第5話 獣の休日


「リユ、昨日取得したポイントを換金。家族の元に送金してくれ」


『もう少し残しておかなくて良いんですか? 今の稼ぎなら、こんなボロアパートで生活する必要なんてないんですよ?』


「構わないよ」


『……了解致しました。でも奥さんの手術代は稼いだんですから、もう少し贅沢してください。見てるこっちが心配です、焼き肉とかお寿司とか食べましょうよ!』


「栄養って意味では、今の生活でも十分足りてるんだぞ?」


『運動量に比べて食事の量が少ないって言っているんですよ。そんなんじゃどんどん痩せますよ? 今体脂肪率いくつです? プロのスポーツ選手みたいになってるんじゃないですか?』


 社宅を追い出されてから、Redoで稼いだポイントを換金してこの部屋を借りた。

 1Rのボロアパート。

 古い鉄筋コンクリートのマンションだったが、見た目は完全に心霊スポットか何かだ。

 仕事をクビになってからそんな一室に移り住み、もう随分と時間が経った。


『送金完了致しました。ご確認する場合は、マスターのスマートフォンから――』


「必要ない。もう何度も確認した事だからな」


『信用が得られた様で何よりです』


 随分と人間臭い言葉を放つ様になったゴツいスマホをベッド脇に放り投げ、自身もパイプベッドに横になった。

 疲れた。

 昨日の夜、まさか四人も居るとは思わなかった。

 雰囲気的に、結構若い連中なのだろう。

 こういう類のゲームを広め、そして集団で“派手な行動”を取りたがるのは若者の事が多い。

 それはもう当然だろう。

 こんなゲームだ、誰だって一人では行動したくない。

 なんたって、本当に自身の命が掛かっているのだから。

 法の届かない場所での殺し合い、更には金まで稼げるという。

 しかも完全にゲーム感覚、運営もあえて“そうさせている”のだろう。

 こんなの誰だっておかしくなる、俺だってその一人だ。


『後悔していますか?』


「何に対して?」


 金の為に人を殺す道を選んだこと? それとも、今の様な生活になってしまった事?

 後悔などない、と言えば噓になるが。

 真っ当に生きた所で愛する家族は救えない。

 だったら、外道に堕ちようとも他者より身内を優先する。

 これは、リユを手に入れたその日に決断した事柄だった。

 例え最後には俺も命を落とし、地獄に落ちようとも。


『一人、残した事に対してです』


「あ、そっち? 別に問題ないだろ。それに襲撃された側を襲わないのはいつもの事だろうに、敵意を向けて来ない限り」


 てっきりこちらの心境を察してソレっぽい台詞を放ったのかと思えば、完全に的外れな言葉を紡いでくるリユ。

 それもそうか。

 端末に触れていないと、こちらの考えている事は読めないって話だったから。


『相手は若く、女性であった為先日はあんな事を言いましたが――』


「お前なりの気遣いだろ? ありがとう、リユ。俺だってビビりまくってる女の子をぶっ殺したら目覚めが悪い。というか、しばらく何もする気にならないだろうな」


『まぁ、そうなんですがねぇ』


 やけに言い淀みながら、リユは再び音声を発した。


『彼女から、マークされました。今後彼女が生きている以上、“向こう側”に入った瞬間高確率で位置情報が把握される形になります。そうでなくとも、マッチングできる範囲に入った瞬間警告などで知らせる機能も個体によっては存在しますので。そこまで彼女の端末が機能を増やしているかは不明ですが』


「はぁっ!?」


 思わず大声を上げながらベッドから体を起こす。

 マークする、される。

 それは対戦した相手のみ可能な下剋上システム。

 一度敗北した相手をマークし、再び立ち向かう為の手段。

 とかなんとか書いてあった気がする。

 詰まる話、あの戦闘に乱入した事により彼女は俺の対戦相手と認められた。

 その結果相手は、俺の足取りを調べられる手段を手に入れてしまった訳だ。

 これは……あまり良くない。


『リアル割れする前に、“狩り”ますか?』


「とはいえ、相手はまだ子供だった……と思う。そこまで有効活用できるとは思えない……とは言えないよなぁ、最近の子供なら」


『はい、なのでなるべく早く対処する事をお勧めします。申し訳ありません、まさかあの状態ですぐさまマークする根性が残っているとは思いませんでした。多分ギリギリ間に合ったくらいなのでしょうが……』


 若干申し訳なさそうな声を上げるスマホを持ち上げ、自身のメニューを表示する。

 そこに映し出されるのは、俺のアバター。

 アバターなんて言っても、結局は鎧に他ならない。

 中身としては、本人が入っているのだから。


「リユ、昨日手に入れた道具とスキル一覧を表示」


『こちらが先日と、ついでに最近の取得物一覧になります。売るつもりですか? 一応ソートを済ませて、ランクの低い物にはあらかじめチェックを入れておきました。それ以外をご覧ください』


 ズラッと並ぶリスト。

 そこまで詳しい訳では無いが、どう見てもソシャゲか何かの道具リストだ。

 この全てがゲーム内で実体化する事が可能であり、本当に殺傷力がある代物なんだと思うとゾッとするが。

 それらを睨みながら、いくつもの武器をタップして印をつける。


「今選択したヤツをポイントに替える。そんで、アバターに突っ込むぞ」


『承知しました、強化項目を選んでください。スキルはどうしますか?』


「スキルは後で確認する……よくわかんないし。適正の有る無しとか、使い方とか。まずは今ある能力の底上げだ」


『了解致しました』


 そんな訳で、自身のアバターを強化していく。

 昨日得たポイントの類も突っ込めば、相当強化出来ただろうが……それでは俺の目的の根本からズレてくる。

 だからこそ、これで良いんだ。

 人間死んでしまう時はコロッと死ぬし、いくら大金をつぎ込もうと失敗する時は失敗する。

 だったら得られたポイントは全て換金して、ほとんどを家族に送る。

 拾った武器なんかをポイントに替えた場合は、アバターの強化に使う。

 そんな事ばかりを繰り返して来た。

 俺が得るのは、本当に最低限で良い。

 食って、寝て、生きていける金額さえあれば良い。

 ソレを続けた結果、いつの間にか俺はこのゲームにおいて“賞金首”になったらしい。

 俺を殺せば通常の三倍以上のポイントが入ると言う、意味の分からないシステムアナウンスが見えた時はマジでリユをぶっ壊そうかと思った。

 どうやらこのゲームは、平等な勝ち負けよりも全体の調和や各人間の反応に重きを置いているらしい。

 だからこそ、今の所負け無しの俺は駆逐対象に入った様だ。

 この状況でどう抗うか、俺の反応すら楽しんでいるみたいにも思えて来るが……全く、本当にふざけた話だ。


『指定の能力が向上致しました。次に取得スキルを確認致しますか?』


「……ちなみに、スキルって今どれくらいある?」


『全部で五十――』


「……ある程度まとめる事って出来るか?」


『畏まりました。特に残しておきたいスキルが無ければ、現在取得しているスキルの強化にも回せますが、如何致しますか?』


「見るのが面倒くさい。よほどレアか俺に合っているのが無ければ、ソレで頼む」


『それではレアスキルとマスターと相性が良さそうなモノ以外、全て現状使っているスキルの強化に回しますね。……とはいえ、実は結構ゴミスキルばっかりだったりしますが。使えるレアスキルって中々手に入らないので』


 はぁ、と溜息を吐いてから再びベッド脇にリユを放り投げる。

 何やらブツブツと呟いているが、ひと眠りして起きた頃には収まっている事だろう。

 ゲーム好きなら、自身に合ったスキルだとか効率的な能力を自分で見つけ出せるのだろうが。

 しかし、俺には無理だった。

 普段からゲームなんてしない上に、知らない言葉と難しい文字列を並べられた所で想像する事すら出来ないだろう。

 だったら、現状自身に出来る事を伸ばした方が良い。

 なんて、これも逃げの発想なのだろうが。


「すまん、少し寝る。何かあったら起こしてくれ」


『了解致しました。おやすみなさい、マスター。せめて夢の中でくらい、夢を見て下さいませ』


 やけに意味深な言葉を紡ぐリユの声を聞きながら、ゆっくりと瞼を下ろしたのであった。


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