第9話 敵の敵は、結局敵


 あぁクソ、なんでこうなった。

 なんて、愚痴った所でどうしようもないが。


「せやぁぁっ!」


 やけにいっぱい飛んでくる小さなミサイルに対して、ひたすらに剣を振るった。

 真っ二つにすれば爆発し、叩き落しても爆発する。

 ほんっと、やりづらい。

 ガリガリ鎧は削れていくし、ダメージも馬鹿にならない。

 しかも。


「大葉さん!」


「隠れてて! 絶対出て来ちゃ駄目だからね!」


 後ろには、守る存在も居るのだ。

 しかも彼女は生身のまま。

 プレイヤーじゃないから“鎧”を着ていない。

 爆発に巻き込まれれば、ひとたまりもないだろう。

 この場を離れて、相手を斬りつけに行く事すらできない。

 非常に厄介だ。


「いい加減さぁ、負けを認めたら?」


 隣のビルの屋上で、ソイツは胡坐をかきながらつまらなさそうに片腕を伸ばしている。

 その腕には先ほどから発射している、ミサイルを打ち出す為の四角いランチャー。

 マジでゲームだ、弾切れとか無いんだろうか。

 そんでもって、相手は絶対敵キャラとして登場しそうな劣悪な見た目をしている。

 片腕は先程言ったミサイルランチャー。

 もう片手はガトリング砲が付いているし、ミニガンって言うんだっけ?

 どこら辺がミニなのか分からないけど、映画でそう言っていた気がする。

 ロボットアニメの機体として出て来そうな鎧を着ている癖に、顔はガスマスク。

 何だアレ、キモイ。

 というか、趣味丸出しじゃないか。


「サレンダーしたら認めてくれる訳?」


「最初に言ったよね? 大人しくやられろって。友達は助けてやるからお前は死ねって言ってんの、理解力ないの? 馬鹿なの?」


 お前に言われたくないよ。

 そんな頭悪そうな名前と恰好をしておきながら、何を言ってるんだアイツは。

 とはいえ……私の鎧はスピード特化。

 防御力は、正直低い。


「相性わっる……しかも状況が最悪……」


 ボロボロになった白いドレスの様な鎧をはためかせ、今一度剣を構える。

 不味いな、これじゃ敗北は時間の問題だ。

 このままでは、確実に押し切られる。

 相手の弾切れを期待したい所だが……さっきからガトリング砲を使っていない。

 だとすれば、あっちが本命なのだろう。

 普通逆じゃない? とか思ってしまうがミサイルの方はポコポコ撃って来るし、多分間違いない。

 そして私には、遠距離攻撃の手段がないのだ。


「大葉さん、私は良いから! 逃げて良いよ! こんなの勝てる訳ないって!」


「あはは……超ヒロインしてるじゃん、紗月」


 そんな事を言われて、素直に逃げ出せるヤツが居るのなら大したモノだ。

 今一度肺に空気を送り込んでから、静かに腰を落とした。


「“リズ”。この距離を一瞬で詰められて、尚且つ相手に決定打を喰らわせるスキルとか無いかな」


『ありません。距離に関しては何とかなりますが、ダメージとしては期待できません。相手の防御力が高すぎます。どうしてもギャラリーを庇いきれなくなります』


「無いかー……ヤッバイなぁ……」


 Redo専用のスマホとして私に送られて来た端末、“リズ”。

 やけに堅苦しい言葉で喋るこの子は、こんな状況でさえ現実を突きつけてきた。

 そりゃそうだ。

 私は相手のサレンダーで今まで勝利を収めて来た。

 その場合ポイントや道具は手に入っても、スキルは手に入らないのだ。

 だからこそ自身のアバターを育てて新しいスキルを見つけるか、今あるものを強化するしかない。

 あとはガチャシステムだが……あっちは嫌いだから、あまり経験がない。

 というか、そもそも対戦がそこまで連発する事さえ珍しいのだ。

 どれだけプレイヤーがいるか分からないこのゲームだが、月に一回か二回対戦があるのが普通。

 そんな頻度では当然アバターは育たないし、こうして苦手なタイプが相手になれば、手も足も出ない状況になる。

 参ったなぁ……なんて、ため息を吐いていると。


「何かするのかと思ったけど、構えただけ? んじゃもう良いよね?」


 そう言って、彼は右腕のガトリング砲をこちらに向けて構えた。

 あぁ、コレは不味い。

 新しい攻撃に対処出来るだけの体力とか残ってない。


「紗月! 出来るだけ体を小さくして! 可能な限り防ぐから、動かないでね!」


「いや無理でしょ、普通に考えて。死んで? 白姫さんや」


 彼の言葉と共に、轟音が響き渡った。

 それと同時に、体中に感じる痛み。

 コレは痛みと言って良いのだろうか?

 どちらかというと、衝撃に近い。

 乱射される弾の事を銃弾の雨とか言うが、確かにそんな感じだ。

 全身に大粒の雨を受けている様な感覚。

 その雨粒一つ一つが、滅茶苦茶重たいし痛いどころじゃない訳だが。

 体中が、生きながらにしてミンチにされた気分だ。


「ガッ、ハ……」


「大葉さん!」


 至る所の鎧がバラバラと崩れ落ち、弾が貫通したのであろう手足からは激痛が走る。

 もはや繋がっているのかすら分からない程に、身体の感覚がない。


「プッ、ハハハ! 話には聞いてたけど、ホント紙みたいな防御力してんだなアンタ! まさか数秒撃たれただけで瀕死になるとは思ってなかったよ!」


 膝から崩れ落ち、そのまま屋上に横たわった私を見て相手は腹を抱えて笑い始めた。

 ヤバイ、意識が朦朧としている。

 繋がっているかも分からなかった手足の先から、体がどんどん冷たくなっていくのを感じる。

 コレ、完全に終わったヤツじゃん……なんて、ほとんど諦めながら目を伏せれば。


「何やっての? お前」


「……?」


 いつまで経ってもトドメを刺してこない相手が、そんな言葉を吐いた。

 浅い呼吸を繰り返しながら薄っすらと瞼を開けると、そこには紗月の背中が見えた。


「や、止めて下さい。これ以上やったら、死んじゃう……」


「だから殺すって言ってんじゃん。君、先に死にたい?」


 脅しでも何でもなく、彼は生身の一般人であろうと容赦なく引き金を引くだろう。

 それが分からない雰囲気でもないだろうに、紗月は震えながらも私の前に立ち塞がり続けた。


「にげ――さつ、き……」


 喉の奥から絞り出す様に声を上げれば、声と一緒に血液が溢れ出した。

 この世界では、しばらくすれば赤いエフェクトになって消えるだけだが。

 ダメだ、もう駄目だ。

 私はこれ以上、戦えない。


「あぁもう、イライラすんなぁ。そういう友情ごっこって嫌いなんだよね」


 何やら相手の気に障ったらしい。

 彼は隣のビルからこちらへと飛び移り、紗月の頭に銃口を押し付けた。

 その際ヒッと短い悲鳴が聞こえて来たが、一向に動かない彼女。

 お願いだから、逃げてくれないかな。

 こんな相手だから、彼女を何事もなく解放してくれるとは思えないけど。

 それでも、歯向かわなければ命だけは助かるかもしれない。

 だから――


「はい、お終い。頭吹っ飛ばすねぇ」


「やめ……ろっ!」


「ばいばーい」


 彼の腕に付いたガトリング砲が動きだそうとした、その瞬間。


『警告、乱入者が接近中。リストにある“黒獣こうじゅう”と確認。接敵まであと――』


 ズダンッ! と大きな音を響かせながら、真っ黒い何かが降って来た。

 目の前に突然現れた、黒い獣。

 相手を踏みつける様にして、初手から大ダメージを与えて行く。


「ずがぁっ!? なんっ……えっ!? はぁ!?」


『0秒、予想以上に速いですね。通常移動なら、もしかしたらマスターと同等です』


 リズが呑気な声を上げている間にも、黒獣は相手の片腕をむしり取った。

 そりゃもう昆虫の足を捥ぐみたいに、いともたやすく。


「ガァァァァァッ!」


 痛みに耐えかねた相手の叫び声だと思った。

 でも、吠えているのは黒獣。

 まるで本当に獣の様に、大声で叫びながら禍々しい黒い鎧が口を開けている。

 その先に見えるのは、どす黒く鋭い牙。


「来るな! 来るなぁ!」


 残った片腕から銃弾をひたすらにばら撒く相手に対して、黒獣は身をよじるだけでそれらを躱した。

 更には回転するガトリング砲を鷲掴みにしたかと思えば、根元からグシャッと簡単に握り潰したではないか。

 こんなの、もう戦闘じゃない。

 ただの蹂躙だ。

 アレがプレイヤー? あんなのラスボスか何かの間違いだろうに。

 鎧の性能や見た目は、プレイヤーの“心”そのものだという。

 だとしたら彼は一体どんな経験を経て、あんな化け物を作り出しのだろうか。

 何を思って、今戦っているのだろうか?


「止め……やめて、くださ――」


「ジャァァッ!」


 情けない涙声を上げる相手の顔面に、黒獣が拳を振り下ろした。

 鎧がどうとかもう関係ない。

 頭が潰れるどころか、叩きつけられた下のコンクリートまで貫通している。

 間違いなく即死だ。


「ひっ!」


 今まで呆然とその光景を見ていた紗月も、こればかりは尻餅をついた。

 それくらいに、酷い光景。

 水風船を割ったみたいに液体が周囲に飛び散り、当然“中身”だって周囲にビチャッと音を立てて広がった。

 しかしそれも、すぐさまエフェクトに変わり消えていく。

 これが、Redoにおける死。

 死体どころか、血の一滴さえ残らない。

 初めて見た訳じゃない。

 今までに何度か、誰かが誰かを殺す所を見た事がある。

 でも、慣れる事は無かった。

 そんな中、相手を狩り終わった黒獣はゆっくりと立ち上がり、こちらを見下ろして来た。

 次はお前だと言わんばかりの、圧を放ちながら。

 もう、完全に終わり。

 でも。


「黒……獣……この子――プレイ、ヤーじゃ……ない。だか、ら」


 私も、もう限界が近い。

 だからどうにか、喋れる内に彼女だけは助けてもらえる様に……なんて、思っていたのに。


「あぁぁ……相変わらずつまらないな、お前は。俺のマーカーを外せ、そしたらサレンダーを認めてやる」


「……え?」


 何を、言っているんだろう。


「聞こえなかったのか? 二度はいわねぇぞ。殺す気が無い奴と戦っても退屈なだけだ」


『いや、二回くらいは言ってあげましょうよ。鎧を着るとホントキャラ変わりますよね、マスター。“RISA”さーん、マスターの気が変わらない内に早くした方が良いですよ~。あんまり待たせると、多分殺しちゃうんで』


 見逃してくれるというのか? あの黒獣がまた? この状況で?

 誰かの戦闘に乱入し全てを食い散らかす賞金首が、私の事を二度も助けてくれるのか?

 こんな事、ある訳が……。


「死にたいのか? なら一応殺しておいてやるが」


「は、ずし……ます。リ、ズ」


『通称“黒獣”のマーカーを解除します。同時に、サレンダー申請を送信いたしました』


 ピコッと間抜けな音を立てて、私と彼のスマホから電子音が響く。


『マスター、プレイヤー“RISA”からのサレンダー来ましたよ~。承諾しちゃって良いんですよね?』


「あぁ、こんな状態の雑魚を喰ってもつまらねぇからなぁ……リユ、承認しろ」


 彼の鎧とは似つかわしくない緩い電子音声が響き、ソレに答える黒獣。

 リユと呼ばれた彼のRedo端末。

 やはり個体によって性格が異なるらしい、声は一緒だが。

 なんて事を思っている内に、彼は私達に背を向けて屋上の隅へと歩いてく。


「早く失せろ、ヤル気があるなら本調子の時に相手してやる。戦う覚悟があるのならな」


 それだけ言って、今回も屋上から飛び降りていった。

 な、なんだったんだ……。

 それしか感想が出てこないが、今はとりあえず。


「リ、ズ……」


『戦闘終了、ギャラリーを含めログアウト致します。お疲れさまでした』


 死ななかった事が不思議な程の戦闘が、今幕を下ろした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る