第6話 少女の平穏
「はぁぁぁ」
現在学校、非常に平和。
だというのに、自分の机に突っ伏しながら大きなため息が零れた。
眠い、とにかく眠い。
そんな私を覗き込む様にして、クラスメイトが集まって来た。
「
「なんか今日ずっと眠そうだね?」
なんて言葉を掛けられながら、私はいつも通り薄ら笑いを浮かべて答えるのだ。
「大丈夫大丈夫、ちょっとバイトが長くってさ。寝るのが遅くなっちゃっただけ」
顔を上げて呟けば、彼女達は笑いながら会話を続けていく。
あぁ、寝かせてくれるという選択肢はないらしい。
「理沙っていつもバイト忙しそうにしてるよね? いい加減何の仕事してるか教えてくれても良いじゃん」
「あ、もしかして言えないバイト? 理沙もJK堪能してんねぇ~」
「あ、あはは……そんなのやってないって。私には無理無理」
馬鹿か! などと叫んでしまえば、この場で友好関係は終了するのだろう。
高校時代の友達同士の付き合いなんて、意外と脆いモノだ。
それに、知っているんだぞ?
お前らがクラスメイトを虐めている事も、過去に不登校にまで追い込んだ人がいる事だって。
そんな奴らが、何をヘラヘラと笑っている。
罰せられるべき相手がこんなにもいるのに、何故か学校側は動いてくれない。
そして当然、警察も動かない。
こういった事から、自殺者なんかが出るんじゃないの?
という事を考えれば、彼女達に合わせて薄ら笑いを浮かべている自分に虫唾が走るが……私に出来る事などほとんどない。
だからこそ“変わりたい”と願い、Redoプレイヤーになったというのに。
まるで変わらない“今”。
これでは、私もコイツ等の一味みたいじゃないか。
「そう言えば聞いた? 1組のヤンキー三馬鹿、昨日から帰ってないらしいよ?」
「あぁ~でもあれでしょ? どうせその辺で女の子捕まえて、猿みたいに盛ってるんじゃないの?」
ギャハハと汚い笑い声を上げる彼女達を見ながら、私だけは違う感想を思い浮かべていた。
あぁ、どこかで聞いた事のある声だと思ったら……彼等だったのか。
昨日の夜、私に襲い掛かって来た奴等は。
もしかしたらとっくに“身バレ”していて、計画的に襲ってきたのかもしれない。
いや、会話からしてその線は薄いか。
とはいえ、もうあの三人は……。
自らが手に掛けた訳では無かったとしても、スッと体温が下がっていく気がした。
Redoには、未だガバな機能が多い。
随時アップデート中ですなんて書いてあったが……果たしてどうなのやら。
マッチング機能の詳細も曖昧な点が多いし、今回の件を考えればこんなにも近くにプレイヤーが居たというのに、気付く事が出来なかった。
正直、恐ろしさしか感じない。
常に端末を確認しながら歩いていれば、もう少し情報が掴めたのかもしれないが。
流石にそんな事をする馬鹿は居ない。
Redoの端末は皆同じ形をしているのだから、遠目から見てもプレイヤーだとバレてしまうだろう。
「でもさ、ここ最近そういうのが学校来なくなるパターン多いよね? 何やってんだろ?」
「もしかしたら、数年後に少女監禁とかでニュースに乗ったりして」
未だ妄想で盛り上がる彼女達を横目に、何処までも頭の中が冷えていく気分だった。
実際、その通りなのだ。
人が消える。
その異常事態が、多々発生している。
しかし、ニュースには取り上げられたりしない。
元々日本でも行方不明者は多かったらしいが、ここ最近は目に見える環境で人が消える。
一番疑わしいのは、やはりRedoの存在だろう。
この“侵略”とも呼べるゲームの普及で、争いがどんどんと身近なモノになっていく。
ゲーム中では誰しも“鎧”を身に纏い、誰が誰だか分からない。
でも、こうして周囲で着々と人が減っている所を見ると疑わずにはいられない。
もしかしたら、すぐ隣に居る相手だってプレイヤーかもしれない。
そう考えると、こうしている間にも対戦を申し込まれて――。
ガシャン!
教室内にけたたましい音が響き渡り、一瞬だけシーンとした空気が流れる。
視線を向けてみれば、そこには筆箱を落としたらしい女子生徒が。
「ったく、どんくさいよねぇあの子」
「ほんっと、見ててイライラするわ……」
集まって来た二人が顔を顰めながら彼女を見ているが、それに気づいた様子もなく慌てて散らばったシャーペンやら何やらを回収している眼鏡を掛けた女の子。
その内の一本が、私の足元に転がって来た。
何かのキャラクター物だろうか?
やけにでっかいし、妙に凝った模様が描かれている。
ひょいっと拾い上げ、しげしげと眺めていると。
「何それ? もしかしてアイツの? ウケるんだけど、何それ」
「おーい地味子、こっちにアンタの大事なオタクペンシルが転がって来たよぉー!」
ケラケラと笑う二人に、彼女は随分と焦った様子でこちらへ向かって走って来た。
そして。
「か、返してください!」
必死な様子で、私に向かって手を差し伸べて来た。
彼女の様子からするに、多分大事なモノなのだろう。
急に叫ばれたのはビックリしたが、それでもコレと言って感想を残す事も無く、彼女にペンを差し出そうとしたその時。
「ちょっと必死過ぎ、何その態度。ウケる」
「拾ってやったのにさぁ、返せはないっしょー」
集まっていた二人が、そんな言葉を吐きながら彼女の事を遠ざけた。
あぁもう、イライラする。
なんでいちいち人を煽るんだろうこういう類は。
「そ、それ……大事なモノで……その、だから」
「はっきり言えって、聞こえないよー?」
「いっつもウジウジウジウジさぁ。胸張って喋りなよぉ、そんなんじゃコンビニの店員だって聞き返すよ?」
ギャハハと笑い声が響き、こちらに向けられた掌は徐々に下がっていく。
あぁ、煩い。
「え?」
だから、その手を掴んだ。
握手するかのように、ガシッと。
「ねぇ、友達になろうよ? 私頭悪いからさ、クラスの人の名前あんまり覚えてないんだよね。名前なんていうの? 私は
「えっと……相川、です。
「紗月ね、覚えた。ね、今日帰りどっか行こ? 二人で」
「え? あの、は?」
些か強引だったとは思うが、周りの二人がポカンと間抜け面をしている所を見ると、コレ以上嫌味を言う様子は無さそうだ。
握手しているその手に拾ったシャーペンを返し、ヒラヒラと手を振った。
「次の休み時間にでも予定決めよっか。ホラ、授業始まっちゃう」
「あの、えぇと……はい」
困惑した様子のまま、彼女は自分の席へと戻って行った。
そして、残された二人はと言えば。
「もしかして仲良くしたフリして余計に、とか? エグいなぁ、理沙」
「あ、もしかして財布代わり? だったらさぁ、私達も一緒に――」
「いや、普通に友達になっただけだから。そんだけ」
ピシャリと言い放てば「そ、そっか……」なんて台詞を残しながら、入って来た教師に怒られて二人は自分の席にそれぞれ戻っていく。
あぁ、面倒くさいな。
こんな事をすれば、陰で色々と言われる対象になるのだろう。
それでも、表面上は仲良くしようとしてくるのだ。
本当に、面倒くさい。
どうせなら、彼女達がプレイヤーだったら良かったのに。
そんな事を考えてから、頭を振った。
私は、誰かを殺したくてRedoを始めた訳じゃない。
助けたくて、変わりたくて始めたんだ。
だから、このゲームを始めた事自体は後悔していない。
もちろん、やりたくはないが。
でも私を救ってくれた友人が、初めて私に“助け”を求めてくれたのがコレなのだ。
私は友達を助ける為だけに、Redoを始めた。
だったら、私は私のスタイルでこのゲームと向き合って行けば良い。
今一度最初の覚悟を思い出してから、グッと拳を握りしめてみれば。
「大葉、どうした? 授業始めるぞ?」
「え? あ、はい! すみません!」
教師に声を掛けられて顔を上げると、私だけボケっとしたまま突っ立っていたらしい。
とにかく、私は高校生なのだ。
だったらゲームの事ばかり考えてはいられない。
なんていうのも、命の掛かったゲームから眼を背ける弱さなのかもしれないが。
しばらくは平和だといいなぁ……とかなんとか考えながら、小さく溜息を溢すのであった。
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