第2話 リビルド
夢を見た。
あぁ、またか。
そんな風に思える程、何度も見た夢。
今までに勤めていた会社であった出来事の数々。
従業員の労働時間など見向きもせず、売り上げだけを求め唾を吐き散らす上司。
お高く留まった様子を見せながら、困った事があるとすぐにこちらへと仕事を投げる奴等。
そりゃもう、色々だ。
色んな奴が居た。
仕事ばかり、労働時間ばかりが増えていき、手元には何も残らない。
それでも、家族が幸せに暮らせれば良かったんだ。
妻と、生まれた子供が幸せに暮らせるだけの給料を出してくれていれば、俺はいくらでも頑張れた。
これくらい普通の事なんだって、誰でも味わう事なんだって思って耐えて来られた。
でも。
「ごめん。やっぱり病気なんだって……ごめんね。本当に、ごめんね……」
妻が、大きな病気にかかっていると判明した。
その手術には大金が必要で、後の治療にだって多くの金がかかる。
でも、そんなものは無かった。
いくら働いても、いくら頑張っても給料が増えずに、ギリギリの生活を続けていたから。
待遇と給料が良くなる筈の仕事に替えても、駄目だったのだ。
どこに行っても、やはり“誰か”が邪魔をした。
たまに正義感が強い……といったら悪いか。
そんな人たちが俺を擁護してくれたり、上に訴えたりしてくれた事もあったが。
「いつも一番業績を残しているのに、何故唐沢さんの扱いがこんな事になっているんですか!? 絶対におかしいですよ! こんなんじゃ下にも示しがつかない!」
なんて、格好良い事を言ってくれる仲間達は数週間後には会社から居なくなっていく始末。
あぁ、クソだなぁ。
この世界はクソだ。
上に立つ誰も彼もが自らの保身しか考えておらず、俺達下っ端は搾取されるだけなんだ。
そんな風に考えたこともあった。
でも、やはり現実を受け入れるしかない。
上が全部悪いとは言わない、全体でも数割の人間が好き勝手やっているだけ。
だが、俺は大体そこを引き当ててしまう。
運が悪い、そう言ってしまえばそれまでなのだ。
だからこそ、諦めて来た。
もしかしたら俺が悪いのかもしれない、もっと頑張れば良くなるのかもしれない。
そう思って、寝る間も惜しんで働いた。
しかしいくら業績を残そうと、いくら顧客を増やそうと、全て上司に取られてしまう。
皆と愚痴りながら酒を飲み、給料の殆どを遠く離れた地で暮す家族の元に振り込んで来た。
だが、その愛する家族が今度はもっと多くの金が必要だと訴えて来たのだ。
「ごめん、ごめんね。私の事は良いから、お金なんて要らないから。このまま死んじゃうかもしれないけど、どうかこの子だけは……ごめんね、これも貴方に負担が掛かっちゃうよね。両親にも相談して、どうにかならないか聞いてみるね? 貴方はとにかく無理はしないで? いつだって、頑張り過ぎちゃう人なんだから……私の保険でどうにか――」
その留守電を聞いた瞬間、何かがキレた。
あぁ、もう駄目だ。
我慢するだけじゃ、救えないんだ。
そう思って会社に相談してみれば。
「この程度の業績で給料を上げろってか? ふざけてんのか? お前の代わりなんていくらでもいるんだよ。辞めたければ今すぐ辞めて良いぞ? 今だからこそお前らの統括に回ってはいるが、俺が若い頃は――」
それからもベラベラと長い事うんちくを垂れていたが、あまり記憶がない。
気付いた時には若い後輩や部下達に抑えられ、俺の業績を自分の物にしていた豚みたいな上司を思い切り殴り飛ばした後だったのだ。
そしてその三日後、解雇処分を受けた。
まぁ、当然だろう。
むしろ警察沙汰にならなかっただけありがたい。
社宅も引き払わなきゃいけないし、家族に金も振り込まないと。
俺の方には頼れる実家は無いし、たいして友人も多くない。
正確には定期的に金を貸してくれと言って来る馬鹿親がいるが。
あとは金を貸したまま連絡の取れなくなった、元友人達くらいだろうか。
本当に俺の事を友として見てくれる人達も居るが……そんな彼等には、出来れば金の事で頼りたくない。
更に何ともタイミングの悪い事に、馬鹿家族からはいつの間にか借金の連帯保証人されており、その請求書まで届く始末。
明日からの仕事はどうしよう。
今後の事もあるし、目の前の問題としては手術代だ。
そして、その後は妻の入院費と子供の為の養育費。
日頃から掛かる生活費と、家賃と、保険と、税金と。
後は妻が入院している間の生活も考え直さないと。
とにかくもうこっちの会社に行く必要は無いんだ、一人暮らしする意味もない。
まずは愛する家族の元へ戻って、それから仕事を探して――。
そんな事ばかりを考えている内に、どんな手段を取っても上手く行く気がしなくなって来た。
そして最後に残った、確実に金が手に入る手段として……“死亡”したときの保険。
アレなら、数千万の金額を作る事が出来る。
自殺では金額が下がってしまうかもしれないが、それでも随分と長い事加入している上、それなりのプランを組んでいるから自殺でもかなりの金額が支払われるはずだ。
俺は室内に縄を設置できる場所を見つけ、首に掛けた。
これで終わりだ、もう疲れた。
そして、家族は一時的にコレで救われるはず。
そう信じて、俺は椅子を蹴った……筈だったのだが。
『“アバター”が確定致しました。貴方の纏う鎧は、“スクリーマー”。叫びましょう、その想いを。嘆きましょう、その悲しみを。もう、我慢する必要などないのです。ただただ泣いて、鳴きましょう。誰かに聞いてもらえる様に、誰かに気づいて貰える様に。でも同情はいらない、欲しいのは“家族の幸せ”。その一点のみ。邪魔する者は全て排除致しましょう。貴方の強さを、叫びを、私は肯定致します。全てを嘆き、叫び、それらを雄叫びに乗せながら、食い散らかしてください。マスター、貴方はその権利を今手にしました。私は、貴方の全てを肯定致します。ようこそマスター、“
やけに意味深な声が聞こえたと同時に、俺は自室で目を覚ました。
その手に、ごついスマホを持ったまま。
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