第7話 侵食


「冗談とか、呼び出された先で何かされると思ってた……」


「アハハ、ごめん。やっぱり傍から見ると、私もそんな感じに思える?」


「う、うん……あっ! ごめんなさい! そういう意味じゃなくて、いつも派手な人たちと一緒に居るから、その」


「良いって良いって、大体想像つくから」


 あれから放課後までは普通に過ごし、現在はカラオケに来ていた。

 別に歌うぜーって気分で来た訳では無く、この後の予定とか色々決めようかと思って入っただけだったのだが。

 意外な事に、紗月は歌う事が趣味だった様だ。

 とは言っても、アニソンとかネットに上がっている曲とかばかりだけど。

 そんでもって、すんごく上手い。

 思わず何度もお願いして、彼女にばかり歌わせてしまった。


「凄いねぇ……もはやプロじゃん」


「そ、そんな事ないよ……私くらいの実力なんて、ネットではゴロゴロ居るし」


「ひえぇ、ネットこえぇ」


 一段落した所で、二人してまったり喋っている訳だが。

 これも意外だったのだが、この子ネットでライブ配信をしているらしい。

 その一環で歌う事もあるらしく、自室は防音部屋に改造したんだとか。

 すげぇ、学校では目立たない感じなのに滅茶苦茶行動力ある。

 とか何とか、感心しっぱなしの状態だったが。


「大葉さんは、その。何か趣味とかないの? なんか私ばっかり喋ってて恥ずかしい」


「あ、理沙で良いよ? 趣味、趣味かぁ……」


 コレと言って、御座いません。

 というか、そんな暇無かったというか。


「私さ、一人暮らししてんのよ」


「え、凄い。高校生で一人暮らしってなかなか居ないよね?」


 一人暮らしというものに憧れがあるのか、やけに食いついてくる彼女。

 とはいえ、良いモノじゃないぞホント。


「えっとね、夢を壊しちゃう様で悪いんだけど……大変だよ、一人暮らし。私の場合親がいないから、親戚に保証人になってもらって。そんで家賃とかの分は、昔からバイトで稼いでたって感じだし。学費とかは、両親の残してくれたお金で何とかなってるけど。食べるとか生きる為のお金は、自分で稼ぐ感じ」


 昔のバイト暮らしを思い出しながら、ふへぇ~と間抜けなため息を溢してソファーに身を預ける。

 今ではRedoの影響もあって、金銭的には困っていないが。

 昔はそりゃ大変だった。

 朝は新聞配達をして、学校に行って。

 夕方からは別の場所でバイトして。

 結構遅くまで働いて、場合によっては年齢を誤魔化しながら働かせてくれる所なんかを捜したりもした。

 見つかったら、えらいこっちゃ。

 でもその繰り返し。

 それでも足りなくて、よく貧乏飯を食らったモノだ。


「えっと……なんか、ゴメン」


「あ、いやもう昔の話だし! 大丈夫大丈夫、気にしないで」


「……ん? 今はもっと稼げてるって事?」


「あぁーえっと、うん。まぁそんな感じ」


 若干の気まずさを覚えながら、視線を泳がせる。

 アレを“稼ぐ”なんて言葉で表してしまって良いのだろうか?

 だが実際、Redoのお陰で金銭的には助かっている。

 その分、人と争っていると言う事になる訳だが。

 ゲームにおける勝敗の決定は殺しかサレンダー、またはタイムアップ。

 私の場合はサレンダー狙いか、無理そうならタイムアップで勝利して来た。

 殺すよりも得られるモノは少ないが、それでも十分な金額に代わる。

 そんな事ばかりを繰り返してきたが……昨日みたいな事を考えれば、いつかは殺す事になるのだろう。


「あの、さ」


 続ける言葉に困っていると、紗月の方から声が上がった。


「実はさ……私も結構機材とかにお金掛かっちゃって、お小遣いだけだと……その、厳しいと言いますか」


「はいはい」


 なんか嫌な空気が流れ始めた。

 普通のバイトなんかだったら紹介出来るが……Redoなんか紹介できるか。


「だから、その稼げるお仕事とかあるなら、教えて欲しいなぁって……その、おじさんとかからお金を貰って体を……とかじゃ、ないんだよね?」


「ブフッ!」


 思わずジュースを噴き出してしまった。

 ゲホゲホとむせる私に、慌てておしぼりを渡してくる紗月。

 何を言い出すんだこの子は。

 流石にソレは無いわ! やってないわ!

 いや、私も派手系女子に見られているなら想像されてもおかしくないのか。


「それは……ゴホッ! ないです……」


「だ、だよね。ゴメン」


 しばらくゲホゲホやってから、ふぅと一息吐いて。


「あのね、多分紗月には無理」


 はっきりと、そう宣言した。

 この子があのゲームを? 流石に無理でしょ。


「理由を、聞いても良い?」


「紗月は……理由は何でも良いんだけど、お金の為、他人の為、自分の為。その“為”に、顔も知らない誰かを殺せる?」


「……え?」


 言っている意味が分からない、といった雰囲気で紗月はポカンと口を開けた。

 そりゃそうだ、普通いきなりこんな話をされた所で理解出来る筈がない。

 というか、すぐに答えが出せる訳がない。

 頭がおかしいか、妄想癖の類を疑われてもおかしくない質問だし。


「急にゴメン、忘れて。私、そろそろ帰るね。今日は楽しかったよ」


「あ、あの大葉さん――」


 呼び止められる声を無視して、そのまま部屋を出るつもりだった。

 こんな話をしたら、明日からもう喋れないかも。

 そんな事を考えながら、ドアノブに手を触れた。

 その瞬間。


『警告、対戦が申し込まれました。そして相手は、新機能を使っております』


「え?」


 ポケットに入れてある重いスマホが、空気も読まずにそんな事を告げて来た。

 私の端末、“リズ”の声。


「今の声って……?」


 背後から声を掛けて来る紗月に、なんて答えようか……そんな事を考えている間はまだ良かった。

 目の前の扉。

 ガラス戸になっている為、当然廊下側が見える。

 そちらから、銃口をこちらに向ける男の姿があった。


「……は?」


『警告、あれはゲーム内のアイテムです。殺傷能力があります、回避を』


「ちょ、ちょっと何なの!? 紗月伏せて!」


 友人を庇いながら床に伏せれば、ソレを待っていたかのように室内に発砲音が響く。

 耳がおかしくなるんじゃないかってくらいに反響する音と、微かに香る独特な火薬の匂い。

 ヤバいって、アレ本物じゃん。


「み~つけた。アンタ“白姫しろひめ”だろ」


 顔を上げれば、ニヤニヤした顔の男が再びこちらに銃口を向けていた。

 色んな所にピアスが付いていて、更には拳銃なんか持っているんだから何処からどう見ても立派なギャング。

 ここ日本だよ、登場する国を間違えてるって。


「自分でそう名乗った事は無いけどね……何なのアンタ。ゲーム外でこんなことして、ただで済むと思ってんの?」


 キッと睨みつけてやれば、彼は更に口元を吊り上げる。


「アプデ情報はちゃんと読んでおいた方が良いぜ? お姫様。リアルでも制限ありでアイテムが使える様になった上、無関係の人間を巻き込まない限りはRedoが隠蔽してくれんだよ。とはいえ、こんな風に……」


 男が構える銃口がゆっくりと紗月の方へと向かい、彼女の顔に照準を定めた所で止まった。


「全く無関係の奴を殺しちまうと、立派な犯罪になっちまうがな?」


「だったら!」


「だから、俺からの勝負受けて無抵抗のまま負けろ。そしたらお友達だけは助けてやる」


「は?」


 何を言っているんだろう、コイツは。

 “向こう側”に行ってしまえば、人質なんて意味は無い筈なのに――。


『彼が申し込んだ対戦はギャラリーの参加が認められています、こちらも新機能ですね。つまり、相手は彼女をギャラリーとしてRedoに参加させろと言っているモノかと思われます』


「なっ!? “向こう側”に完全に巻き込めっていうの!?」


「ピンポーン、大正解。なかなか察しの良いスマホをお持ちな様で、羨ましいよ。という訳でさ、早く対戦許可してくれない? お互いに了承しあった対戦の方が、ボーナス高いんだよね。プライベートバトルってヤツ? “強襲”より“決闘”の方がボーナスポイント高いの知ってるっしょ?」


 そんな事を言いながら、彼は片手で私と同じスマホをヒラヒラと見せてくる。

 おいおいおい、勘弁してくれ。

 こんなのどうすれば良いんだ……。

 とはいえ、選択肢は一つしかない気はするが。


「大葉さん……コレって……?」


「ごめん、完全巻き込んだ。ちょっとだけ、我慢しててもらえる? すぐ終わるから……多分」


 彼女の言葉を遮ってから私も同じスマホをポケットから取り出し、画面をタップする。


「覚悟は出来たかよ?」


「アンタを殺す覚悟なら、ね」


「上等、お友達守りながら戦えんのか? あんまり舐めてくれんなよ?」


『承認制の対戦が受理されました。これより、バトルフィールドに移ります。ご武運を、マスター』


 その台詞を最後に、私達三人はその場から姿を消すのであった。


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