第15話 女王蜘蛛
「あぁ、ったくよぉ……こっちは仕事で疲れてるっつぅのに……」
「夜勤の癖に帰るのがこの時間って何なんですかね、ふざけてますよ」
「おーいお前等。愚痴りたくなんのは分かるけど、今は“こっち”に集中な」
不味い、非常に不味い。
リストで見たプレイヤー、少なくとも三人はリアルで知り合いの様だ。
つまり、今突っ込んでも三対二。
今日初めてペアを組む私達と比べれば、絶対に連携はあちらの方が上だろう。
建物の影から観察しているが、どう見ても相手は大人。
しかもしっかりとパーティとして動いているのか、三人揃ってバランスが良い雰囲気の装備を手にしている。
それらを考慮しても、不利な条件しかない。
これくらい予想出来そうな内容だったのに、何故紗月はこんな対戦を申し込んでしまったのか。
なんて考えながら、振り返れば。
そこには、おかしな鎧を着た人物がいた。
「ちょっと待ってねぇ~……」
静かに呟きながら、ひたすらにスマホをいじり続ける紗月。
一目見ただけで彼女と分かる理由は他でもない。
ほとんど、“顔”が見えているのだ。
「えっと、そっちこそちょっと待って。何ソレ、本当に鎧? 防御力とかどうなってんの?」
私だってスカートではあるが、一応各所鎧で守られている。
特に胸や腹、そして頭は絶対に守れる様にバイザーだって頑丈なモノが付いているくらい。
だと言うのに、彼女のはなんだ?
まるで水着かって言いたくなるような、本当に局部しか守っていない鎧部分。
あと隠されているのは目元のみ、ほとんどサングラスみたいな形で。
一応アイドルみたいな衣装は着ているものの、どう見ても防御力があるとは思えない見た目。
そして何より……背中から伸びている虫の羽みたいなヒラヒラは何だ?
やけにキラキラしているし、動けばゆらゆら動きそう。
ハッキリ言ってしまえば、非常に邪魔そうだ。
というか、目立つ。
「よし、おっけー。皆これから来てくれるって」
「は?」
なんて事を言っている内にも、事態は動く。
先程の三人だけならまだしも、さらに二人。
多分リストに載っていた残り二人、全員が合流してしまった。
「お疲れ様です、何処のバカですかね……こんな所で」
「お疲れ様でっす。なんか、全員に対戦申し込んだみたいっすよ。まさか黒獣……な訳ないっすよね。アイツ、基本乱入って話だし」
二人の男性が、三人に向かって挨拶を交わしている。
不味い不味い不味い。
さっきのリストの五人、全員知り合いだ。
だとするとこれから私達は五対二で戦闘をしなきゃいけない上、更にこちらから対戦を申し込んだ形になるのだ。
土下座した所で、すぐさま許してくれるとは思えないのだが。
しかも見るからに、相手は社会人。
あの落ち着いた雰囲気からして、若い奴等よりしっかりと連携を取って来るだろう。
紗月が呼んだっていうプレイヤーも何人くらい来るのかも分からないし……なんて、思った次の瞬間。
『警告、乱入プレイヤー多数確認。二十名以上です』
「へ?」
昨日とは違い、コレは個人が“決闘”を申し込んだ訳ではないエンカウント戦。
つまり野良で戦う様なモノ、その名を“強襲”。
相手の了承なしに勝手にバトルフィールドに叩き込む行為。
だからこそ昨日の“黒獣”の様なイレギュラーは当然の事、他者の乱入は当然想定していなければいけない訳なのだが。
二十名以上?
ありえないだろ、そんな数。
「なんだコイツ等! どっから湧いて出やがった!」
「攻撃しながら下がれ! 俺達の駆逐を目的としてない限り、犠牲が出れば逃げる筈だ!」
なんて事を叫びながら、駅構内に下がっていく五名。
そして、押し寄せる数多くのプレイヤー達。
何だ、これ。
まるで昆虫が大物を狩る時みたいに、犠牲を厭わず数で相手を押し流している。
「あ、捕まえたみたい。行こっか、RISA」
「え? あ、え?」
困惑したまま手を引かれ、駅の中に足を踏み入れてみれば。
そこには数多くのプレイヤーに押さえつけられ、まるで首を差し出しているかのような体勢で捕えられている先程の五人が。
「ふざけんなよ! 何だお前等! こんな事許されると思って――」
「うるさいなぁ」
叫び声を上げた一人に対して、紗月は背中から生える一本の羽? を伸ばした。
そして。
「ガッ、ゴホッ!」
「存分に味わってね? 鎧の中身はちゃんと肉体があるって事は確認済みだから。隙間から入って中身に攻撃しちゃえば、防御力なんて関係ないよね?」
「ガボッ!」
よくわからない会話の途中、彼女のヒラヒラした羽が解れて糸の様に変わり、鎧の隙間から侵入していく。
しばらく相手が痙攣したかと思えば、数秒後に引きずり出された紗月の羽には、ナニカの臓器が握られている。
そして当然、引き抜かれた男はピクリとも動かなくなった。
なんだ……コレ。
「はい、あと四人でーす。みんなありがとねー?」
彼女が周囲に笑顔を振り撒けば、対戦相手を押さえつけている男たちは雄叫びを上げる。
誰も彼も、紗月の為にと。
彼女が強くなる事を心から喜んでいる様子で。
「狂ってるよ……」
ポツリとその言葉を紡げば、一斉に皆がこちらを振り返った。
思わず、背筋にゾクッと冷たいモノが走る。
「今、何て言った?」
一人の男が、怒気を含んだ声を放った。
顔は見えなくとも、彼の顔が怒りに歪んでいる事が手に取る様に分かる。
怖い、とにかくこの空間が怖い。
誰かのために、寄ってたかって他人を犠牲にするのが当たり前のこの環境が。
まるで生贄じゃないか。
こんな事を、昨晩ずっと続けていたのか?
その結果、今の紗月のアバターが出来上がったのか?
羽だと思っていたソレはいくつもの糸に分かれ、相手を絡み取る。
そして自らの下に集まった者達を使い、獲物を狩る。
アレじゃまるで、昆虫の女王か何かだ。
「RISA、私達友達だよね? 貴女から言ってきたんだもんね? 友達になろうって」
「……う、うん」
「だったらさ、一緒に強くなろうよ。昨日みたいに、無様に負ける事が無い様に、私達で最強になろうよ? こんなに慕ってくれる人たちが居るんだよ? 皆と一緒に居れば、絶対負ける事なんか無いって」
「えっと……」
思わず口ごもりながら、視線を外した。
その先にも、彼女の配下とも言えるプレイヤーが居る訳だが。
「昨日の黒いヤツとか警戒してるの? 大丈夫だよ、これだけ人数が居るんだもん。数の暴力って何より強いんだよ? どんな些細な事でも、数さえ集められれば正義になるの。知ってた? 私は知らなかったから、今まで散々虐められてきたの。でも、もう違う」
独白を続けながら、彼女は“腕”をこちらに伸ばして来た。
手足も含めれば、全部で八本。
その内、足以外の六本がこちらに向かって来る。
キラキラした布切れがクルクルと纏まり、昆虫の腕みたいな形に変わっていく。
本当に、蜘蛛みたいだ。
「こんなにも“友達”が居るんだよ? 一緒に行こう? 強くなろう? もう、誰にも虐げられない様に」
怖い。
それしか感じない。
目の前で手を広げる彼女が、とにかく怖い。
私は、彼女にとって。
決して超えてはいけない一線を平気で飛び越える、そんな“一手”をこの子に与えてしまった。
そう思えるくらいに、ただただ恐ろしい光景が広がっていた。
「わ、私は……」
「うん」
聖母の様な笑みを浮かべて、彼女は笑う。
だが。
「貴女とは、一緒に行けない」
これだけは、しっかり言葉にしないと。
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