河村病院跡 第6話

 この狭い病院内なのに、大和は一体どこに隠れていると言うんだ。1階はもうほとんど見回ったが、大和はいない。僕はもう半ば諦めていた。

 

「優馬。あんまりしたくないけど、車の中で大和を待たない?」

 

「…………ちゃ……」

 

 小声で優馬は何かを言っていた。その声が小さすぎて僕の耳にはほとんどの言葉が入ってこなかった。

 

「優馬? どうしたの?」

 

「え⁉︎ 何が?」

 

「いや、今何か言っていたから」

 

「俺が?」

 

「うん……」

 

「何も喋ってない気がするんだけどな……」

 

「ううん。言っていたよ。優馬、やっぱり疲れているんだよ。先に車で休もうよ」

 

 暗闇だからちゃんと顔を見る機会がなかったから、ここがいい機会だと思い、優馬の両肩を両手で掴んで優馬の動きを遮った。その際に見た優馬の顔は、3階でぐったりしていた時よりも、酷く青白くなっていた。

 

「優馬! だめだよ! もう優馬が限界じゃないか!」

 

「…………ちゃ……」

 

 また小声で優馬は何かを言い出した。

 今度は聞き逃すまいと、僕も耳をそば立てて何を言っているのか聞いていた。

 優馬は「行かなくちゃ」と言っていた。

 自分のことをそっちのけで、大和を探すと言う優馬に感銘を受けて、優馬とともに大和捜索を再開した。と思ったが、優馬はどうやら違うかったようだ。何故か、優馬は来た道を戻っていた。

 

「優馬。どこ行くの?」

 

「行かなくちゃ。行かなくちゃ」

 

 優馬に何を言っても、その返事しかしなかった。1人でズカズカと歩いて行くから、優馬を1人にはできないと、必死に優馬の後をついていった。すると優馬は、一度止まった、非常扉の前で再び立ち止まった。

 

「行かなくちゃ。行かなくちゃ」

 

「優馬。どうしたの?」

 

「行かなくちゃ。行かなくちゃ」

 

 優馬は鍵のかかっていた非常扉の鍵を、何かしらの方法で解錠し、扉を開いた。

 非常扉って書いてあるから、てっきり外にでも繋がっているのだと思っていたけど、空いた扉の先には地下へと降りる階段があった。

 階段は狭く、左右は人1人がやっとと終えるくらいの広さだった。

 

「行かなくちゃ。行かなくちゃ」

 

 優馬は何の疑いも躊躇もなく、階段を降りた。そんな優馬の片手を必死で引っ張ったが、普段の優馬ではないくらい強い力で逆に僕が階段を降ろされていた。

 

「うわっ! 何これ! 隠し階段! めっちゃすごい!」

 

 背後からそんなハイテンションな声が聞こえた。現状、僕の後ろでそんなことを言えるのは1人しかいない。

 

「大和! いいとことに! 優馬が勝手に降りていっているから、引っ張るのを手伝って!」

 

 この時の僕は大和と言う人物の性格のことを忘れていた。大和は猪だ。一度動き出したら止まることを知らない。それなのに、小学生のように好奇心が旺盛なのだ。

 

「こんな秘密の部屋を見つけていたのだったらもっと早く教えてくれよ! 1番は俺だ!」

 

 狭い階段というのに、大和は僕や優馬を飛び越えて、我先に地下へと降りていった。

 

「大和! もう時間だから、帰ろうよ!」

 

 僕がこう叫んだって意味はなさないことくらいわかっているけど、言わずにはいられなかった。

 大和が地下に降りてしまったのなら、地下に行こうとしている優馬を止めておく必要はない。優馬から手を離して、再び優馬の後を追った。その際もずっと優馬は「行かなくちゃ」と言っていた。薄々は感じているけど、この言葉って大和に対して言っている言葉じゃないよな。なら、優馬は何に対して「行かなくちゃ」と言っているんだ。そもそも、初めて来たはずなのに、何で非常口が地下になっていることを知っていた。ネットでそんな情報は見た覚えはない。あったなら大和が事前にもっと食いついていたはずだ。その、大和の暴走を阻止するために、わざと言わなかったにしても不自然な点はある。それは僕らが、大和を探すために1階に降りてきた時である。その時は僕と優馬の2人きりだったのだから、こそっとその時に話してくれれば、こんな結果にはなっていなかったと思う。それに、優馬はどうやって非常口の鍵を開けたというのか。暗闇で手元は見えていなかったが、鍵を開ける音はしていた。初めから鍵が刺さっていたら可能だが、優馬が初めに立ち止まった時には、鍵穴には何も刺さっていなかった。優馬が非常口の前で立ち止まるものだから、何かあるのかと思ってじっくりと扉を見たから何もなかったことは確実だ。鍵はなかった。なら他の方法になるが、ピッキングができれば、鍵を開けることは可能だ。だが、優馬はその辺にいるいたって普通の大学生だ。そんな高度な技術は持ち合わせていない。それにピッキングの道具を持ってきていなかったら難しいだろう。そうなると残された可能性は1つ。端から、これしかないとは思っていたけど、いつどこでそれをしたのか。僕の目を盗んでまでする理由を考えたくなくて、考えることをやめていたけど、もうそれしかない。優馬は、僕の目を盗んでまでどこかで鍵を手に入れていたんだ。1階2階の探索をしている時は、勝手にモノに触るなと大和に言っていたし、早く帰りたそうにしていたからその時ではないと思う。そうなれば、1階に降りてきてからが、可能性が1番高い。その頃は僕はずっと優馬と一緒に行動していた。目を離した瞬間なんてあってほんの数10秒だ。いつ、優馬は鍵を手に入れた。

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