇフローズ。ま、いいけどさ」


 そんな訳で、駅での戦闘は幕を下ろした。

 こちらに多大な犠牲は出たが、あの“黒獣”さえも無力化できると判明したのは良い戦績だ。

 あぁ、楽しい。

 本当に楽しい。

 彼の事もマークしたし、今度はもっと大勢で掛かろう。

 私の糸で絡めとって、挽肉になるまでタコ殴りにしてやろう。

 そしてRISA。

 彼女には、そうだな……。


「潔癖気取ってる真っ白い鎧のあの子が……皆の前で汚されるってのも、結構面白いかも。皆にも御褒美あげないとだしね?」


『気色悪いですね、やはり』


「はいはい、だからうっさいっての」


 ブツブツと否定的な声を洩らすスマホに相槌を打ちながら、私はそのまま帰路に着くのであった。


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