第6話
幽心はへたり込んでいる鹿児島をどうにか立たせて端へと寄せると、ひたすら怨嗟の声を吐いている男の霊へと静かに視線を投げる。
「そんなに苦しいのなら、解放して差し上げましょうか? 」
幽心は、慈愛を滲ませた声色で、そう目の前の存在に語りかける。
吊られたまま揺れる男を見つめる幽心は、普段見ているものと何も変わらないような穏やかさで美しく整った口元を緩ませていた。
『アアア……ウアアアァァッ』
さながら敬虔な聖職者のようなそれに、吊られた男の方が怯えた表情を見せると、振りまいていた悍ましいほどの狂気が強風となって幽心たちへと牙を向ける。
あちらこちらからひび割れするような音が鳴り響くと、
「あぶねぇっ!! 」
鹿児島の叫びにも似た焦燥の声が室内に響く。
しかし、それも目の前に広がる光景に困惑へと変わった。
「うーん、ただの霊がここまで現世に干渉できるのは、やはり霊道が不自然に集まっているからでしょうか」
顎に手を当てて呑気にそんな言葉を口にする幽心の手前で、降り注いだ瓦礫が静止していた。
顎に手を当てて呑気にそんな言葉を口にする幽心の手前で、降り注いだ瓦礫が静止していた。
先へ進もうとカタカタと揺れてはいるが、まるで結界にでも阻まれているように空中で留まっては力尽き、次々と地面へと落ちていく。
「どう思われますか? お姉さま方」
そう幽心が呟いた瞬間、吐いた息が凍るほど室内の空気が一気に冷え込み、地面から闇が湧きだしてあっという間に部屋全体を飲み込んだ。
夜のようでいてそれよりもなお深い闇は無数の手でできており、炭化した
「な、なんだよ、これ……」
そんな言葉が自分の口から出たことさえも気づいていないだろう鹿児島は、その異様な光景に唖然とするしかなく、ただただ部屋の隅で非日常化した今この瞬間を脳内でかみ砕こうと必死になっていた。
「建物の中を見て回った時、霊道が蜘蛛の巣のように張り巡らされていました。そして蜘蛛の巣の中心は、ここ」
幽心はそう言うと、踵でコツリと地面を鳴らす。
「おそらくこの下に、霊道を束ねている何かがあるはず。お姉さま方、どなたか少し見てきてはくれませんか?」
幽心の言葉に反応するように、無数の手のいくつかは静かに影へと沈んでいく。
その間にも吊るされた男は黒い手によって腐敗した体を容赦なく締めあげられ、もはや見えているのは憎悪と後悔に満ちた昏い瞳だけとなっていた。
人間という殻を捨て、様々な感情が剝き出しになった霊という存在は単純な思考になった分、生きている人間にとってはひどく一方的な存在だ。
自分勝手に心情を発露し、こちらに縋り、憎み、後悔しながら生者を羨む。
生前には倫理観というものが様々な行動を制御していたが、制御するための肉体や環境が無い今、本能とでもいうべきものに突き動かされ、想いの残滓を誰彼構わず周囲に撒き散らすのだ。
会話が可能な者も確かにいるが、それは故人が確固たる自我を保っている場合だけで、今幽心たちの目の前にいるような存在の方が霊にとっては当たり前なのである。
目の前の男も、本来であれば適当な期間この場に留まり好き勝手鬱憤を吐き出してから勝手に消えたであろうが、いかにせん死んだ場所が悪かったようだ。
そう幾分もかからぬうちに、影から這い出てきた手が随分と古臭い壺を幽心へと手渡した。
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