河村病院跡 第13話

「あの、優一さんはいつ頃帰って来ますか?」

 

 優一とは、優馬の兄だ。年は僕らの2つ上だ。今はもう社会人として、会社に勤めているが、地元企業で実家近くだと言うこともあって、実家で生活している。

 

「今日は18時ごろに帰ってくると思うわよ」

 

「そうですか。あの、もしよければ、優一さんの部屋で待たせてもらってもいいですか?」

 

「どうぞどうぞ」

 

 優馬の母に案内されて、僕らは2階への階段を上がった。階段を上がってすぐ右にある部屋が優一さんの部屋だ。その隣、階段を上がって廊下を数メートル歩いたところにあるの扉が優馬の部屋だ。

 

「汚い部屋でごめんね。優一が帰ってきたら、日頃から片付けときなさいって、言っておくからね」

 

「お構いなく……」

 

 優馬の母親は、僕らを優一さんの部屋に案内をして階段を降りて1階へ行った。階段を降りていく足音が消えたのを確認して、大和に言った。

 

「大和。今から言うことをよく聞いて」

 

「な、なんだ?」

 

「今からこっそり優馬の部屋に入るから、大和は階段を見張ってて。優一さんか優馬の母が上がってきたら、ノックをしてトイレに入りたがっているふりをして」

 

「分かった」

 

 大和の顔は戸惑いを隠せていなかったけど、階段の見張りを快く引き受けてくれた。

 

「こっちは大丈夫」

 

 大和が階段を見張っている間に、僕は隣の優馬の部屋へ侵入した。普段ならベッドの隣に勉強机と、壁にはタイガースのポスターやサイン色紙を貼っていたが、中に入ると、その全てがなくなって、もぬけの殻と化していた。カーテンもなく、クローゼットの中も何もなく、初めから何もなかったかのような部屋だった。カーテンがないせいで、夏の西日に照らされて、部屋はオレンジ色に明るく照らされていた。光が差し込むことによって、姿を表す、浮遊している埃は少なかった。足で床を擦るように埃を舞いあげても、見える量にはさほど変わりなく、埃のスピードだけが早まっていた。

 掃除が行き届いているのはいいことだけど、ベッドや着なくなった衣類、勉強机を片付けたにしては埃の量が明らかに少ない。勉強机を置いていた床の日焼けや傷も見られない。ポスターを貼っていた壁にも、画鋲の跡はなかった。壁紙も新しいものとは言い難く、直射日光の当たる場所は、薄茶色く霞んでいた。本当に優馬の存在そのものが消えたみたいだった。ここまで確認が取れたのならもう十分だ。あとは優一さんに話を聞こう。

 優馬の部屋から廊下に出ると、大和は僕の方に駆け寄ってきてこう言った。

 

「優一さんが帰って来たみたいなんだ。今ちょうどノックをしようとしていたところ」

 

「そっか。ありがとう」

 

 優一さんは、優馬のことを覚えているのだろか。もし、優一さんも忘れているのだったら、その時は逃げ出そう。家族なのに優馬を忘れるなんて、この家族がおかしい。洗脳されているか、みんなで優馬の存在を隠しているかのどちらか2つだ。前者は、怪しい宗教とかならありそうだけど、後者なら、この場所にいること自体が危険な可能性もある。念の為、出されたお菓子もお茶も1口も口をつけなくて正解だった。

 

「渉。優一さんが階段を上がってきたぞ」

 

 ついにその瞬間が訪れた。

 

「優一さん。お久しぶりです」

 

「ああ、渉に大和。久しぶりだね。そういえば、俺に用があるって言っていたけど、どうしたの?」

 

「あの、実は優馬のことを聞きたくて、話って言ってもそれだけです」

 

「優馬? そんな子知り合いにいたっけ?」

 

 優一さんも初めから知らないような、戸惑っと表情を浮かべていた。

 

「そうですか。それだけ聞きたかったので、失礼します」

 

 大和の手を引いて、一目散に階段を駆け降りた。

 

「あら、もう帰るの? 晩御飯食べて帰ってもいいのよ」

 

「お気持ちだけ受け取っておきます。お邪魔しました」

 

 大和とともに優馬の家を後にした。

 大和も少しは恐怖心があるようで、何も言わずに車に乗り込んで、近くのファミレスで車を停めた。

 

「渉。何がどうなっているの?」

 

 大和も周りに聞かれたらまずいって理解しているようで、車から降りることなく、僕に話しかけた。

 

「僕も分からない。でも、優一さんも優馬の母も僕が知っている人物で間違いなかった」

 

「表札もちゃんと室井だった。家だって俺れが知っている家で間違いなかった」

 

「それなのに、優馬の部屋には何もなかった」

 

「何もって?」

 

「今まであったもの全てなくなっていたよ」

 

「タイガースのポスターもか?」

 

「うん。ベッドも、勉強机さえなかった」

 

「そんな……あのポスターはサイン入りだからって優馬の宝物だったのに。家族がそれを捨てるなんて考えられないな」

 

「優馬の母に限ってそれはない。優馬に無断で捨てることはしない。昔の服さえも置いていた人なのに」

 

「それに優馬は一体どこに消えたんだ」

 

「優一さんも何も知らなそうだった……もう何が何だか、分からない」


僕らの脳ではこれ以上を考えることはできなかった。もう一度情報を整理するために、大和のアパートに泊まることになった。

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