第4話 獣と少女


「お、お願い……助けて。まだ死にたくない……」


 尻餅をついたままズルズルとビルの端っこまで下がって、ひたすらに懇願した。

 あぁ……このまま飛び降りるのと相手に殺されるの、どっちが楽なのだろう?

 なんて事を考えてしまうくらいには、パニックに陥っていた。

 目の前の“死”という存在にガクガクと全身が震え、獲物を見つめる獣の様な冷たい雰囲気に、心がどこまでも冷えていく想いだった。

 しかし。


『マスター、彼女は随分と怯えているご様子です。こんなの狩ったら、多分ゲームを終えた瞬間悶えますよ? 今は“鎧”のお陰で元気ハツラツでしょうが』


「……」


『おーい、聞いてますかー? こんなの潰しても、大してポイントになりませんよー? 多分。そんでもって、明日は自己嫌悪しながらふて寝する事になりますよー? 後、この子は巻き込まれた側です』


「確かに、あまり面白い相手には見えねぇなぁ……あと、黙らないと握りつぶすぞ。“リユ”」


『失礼いたしましたぁ。彼女を狩っても、ろくなスキルも武器も、ましてやお金も手に入りません。まぁ小銭が欲しければって感じですかね? いります? 小娘から小銭奪ってジュースとか買っちゃいます? あと、彼女の端末からサレンダー申請が送られて来ていますよー』


「あぁ……面倒くせぇ。サレンダーを認める」


 そんな会話を繰り広げながら、彼は屋上から去って行った。

 そのまま、飛び降りる形で。

 さっきまでビルの屋上から飛び降り自殺しようとしていた私は、彼から見たら一体どれほど矮小な存在なのだろうか。

 彼にとっては、この程度の高さ何でもないって事なのだろう。

 規格外も良い所だ。

 でも、間違いない。

 アイツも、“プレイヤー”だった。

 もしかしたらRedoが用意したNPCなんじゃないかって話もあったくらい強いのに。

 そう思うと、非常にむかっ腹が立ってきた。


「な、なんなのアイツ……」


『最近アプリ内のフリー掲示板で話題に上がっている、通称“黒獣”かと思われます』


「分かってるわよ! そうじゃないってば!」


 懐から上がる声にツッコミを入れながら、私は立ち上が……ろうとして、再びベシャッと地面に伏した。

 痛い、足が滅茶苦茶痛い。

 でも集団で迫ってくる相手に対して生き残れた。

 これは凄い成果だ。

 だとしても、素直に喜べるものではないが。

 黒獣に助けられた、そんな事を呟けば関係者の中ではそれこそ時の人となるだろう。

 だが、相手は。


「アイツ……殺す価値もないって感じで去って行った」


『現在マスターが保有しているスキル、武器、ポイントを考えると、実際その通りだと思われます』


「だからうっさいってば!」


 私だって、こんなゲームに参加したくて参加している訳じゃない。

 それでも、私だって頑張って生き残って来たつもりなのだ。

 しかも“女”と分かっただけで、先ほどの様な連中が湧く。

 そんな中で、必死に生き残って来たのだ。

 だというのに。


「……見向きもしなかった。ハズレかって感じに、もはや呆れを通り越した眼差しを向けてた」


『むしろ興味を持たれていたら、狩られたのでは?』


「そりゃそうだけど……でもまぁ、生き残れただけマシって考えるべきかぁ」


 はぁぁと長いため息を吐きながら、煩いスマホを取り出してログアウトのボタンをタップする。

 その瞬間周囲には喧騒が戻り、ガヤガヤと耳障りな音が聞こえてくる。

 ただ現在は屋上に居座っている為、そこまでと言う程でもないが。

 そして貫かれた筈の足も、今では元通りだ。


「アイツ、黒獣。マークしておいて、もう絡まれたくない」


『マークを残した場合、相手にも気づかれます。余計に不満を買う形になるのでは?』


「うーん……でも、あんなのならマークされる事くらい珍しくないんじゃない? 多分大丈夫だよ。それよりも、近くに居る時にすぐ逃げられる方がありがたい」


『了解致しました、狩られない様にお気をつけて』


 そんな事を呟きながらも、声の主はポンッと音を立てながら先程の相手を記録した。

 相手の名前も知らなければ、実際に端末を確認してIDを見た訳でもない。

 だからこそ、“unknown”と表示される先程の相手。

 もうバトルフィールドから退場しているのか、マップには表示されなかったが。

 しかし、尻尾は掴んだ。

 もしもマップに表示されたら、その瞬間逃げてやろう。

 但し、いちいちRedoの端末を確認する必要はあるが。

 こう言う所も、非常に不便なのだこのゲーム……。


「あぁもう止め止め、今日は帰ろ」


『帰りにまた絡まれないと良いですね』


「うるさいよ! 怖い事言わないで!」


 ホントにうるさいゴツイスマホに言葉を返しながらも、私はどこかも分からないビルの屋上から階段で降りていく。

 上手い事アプリを使えば移動の時間短縮にはなるだろうが、適当に起動なんてさせればすぐさま敵に囲まれてしまうかもしれない。

 起動していなければ、近くのプレイヤーにしか私を見つける事が出来ない。

 しかしRedoを起動して移動などしようものなら、周囲のプレイヤーの対戦可能範囲以上のマップに表示される上、結構離れていても対戦を申し込めるというクソ仕様なのだ。

 つまり乱入上等というか、そもそも乱入ありきのバトルロワイアルを想定しているアプリ。

 ベットするのは自分の命。

 まるで人口を減らす事が目的みたいに、負けた……というか全損した相手は“現実世界”には戻って来られない。

 その報酬はゲームにおけるスキルや道具、そして現実のお金にも換金出来るポイント。

 相手を殺した場合、対戦者の所持しているポイント全てを貰える。

 サレンダーなどで勝利した場合、パーセンテージはランダムだが相手のポイントを奪える。

 タイムオーバーの場合は挑戦者が、少しだけ負債を。

 そして逃げ切った方はその“少しだけ”をもらう形になる。

 そんなルールで繰り広げられるRedoなのだが、リアルマネーに替える時の換金率がエグいのだ。

 学生の私でさえ、結構贅沢な一人暮らしが出来るくらいに。

 しかも規約書通りであれば、お金に関して国は“関与しない”らしい。

 ゲームによって得た報酬は非課税とされ、申告さえも必要無い。

 つまり、“存在しない”お金になる訳だ。

 更にソーシャルゲームかって言いたくなる様な、デイリーミッション的なモノで少なからずポイントが入ってきたりする。

 こんな事を続ければ、いつか経済に大きな影響を及ぼしそうなモノだが……。

 しかしこのゲームは全国、つまり海外でも行われており、国も監視している為プレイヤーが気にする事では無い……らしい。

 Redoのフリー掲示板で見た内容だから、本当かどうかは分からないが。

 でもそれが本当だったとすると、国そのものがこの殺人ゲームを肯定してる事になるのだ。

 なんて考え始めた所で、思考を止めた。

 コレ以上は考えるべきではない気がする。

 こんな訳の分からないスマホを送ってくる様な運営だ。

 下手に詮索すれば何が起こるか分かったもんじゃない。


「とにかく、これからもコツコツ稼ぐしかなさそうだね。今のままじゃ複数戦は厳しいや」


『持ち前の速さを生かせれば変わるかと思いますが。些かマスターはかく乱する動きが苦手ですからね。ハッキリ言ってしまえば、頭が悪いので。行動が単調です』


「うるさいなぁ……」


 そんな訳で、私は今日も何とか生き残った。

 しかも今世間を、というかRedoプレイヤーを騒がせる“黒獣”の尻尾を掴んだのだ。

 普通のプレイヤーと違う、それは今回の対戦で嫌という程思い知った。

 アレはどこまでも“狩り”に特化している。

 他のプレイヤーは、現実の自分より優れた能力を“使おう”とする。

 しかしアレは、ソレが当たり前であるかの様に“動く”のだ。

 まるで格闘ゲームのコマンドを入れようと必死になっている初心者と、自然に技が出せる玄人の様な差。

 それくらいに、“違う”のだ。

 あんなの、普通じゃ勝てる訳がない。


「とりあえずアレにはもう関わらないようにしよう! まずは家に帰ってアバターの再チェック! いつでも不味くなったら逃げられる様にしておかないと!」


『先程の戦闘により些かポイントを取得しました。まぁ、おこぼれみたいなものですが。マスターの普段稼げる額より、多いですね』


「いちいち煩いな! ポイントはポイントよ! あとココ何処よ!?」


『ホテル、ワンナイトカーニバル。ラブホテルの屋上です』


「ラ、ラブ……今すぐ撤退するわよ!」


 色々あったが、未だ危機は去っていないらしい。

 屋内に侵入して知らん顔で出ていくという事も出来なくなってしまった。

 よりにもよって、なんでこんな場所で鎧を解除してしまったのだろうか私は……。



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