第17話 私の世界
「あぁぁぁ! 助けて! 助けてくれ!」
「“iris”だ、アイリスを守れ!」
「こんな状況で何を……うあぁぁ!」
あははは、アハハハハ!
楽しい、なにこれ。
すんごい楽しい。
こんなスリル、他じゃ絶対味わえないよ。
急に乱入して来た“黒獣”に対して、私の用意したフレンドが狩られていく。
法律だ何だと守られていた筈の人間が、Redoではこうも簡単に死んでいくのだ。
その光景が、愉快で仕方ない。
あ、さっき死んだ人。
私が配信初心者の頃、アンチコメ投げてた人だ。
ウケる、必死に助けを求めちゃって。
助ける訳ないじゃん。
あんたの事、ちゃんと覚えてるんだからね?
登録人数が減っちゃうから、今までは生かして置いたけど。
「iris! 頼む、“歌って”くれ!」
「も~仕方ないなぁ」
にやけた口元を隠しながら、メロディーを口ずさむ。
紡ぐのはラブソング。
私の為に死んでいく皆と、そして私を殺しに来た黒い獣に対して歌を紡ぐ。
スキル、“歌姫”。
鎧本来のスキルとは別に、昨日皆から貰ったポイントを使いガチャで得た能力。
皆も喜んでくれたし、私の専門は直接戦闘ではない。
本当にアニメやゲームみたいだ。
謳っている間は、所謂強化バフが掛かる。
私の為に集まってくれた仲間達に、そして……面白そうだから、“黒獣”にも歌を向けた。
愛を向ける限り、どこまでも強くなる。
戦闘がどんどん激化していく。
あぁ、なんて楽しいんだろう。
「おかしい! おかしいだろ! 強化されている筈なのに、なんでっ!?」
「止めろ、来るな、来るなぁぁぁ!」
誰しも逃げ惑い、叫び声を上げる。
あぁ、ホント。
最高の“刺激”だ。
まるで妄想の世界みたいに、誰も彼も一瞬で命を落とす。
凄い凄い、こんなのが現実だなんて。
まさに理想郷じゃないか。
世界はこんなに楽しい事を、今まで私に秘密にしていたのか。
「紗月、もう止めて! 逃げよう!?」
足元に縋ってくる“元”友達が、そんな声を上げた。
随分と綺麗な鎧に身を包み、その外装を脱げばより美しい彼女。
そして、こんな面白いゲームを独り占めしていたクラスメイト。
そんなの、許せる訳ないよね?
私にとっては死の恐怖ですら快楽に変わる今、彼女の存在は害悪以外の何でもなかった。
「邪魔だから、ちょっと退いててね? もう私達、友達じゃないから」
「え?」
「聞こえなかった? 邪魔。折角美味しく狩りが出来る環境を用意したのに、ぶち壊した挙句……何? こんな楽しいイベントに関わるなって? 馬鹿なんじゃないの? コレだから頭の悪い尻軽女は」
「なに、言ってるの? 紗月」
「私は“iris”。ネットで人気を集めている“iris”なの、わかる? “こっち側”でこそ輝く存在、アンタ達とは違うの」
「ごめん……何言ってるのか、全然分からない」
はぁぁ、これだから。
そんなに戦いたくないなら、端末を壊すかさっさと自害でもすれば良いのに。
なんて、ため息を溢してから再び黒獣に向き直った。
「踊りましょう? 黒獣。きっと面白い“ライブ”になるわ」
フフッと笑みを溢しながら、手招きをしてみれば。
『勘違いアイドルが調子に乗っていますよ、マスター。こちらにバフを飛ばしている様でしたが、阻害されている事にも気づかずに。プークスクス、キャラを二体合わせて素材にしてやりましょう。見た目でファンが付いただけで、レアリティが低い雑魚キャラですよアレ。スキル“逸れ者”、私たちにはバフもデバフも効きませ~ん』
「何言ってんのか良くわかんねぇけど……確かに耳障りだな。カラオケならお友達とやってくれ」
……は? 私のスキルが届いていない?
それで、あんなに無双してるの?
周囲のプレイヤーを千切っては投げ、千切っては投げ。
そりゃもう一騎当千の勢いで。
周りの皆はちゃんと強化出来ているのに?
しかもアイツ今、何て言った?
耳障りだって、そう言った?
「ふざけないでよ……」
「紗月?」
「ふざけるなよお前! 何なんだよ!」
これは、私の世界だ。
ネット上の、ゲームの世界なんだ。
誰しも可愛いって言ってくれて、私の歌を褒めてくれて。
たまに嫌な事言う人も居るけど、他の皆が守ってくれて。
だからこそ、ネット上なら私は私でいられる。
クソみたいなリアルより、ずっと私らしくいられる。
だから、Redoに参加した時は心から喜んだ。
これで身も心もネットの世界に入れるんだって。
多くの“私を好きな人”に囲まれながら、ずっと暮らせるんだって。
配信でRedoのタイトルを伏せながらも、“匂わせた”。
その結果一晩で数多くのフレンドが集まり、そして何人ものプレイヤーを狩る事が出来た。
本当に私の為に用意されたような世界だ。
この世界でなら、私は自由に生きていける。
そんな風に、思っていたのに。
「このチート野郎! ルールも何もあったもんじゃないじゃないか!」
『まだ何か言ってますよ、マスター』
「ハハッ! 元気なのは良い事じゃねぇか、雑魚よりずっと楽しめそうだ。俺を楽しませろ!」
『ハッハー……マスターに、もとい戦闘狂に話が通じないよぉ』
ふざけるな、ふざけるなよ?
何なんだお前は、本当にプレイヤーか?
あんなのが、“プレイヤー”であって良いのか?
他の連中と次元が違い過ぎる。
チートも良い所じゃないか、運営は何をやっているんだ。
「iris! irisどうするんだコレ!」
逃げ惑っているフレンドの一人が、必死に声を上げるが……私にどうにか出来る訳がない。
だって私は昨日Redoを始めたばかりなのだ。
こんな状況、どうしたら良いのかなんて分かる訳が――。
「ヒィ!」
『マスター。その人達、巻き込まれた側のプレイヤーです』
「おっと、そりゃ災難だったな。選ばせてやるよ。戦うか、逃げるか。どっちが良い? お前は俺と戦うだけの気概があるのか? なぁ、楽しませてくれんのかよ?」
え?
「こ、降参する! サレンダーも送った! だから頼む!」
「あぁ、つまらねぇなぁ……しかもコイツ匂わねぇ。リユ」
『あいあーい。戦績を見る限り、確かに進んで“殺し”はしていないみたいですね。サレンダー承認しました。明日からも立派に社畜人生頑張って下さいましー!』
アイツ、何をしている?
彼が話しているのは、私達が戦闘を申し込んだプレイヤー達。
まさか、“そう言う事”なんだろうか?
会話からするに、サレンダーを認めたプレイヤーは“殺し”を経験していないらしい。
つまり、黒獣は人を殺した奴だけを狩る……という事か?
これはまた、意外な活路が見つかったかもしれない。
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