第2話 











 眠気に誘われるがままに目を閉じていると、しばらくして到着を知らせるアナウンスが流れ始めた。

 柔らかな女性の声が聞こえるや否や、降車したい人々が荷物整理をしたり扉へと向かい始めたりと、車両内がにわかに慌ただしくなる。


 幽心ゆうしんは重たい瞼をゆっくりと開きながら窓の外へと視線を移した。

 長らく続いていた田園風景はとうに過ぎ、車窓には東京とあまり変わらないビル群が映る。

 新幹線が滑るようにホームへ入っていくと、『名古屋』と書かれた看板を通り過ぎ、そしてゆっくりと停車した。


 馴染みのない名古屋駅の構内は予想していた通り混雑していて、ホームに降りて早々、埋めつくすような人波に思わず眉をしかめる。

 時期が時期というだけあり家族連れも多く、好奇心旺盛な子供たちがあちらこちらへと飛び出しては親に連れ戻されるという光景が目に入った。


 幽心はそんな光景を横目に人波を泳ぐように進んでいく。

 そしてどうにか目的地である出口へと辿り着くと、邪魔にならなそうなところで立ち止まり、壁に寄りながら気だるげにスマホへと目を向けた。


 薄めのサングラスを付けてきたとは言え、幽心が持つ一般とは隔絶されたような美貌は隠し切れずに周囲の目を浚う。

 伏目がちの瞳にかかる前髪が、滲んだ汗で額に張り付くのを鬱陶しいとばかりに掻き上げる様はどうにもなまめかしく映り、男女問わず目にしてはいけないような背徳感さえ覚えさせる。

 そんな美形を周囲が放っておくはずもなく、幽心は声をかけてきた相手の話を慣れた様子でサラリと受け流しつつも待ち人が来るのをひたすら待った。


「五郎の兄貴の従弟ってぇのは、あんたかい?」


 女性たちに声をかけられることが続き、いい加減苦痛になってきた頃、ようやく待ち人が現れた。


 そこに居たのは針金のような瘦せ型の男が一人。傷んでバサバサになった金髪を撫で付け、気崩したスーツに派手な柄のシャツと、どうにも近づきがたい風貌だ。

 彼を見た女性たちは小さな悲鳴を上げ、あっという間に幽心の側を離れていく。


「こりゃあまた、随分な別嬪さんだ。兄貴と全然似てねぇからよ、声かけるの躊躇ったぜ」


「はは、よく言われます」


「……そりゃあ、どっちに対しての言葉だい?」


 別嬪さんという言葉も、五郎に似てないという言葉も聞き飽きるほど聞いているので今更だ。

 あまりにも血縁を感じない見た目のせいで、あの歓楽街では事情を知らない者から五郎の『イロ愛人』などと揶揄やゆされることもあるくらいだ。

 ちなみに、そんなことを安易に口にした者たちは漏れなく五郎の鉄拳制裁にあっている。彼はそういう冗談を流せないタイプなのだ。


「どちらも、ですよ」


「そうかい。まぁ、そう言える図太さは兄貴に似てるなぁ」


 半ば呆れたようにそう言った男は、髪型が乱れるのも気にせずボリボリと乱雑に頭を搔いた。


「俺は鹿児島新平かごしましんぺいってんだ。生まれは東京、育ちも東京。五郎の兄貴に拾われて『藤堂不動産』の社員してる。ちなみに、苗字に対するツッコミは聞かんのでよろしくなぁ」


 そんな粗雑な自己紹介に、彼が今まで体験したであろう出来事を想像して、幽心はお茶を濁すような笑みを浮かべる。


「はい。でも、てっきり現地の方に案内されるものかと思っていたのですが……」


「あぁ、こっちにも一応支店はあるんだが……五郎の兄貴からあんたの顔面事情を聞いててなぁ。色々と大変そうだってんで仕事の都合でこっちに来てた俺にお鉢が回ってきたってわけ。顔面が良すぎて見境なく人をたらしこむって聞いた時は本当かよって思ってたんだが……まぁ、納得したわ。これじゃあ下手なモン付けられねぇ」


「あなたなら大丈夫だと?」


「俺はこれでも愛妻家なの」


 そのまま軽く話を聞いてみれば、この鹿児島新平という男は随分な愛妻家で子煩悩、実直に不動産関係の仕事をこなし、愛する家族をしっかりと養っているという世間一般的にもだいぶ出来た男であった。

 どうにも胡散臭い見た目ではあるが、これまでの言動も至って普通であるし、その見た目さえ置いておけば幽心よりもよっぽどまともそうだ。


「んじゃあ、さっさと移動すっか。ここにいると面倒だ」


「わかりました」


 そう言って歩き出す彼の背を追って駅構内を歩き出す。

 そして乗り継ぎの電車に乗って名古屋を早々に離れると、目的地である廃アパートへと向かった。











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