第13話 もう、壊れているんだ


『傍から見たら完全に浮浪者ですねぇ。よく言えばいい歳したニート。マスター、そろそろ服も新しいの買いましょうよ』


「お前な、言い方ってもんが……とはいえ、確かに生活必需品も買い揃えないと駄目か。この服だって、何年前のだよって感じだし」


 ため息を吐きながら、コンビニで買ったパスタを啜る。

 昼間の公園内。

 散歩しているジジババやら、ちっさいお子様を連れた主婦やらが結構居る。

 そんな訳で、なかなかどうして視線が痛い。

 俺は、ブツブツ呟く中年な訳だし。


『もっとまともな格好をすれば、休憩中のサラリーマンくらいには見られるかもしれませんよ? 新しいスーツでも買います? あ、ツナギを着れば作業員に見られるかもしれません。色んな“作業員”がいますからね、どの時間に居てもある程度不思議じゃありません』


「至急検討しよう」


 どっかで対戦している奴がいないかと散策している訳だが、そう簡単に見つかる筈もなく。

 そりゃそうだ、命の掛かったゲームなんだから。

 そこら中でポコポコ乱発していたら、行方不明者がえげつない事になる。

 とはいえ、サレンダーもあるから絶対に死ぬって訳ではないが。

 むしろ今までの経験だと、社会人組は特にサレンダーが多い印象だ。

 まぁ当たり前だよな。

 誰だって死にたくはないし、大人ならポイントよりも命を優先する判断も早いだろう。

 逆に若い子程危険だ。

 コレを普通に“ゲーム”として認識し、狂っていく者が多い印象。

 そして判断力が足りない事が多い。

 つまり、無差別にRedoプレイヤーを増やしてしまう可能性があると言う事だ。


『しっかしアレですね、昨日の件。普通の、と言ったら語弊があるかもしれませんが。“アレ”な相手じゃないと、マスターはとことん甘いですねぇ』


 まるで世間話をするみたいに、煩いスマホがいちいち話しかけてくる。

 結婚してからも仕事の影響で一人暮らしの方が長いくらいだったのだ、こうも騒がしいのは未だに慣れないが。


「人を傷付ける事に抵抗が無くなった相手なら遠慮する気は無いけど、そうじゃない奴なら殺す必要はない……多分。見境なく殺す様になったら、俺もいよいよだ」


『ま、言っている事は分かるような、そうでもないような』


「分かってるよ。善悪云々の前に、殺している時点で俺も終わってるんだ。しかも俺の目的は金だしな。ただの綺麗事を言っている自覚はあるよ」


『そこまでは言ってませんけども。その辺はマスターのお考えに任せまーす』


 だったら言うなよ、と言いたくなる所だが。

 グッと堪えて再びパスタを啜る。

 リユの言う通り、俺は甘い。

 自らの目的のために、昨日の少女達も殺すべきだったのだ。

 でも、出来なかった。

 というより、“向こう側”に入る前にしっかりと自身に言い聞かせておいた為、手を上げる事は無かった。

 そうじゃなければ、昨日の対戦相手全てに飛び掛かっていた事だろう。

 それくらいに、“スクリーマー”はヤバイ。

 アレを着ると、周り全ての人間が憎くて仕方が無くなるのだ。

 どいつもコイツも、まるで親の仇……俺の親の場合は別に恨む要素がないが。

 借金しか作らないし、アイツ。

 まぁ、そんな言葉が浮かぶくらいに全てが“憎い”のだ。

 更には、戦う事が楽しくて仕方がない。

 まるで戦う事自体が目的であるみたいに、戦う為に戦う。

 そして叫び、暴れる。

 それが俺のアバター、“スクリーマー叫ぶ者”。


「あの感覚だけでも、どうにかなんないもんかねぇ」


『あの感覚を否定したら、多分マスターは戦えませんよ? それにアレは、貴方が生み出した“本能”です。“こっち側”でいくら否定しても構いませんが、“あっち側”では我慢せずに叫んでくださいまし。昨日出合った少女と、マスターは別物ですよ。どちらが善悪という訳では無く、どちらも平等な“人間”なのです。そういうゲームですし』


「言ってくれるなぁ……全く」


『本当にヤバくなったら声を掛けてあげますから。キャッ、私ってば理想の養い手』


「はぁ~握りつぶしてぇぇ」


『本当にすみませんでした』


 昨日の彼女達は、まだ“染まってない”。

 何となくだが、そう思った。

 獣の様な戦い方ばかりをしているせいか、随分とそういう“勘”の様なモノが研ぎ澄まされてしまった。

 自分に酔いしれ、相手を傷つける事に抵抗が無くなった者。

 人を殺す事に快楽を覚えている者。

 そういう奴らは、大体“見れば”分かる。

 そんな人間なら、後腐れなく拳を叩き込む事が出来る様になった。

 この時点で俺も相当“キテる”んだろうが。

 というか、傍から見れば同類だし。

 だが、昨日の少女達には“そういう気配”が感じられなかったのだ。

 だからこそ、不安要素だけを払拭して逃がした。

 まるで正義の味方だの法の執行者にでもなった気分になるが、勘違いしてはいけない。

 俺は、ただの人殺しなのだから。


『そういうネガティブ思考、よくありませんよ? 自分を追い込むだけです。貴方はRedoというゲームに巻き込まれ、生きる為に仕方なく“対戦”を行っている。その結果、ゲームのルール上相手が死んでしまう。それくらいに考えましょう。責任なんて、押し付けられる存在が居るなら、わざわざ背負う必要は無いんです』


「随分言うじゃないか、Redoの手先のくせに」


『完全に否定は出来ませんが、否定させて頂きます。私は、貴方の為に用意された“リユ”と言う名のデバイスです。Redoなんて、フィールドに過ぎません。私は、ちょっとお喋りな貴方の所有物。それだけです』


「言うじゃないか」


『言いますとも。システムとして存在するAIなので絶対命令権とか使われたら従うしかありませんが、そうでないのなら運営より貴方に付きますから。それが私、“リユ”です』


 ハッ、と呆れた笑いを溢しながら残ったパスタをいっぺんに口に放り込んだ。

 些か行儀の良くない食い方になった気はするが、今更気にする事でもないだろう。

 残ったゴミを全部ビニール袋に放り込み、ため息を溢してから立ち上がった。


「とりあえず、服でも買いに行くか。リユ、お前の意見も聞かせてくれよ。普段着なんて買うのは久々なんだ」


『お、いいですね。真っ黒いスーツに真っ白いシャツ。そんでもって黒ネクタイとスキンヘッド。あとは格好良いセダンの外車に乗りましょう。決め台詞は、“ルール厳守”です』


「どこぞの映画の運び屋さんかな? むしろそんなの喪服みたいなもんじゃないか」


「マスターも映画見ましょうよぉ! アレは一度見たら絶対真似したくなりますって! ホラ、有料ですけど映画見放題のサイトとかも色々――」


 なんて、意味も無い会話をしている時の事だった。


「ちょっと紗月! そんなに急いで走り回っても見つからないって!」


「分かんないじゃん! 美味しい獲物が取られちゃう前に、私達が取らないと!」


「……何言ってるの? なんか変だよ? 分かってるの!?」


「だって、コレはそういう“ゲーム”でしょう? 私、ゲームなら得意なんだ!」


 そんな、怪しげな会話が聞こえた。

 会話自体は大した事は無い、Redoに絡めて考えなければ多分普通の会話として切り捨てる事も出来るだろう。

 公園の脇を走り抜ける二人の少女達。

 高校生だろうか? 下校には少し早い時間に思えるが。

 なんて事を思いながら、視線だけで追いかければ。


『マスター』


「あぁ、“匂う”な。先頭の子は特に」


 勘違いであってくれれば良いが……多分、“そう”なのだろう。

 なんたって、彼女は。


「何人か“食ってる”な、お前にはどう見える?」


 ゴツイスマホのカメラを向けてみれば。


『ゲームを楽しくプレイしておられる様で、いやはや何よりですよ。ログを視ましたがクソッたれですね。確認しました、プレイヤーネーム“irisアイリス”。後ろの子は確認する前に逃げられてしまいましたが……どうします?』


「追う、ありゃ対戦する気満々だ」


『ストーキングで捕まったりしないで下さいね? マスター』


「うるさい。探知に引っかからないギリギリで行くぞ」


『了解です。とはいえこちらには数少ない便利なスキルもありますから、距離は指示します。マスターは二人を見失わない様に』


「わかった」


 そんな会話を終えてから、俺とリユは彼女達の後を追いかけるのであった。

 今日の獲物は、どうやら向こうからやって来てくれたらしい。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る