第16話 モンスター


「……そっか、“RISA”は友達になってくれないんだ。私やっぱり、友達を作る才能ないのかなぁ」


 たった一言。

 悲しそうに彼女が呟いた次の瞬間、周囲の男達が私に襲い掛かった。

 別に武器を突き立てられた訳じゃない、誰も彼も素手のまま押さえこんで来た。

 その結果、地に伏せるような形で取り押さえられてしまったが。


「本当に残念。私にこんな楽しいゲームを教えてくれた人だから、友達に“なってあげよう”と思ったのに。ホント、残念だよ」


 そう言いながら、彼女の背中から生える腕がこちらに向かってくる。

 ヤバイ、滅茶苦茶怖い。

 アレを食らうなら、昨日の銃弾で死んだ方がマシだったかも。

 そんな風に思えるくらいに、その腕には恐怖を覚えた。

 布がクルクルとまとまって、昆虫の様な腕が私に切っ先を向ける。


「あぁ~ぁ。せっかくお友達を作れると思ったのに、やっぱり“irisアイリス”の事を分かってくれる人は居ないみたい」


「そんなことないよ!」


「俺らは分かってるよ!」


「絶対に裏切らないから!」


 彼女が悲し気に呟けば、周囲からは良く分からない叫び声が上がる。

 気持ち悪い、というか怖い。

 何だコイツ等。

 どいつもコイツも狂気に染まっていて、今この場で価値観を共有できるのは、多分取り押さえられている残る四人くらいなモノだろう。

 彼等もまた、物凄い勢いで震えているが。

 もはやこの場には、狂気しかない。

 とてもじゃないが、“生贄”として捧げられた私達に生存の道は無いのだろう。


「友達になってくれないんじゃ、いらないや。皆、押さえていてね?」


 そういってから、彼女は背中の“脚”を振り上げる。

 私は、何を間違えたのだろう。

 多分この子は、表面には見せないで心の奥に“闇”を持つタイプだ。

 その結果生まれたのが、美しくも禍々しいあの鎧。

 自らの姿を周りに見せつけながらも、“捕食”に特化した毒虫の様。

 あの時、彼女の落としたペンを返さなければ良かったのか?

 周りのクラスメイト同様、彼女を笑えば良かったのか?

 そうしていれば、彼女はこんな風にならなかったかもしれない。

 でもそれって、“正しい”選択だったのだろうか?

 分からない、全部が分からない。

 でも私の行動のせいで、この“怪物”が生れてしまったのは確かだ。


「すぐ楽にしてあげるね? RISA。貴女だけは、楽に殺してあげる。私をRedoに誘ってくれたお礼って事で」


 優し気な微笑みを浮かべながら、相手は動き始めた。

 ここで終わる。

 そんな感想を、ここ数日で何度思い浮かべただろうか?

 でも彼女の腕が振り下ろされる、その瞬間。


「ガアアアアァァァァ!」


 叫び声が、駅構内に響き渡った。

 そして続く、ズドンという衝撃音。


『食べ放題……もとい、稼ぎ時ですよマスター!』


「大収穫じゃねぇか」


 聞こえて来たその声に、紗月の羽が止まった。

 本当に、私のすぐ目の前で。


「よぉ、俺も混ぜてくれよ」


 物凄く軽い雰囲気で、天井を突き破って私達の近くに飛び降りて来た黒獣。

 その際、足元のコンクリートが砕けて陥没した気がしたが。

 誰もがその声に唖然としていれば、彼は手近な人間を一人斬り飛ばした。

 自身の鎧に付いている、鋭利な爪で相手の喉元をかき切ったのだ。

 ただただ、“近くに居たから”。

 たったそれだけの理由で、一人の命が灯を消した。


「抵抗しないのか? 何だ、今回も雑魚ばかりか? 戦えよ、ホラ。楽しませろ」


『結構ポイント持ってそうなのも居ますよ? まとめて狩っちゃいましょう』


 多分、乱入者の中に紛れ込んだのだろう。

 彼をマークしている者がいなかったからこそ、“アレ”は堂々と事態を観察していたのだ。

 そして、このタイミングで襲ってきた。

 もっと良い瞬間を狙って、奇襲でもかければ良いのに。

 やはりコイツは……異常者の類だ。

 どこまでも戦う事を“楽しんでいる”し、本心からソレを望んでいる様に見える。

 一対多のこの状況で、正面からぶつかり合おうとしている。

 はっきり言って、正気とは思えない。


「これだけ居るんだ……来いよ。お互い楽しもうぜ? どうした、お前等から来ないのか?」


『ウォンテッド、“黒獣”。参戦しまーす! 皆様どうぞよろしく! そして……ゆっくりと“お休み”くださいませ。我々に出会った事が、貴方方最大の不幸でしたね?』


 やけに気の抜けた声で喋っている彼の端末だが、“お休み”と言われた瞬間ゾッと背筋が冷えた。

 端末の声と同時に、彼は走り出す。

 この狂った“処刑場”を、ただの“混沌”に変えるべく。

 彼は、黒獣。

 ただひたすらに爪と牙を振るうその姿は、完全に餌の中に放たれた肉食獣だ。


「おいおい……こんなもんか?」


『ココかぁ……祭りの場所はぁ、あぁん? どうした、戦えよ。最高だよな、Redoってヤツは』


「リユ、黙れ」


『イエッサー、マスター。ネタが通じなかった様なので、悪役ムーヴはここまでにします』


 そんなふざけた台詞を吐きながら、彼等は周囲のプレイヤー達を駆逐していくのであった。

 あり得ない、あり得ないでしょこんなの。

 これだけ人数が居て、相手も戦闘に慣れている集団に見える。

 だと言うのに、彼が腕を振れば人が死ぬ。

 彼が踏み込めば誰もが悲鳴を上げる。

 それらに対し、彼は笑い声を溢しながら端から喰いついていく。

 こんなの、現実じゃない。

 あんなモノが、プレイヤー?

 ゲームとしてもおかしい上に、リアルの世界にもあんなのが混じっていると言う事になるのだ。

 普通の人間のフリをしながら、人波に紛れ込んでいる。


「ば、化け物……」


 誰かが呟いたその一言に、思わず納得してしまった。

 アレは、間違いなく。

 Redoが生み出した本物のモンスターだ。



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