第3話 プレデター


 東京都内、とある地域で。

 私は、必死に逃げていた。

 白い鎧を身に纏い、風の様な速度でビルの上を駆け抜けていく。

 普通ならこんな事絶対に出来ない。

 そもそも鎧なんか着ながら、ここまで速く動けるはずがない。

 それも全て、この“Redoリドゥ”というふざけたゲームの影響。

 ある事をきっかけに自宅に届けられ、登録を行ったこのスマホ。

 中に入っていたのは“Redo”というアプリのみ。

 アバターが決まるまでには色々あったが、いざ起動してみればなんて事は無い。

 VR対戦ゲームだった。

 マッチング範囲内に居る“プレイヤー”に勝負を申し込み、対戦する。

 それだけ、本当にそれだけなのだ。

 だがしかし、このゲームは普通のソレじゃなかった。

 アプリを起動すれば自身はアバターの鎧に包まれ、周囲の“一般人”はいなくなる。

 そしてフィールド内に残ったプレイヤー同士で殺し合うという、非常に馬鹿げた代物だったのだ。

 “勝利条件”はマッチングしたプレイヤーを殺す事。

 またはサレンダー申請を送り、相手が了承すれば決着がつく。

 勝負を申し込まれた場合も、申し込んだ場合も同様。

 それと同時に周囲にプレイヤーが居れば、マッチング出来る距離の人物には対戦中のリストに表示される。

 その検索範囲は人によって異なるみたいだが……。

 そして何と、戦闘には途中からでも参加できるのだ。

 パーティあり、乱入ありのとんでもルール。

 横槍が入れば延長戦どころか乱戦も乱戦、泥試合上等でとにかくプレイヤーに戦わせようとする。

 詰まる話、滅茶苦茶ルールの荒いデスゲーム。

 デスゲームなんて単語、映画でしか聞いた事が無いよ。

 しかも勝利すればランダムで相手の武器や道具、そしてポイントが手に入る。

 殺せばそれプラス、スキルが手に入るとか。

 マジでゲームかと突っ込みたくなる仕様だ。

 ふざけるんじゃない、なんでこんなモノに巻き込まれてしまったんだ。

 そう嘆きたくなるが、登録してしまったモノは仕方がない。

 このゲームの戦闘には、“時間制限”がある。

 勝ちも負けもない第三の選択、引き分け。

 対戦が始まった瞬間から三十分以内にどちらかが相手を殺せなければドローとなり、ソレで終わる。

 しかしながら、相手が目の前にいる状態でゲームが終われば再度対戦を申し込める上、相手の前でRedoからログアウトしようものなら“身バレ”の危険性がある。

 それだけは避けなければいけない。

 そんな事態になってしまえば、“リアル”の方で必要に執着される可能性があるのだから。


「あぁもう! いい加減諦めてよ――グッ!」


 片足に、やけに長い矢が突き刺さった。

 私の鎧を貫いて、ドクドクと血液が流れ出す……のは、しばらくの間だけ。

 ゲーム内の出来事だ、現実に戻れば傷跡一つ残らないのだ。

 どんな仕組みかは知らないが、すぐにダメージエフェクトに変換され飛び散るのみ。

 でも、痛いのだ。

 実際に足に矢が突き刺さったかのように、というか足が吹っ飛んだんじゃないかって勘違いするくらい痛いのだ。


「あっ、ガッ! ああぁぁぁぁ!」


 ビルの屋上で痛みに嗚咽を洩らせば、随分とカラフルな鎧を着た男三人衆が到着する。

 青、赤、緑のプレイヤー。

 今回私に勝負を挑んで来たパーティ、まるで特撮の戦隊モノの様だ。


「あぁーいいね、やっぱ声からして若い女の子っぽいじゃん」


「死なずに現実に戻れば無傷状態なんでしょ? Redoさまさまって感じ」


「騒がれてもまた対戦申し込んじゃえば良い訳だし? 楽勝だわぁ、もう今から始めちゃう?」


 三者三様の声を上げながら、こちらに近づいてくる彼等。

 どう見たって、Redoのアプリを悪用している奴等だろう。

 むしろこういう連中の方が多い。

 犯罪行為にもならず好き勝手出来るのだから、タガが外れる人間の方が多いに決まっている。

 こんなのが湧く事を考えなかったのか運営は。

 そんな恨み言を考えつつ、足を引きずりながら這う様にして距離を置こうとしてみるが。


「あぁ、逃げても無駄だよ? 鎧剥いでから君の顔を見て、いつまでも俺ら三人で追うからね? それとも飛び降りちゃう? 自殺すれば俺らの勝利扱いになるから、別に良いけどさ。逃げられる可能性に賭けるのもアリだけど、この高さだと防御力持つかなぁ?」


 ケラケラと笑いながら、此方に歩み寄ってくる三人衆。

 本当に都合の悪い事に、私に与えられた鎧はスカート姿だった。

 前開きのロングスカートに鎧を宛がった様な、“まさに女性”と言わんばかりの見た目。

 兜を被って顔を隠していても、こんなモノを着ていれば当然標的になる確率は上がる訳で。


「ホラ、現実に戻れば怪我とかリセットされる訳だし? いくらヤッても色々心配ないんじゃねぇの?」


 なんて、馬鹿な奴等が現れる訳だ。

 今の私達は“アバター”。

 しかし、鎧の中には普段と変わらない自らの姿があるのだ。

 破壊されたり、脱がされたりすれば普通の人間としての姿で相手と対面する事になる。

 これは不味い。

 逃げるにしても、それこそ飛び降りるしかない訳だし。

 このまま残っていても、コイツ等の玩具になるだけ。

 流石に今回は終わったかも……とかなんとか、思っていたその時だった。


「ガアアァァァァ!」


 叫び声と共に、真っ黒な鎧が相手に対して飛び掛かった。

 何処から飛んできたのか、いったいいつから視ていたのか。

 誰しもそんな疑問を浮かべる中、ソレは獣の様に相手の首元に喰らいついた。

 兜が口を開き、猛獣さながらな牙を輝かせながら。


「まっ、ちょ! いやいやいや! たすけっ、ぶッ! っ……」


 良く分からない言葉を吐きながら、一人の男が喰い殺された。

 頸動脈を噛み切られ、首元から血液とダメージエフェクトをまき散らし。

 その赤いエフェクトを全身に受けながら、黒い鎧の獣がこちらを振り返る。


「ふ、ふざけんじゃねぇ! 何で“黒獣こくじゅう”が居るんだよ! こんなの聞いてねぇよ!」


 一人が剣を構え、もう一人が弓を構えた。

 その瞬間、目の前の獣は弓を構えた相手に対して、今しがた喰い殺した男の体を投げつけ走り寄る。

 まるで仲間を受けとめる様な体勢になった相手に対して、情け容赦なくその手の鋭い爪を突き立てた。

 そりゃもう「助からないだろうな」と感想が漏れる程、見事なまでに二人の体を貫通している黒い拳。

 遠距離武器を持っていて、尚且つ私の足を射抜く程の腕前を持っている事を考慮して、次に狩るべき相手を選んだのだろうか。

 彼は二人の体から腕を引き抜き、ゴミみたいに投げ捨てた。

 このあり得ない光景に、場の空気が凍った気がする。

 とはいえ、見ている人間は私を合わせても二人しか居ない訳だが。


「ふざけんなよ……ゲームバランス狂ってんだろ。おかしいだろ! こんな奴勝てる訳が――」


 最後の一人の言葉が終わる前に、獣の手刀による一閃が彼の喉を斬り裂いた。

 溢れ出すエフェクトと、ヒューヒューと漏れる息を溢しながら、彼はそのままガクッと音と立てて膝から崩れ落ちる。

 これで、私の対戦していたメンツは居なくなった。

 居なくなったが、更なる強敵が目の前で唸っている。

 “黒獣”。

 この辺りでは有名な、乱入プレイヤー。

 誰かが戦っている所に乱入し、たった一人で全員を相手にするという恐ろしいプレデター。

 そんな奴が、目の前に居る。

 そう考えるだけで膝はガクガクと震え、口の中からもカチカチと煩い音が聞こえて来た。


「く、来るな……」


 それしか言えなかった。

 来ないでくれ、私を殺さないでくれ。

 とんでもなく情けない声で訴え掛ける私の声を聞きながら、真っ黒い兜を真っすぐこちらに向けてくる。

 普通じゃない、それは見た目だけでも分かる。

 私達がゲームで初期設定を色々吟味したキャラクターだったとするなら、アレは間違いなく初見殺しの敵キャラクターだ。

 そんな風に思えてしまうくらいに、禍々しい見た目をしている。

 真っ黒い鎧に、鋭い手足の爪。

 他の者と違って、武器を用いず手足の爪や牙を使って獣の様に相手を狩るスタイル。

 彼に“乱入”以外で出会ったと言う者の話を聞いた事が無い。

 そして彼が負けたという話も、当然耳にした事が無い。

 カードゲームにおける“ジョーカー”の様な存在。

 ソイツが今、目の前に居るのだ。


「お願い……来ないで……」


 私の人生、今日で終わったかも……。


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