聞こえる足音 第2話(最終話)

 だったのだが……ある日、僕は再び金縛りにあった。その日は今までの金縛りというよりかは、えらく体が重かった。冬だったこともあり、布団を蹴って上体にかかってしまったのかと目を開けると、僕の目の前には布団ではなく髪の長い女の人が僕の体に乗っていたのだった。それが、大人な女性の夜這いとかなら歓迎できたものの、それは絶対に違うと言い切れた。だって、目がなかった。

 正確には白目になっていたといえばわかりやすいかな。

 目だけ見ても生気そのものが感じられなかった。僕は叫んだ。叫んだけど、それは頭の中でだった。金縛りが起きているから、それが声になることはなかった。

 その女性は何かするのではなく、僕の方を見つめて言った。

 

「なぜ来ない……なぜ来ない。なぜ来ない! なぜ来ない‼︎」

 

 徐々に声を大きくし、自然と目を逸らして瞑っていると、次第に体の上が軽くなっていった。まだ怖いが薄らと目を開けてみると女性は姿を消してた。

 この日はそれから一睡もできなかった。流石に眠る気になれなかった。朝を迎えるまで金縛りは解けることはなかったが、久しぶりに見た朝日に体が浄化されている気分になって清々しかった。

 それからもあの場所を通り時には、また足音が聞こえるようになっていた。金縛りと足音の関係性を疑っていたが、どうやら関係はなかったようだ。あの女性に馬乗りされた時、あの日もしっかりと足音は聞こえていたから。それにしてもあの女性はなんなのか。僕は見たこともない人だから、まるで見当もつかない。小さい頃に会っている可能性もあるけど、記憶にないのだから思い出しようがない。「なぜ来ない」あの言葉の意味も未だにわからないままだ。「なぜ来ない」……僕は今では、普通にあの道を通っているし、その道を通って欲しいのなら「なぜ来ない」ではなく「なぜ通らない」が言葉としては正しいと思う。あの女性がしたかった事は何なのか僕じゃ導き出す事は不可能だ。

 その夜。

 またしても、塾の帰りで遅くなってしまった。10時を超えているから早めに帰らないと、警察に見つかりでもすれば補導される。そんなわけで急いで自転車を漕いでいた。

 それは突然だった。

 初めは誰もいなかった。だが、あの道の古くからある墓地で髪の長い女の人が立っていた。見て見ぬふりをしてそのまま通り過ぎようと考えていた。それが間違いだった。未知の、ましてや生物だと呼べるか怪しいものが、自転車には勝てないなんて誰が決めた。僕よりも早く、僕よりも力がないと誰が決めた。全ては僕だ。

 走り抜こうと全力疾走したが、古くからある墓地の真横で僕は荷台を掴まれた。

 普通ならあり得ないと思った。走っている自転車の荷台なんて普通の人間なら掴めても本人が引っ張られるか、勢いに負けて手を離してしまう。そのどちらかだと決めつけていた。そんな人間の常識は通じなかった。荷台を掴まれてからは自転車は微動だにしなかった。全力でペダルを漕いでいたのに。それもどうやら、片手だったみたいだ。もう1つの手で僕は服を引っ張られていた。怪力に服を引っ張られたんだ。気がついた時には自転車から引き離されていた。どれだけ抵抗しても、手を離してくれる事はなく。墓場の方へ引っ張られていった。

 

「いやだ! やめてくれ! 放してくれ!」

 

 言葉なんて伝わるものじゃないと分かっていても、言わずにはいられなかった。

 

「誰か! 誰かいませんか! 助けてください! 誰か!」

 

 どれだけ叫んだって無駄か。ここは田舎だから、車通りも少ないし民家もほとんだない。静かでいい場所なんだけどな……それが仇となっているな。

 誰も僕の声には気づいてくれなかった。徐々に墓地に近づいて、もう抵抗する気力が湧かなかった。

 

「誰か……お願いだから助けて……」

 

 もう腕に力が入らなかった。

 ああ、このままどこか別の世界にでも連れて行かれるんだ。そう思った。

 墓地に入った時にはっきりと見えたんだ。奥の方に並べられた苔の生えた無縁仏から無数に伸びている手が。この手が僕を掴んだその時、僕の人生はそこで終わるんだとそう思った。そんなことを考えていると、次第に僕の意識は薄れていった。こと後どうなるかだなんて、全然興味がわかなかった。

 気がつけば僕は意識を失っていた。

 暗闇の中で聞き覚えのある音楽が頭の中に鳴り響いていた。その音楽で目を覚ますと、いつもの僕の寝室だった。カーテンの隙間から漏れている朝日が照らしている机の上には、途中になっていた課題が広がっていてその本には紛れもなく僕の名前が書かれていた。間違いなく僕の部屋だ。今の時間を確認しようと、スマホを手に取り電源ボタンを押すと、そこには12月7日の文字が表示されていた。12月7日は僕は足音を初めて聞いた日だった。

 それからと言うもの、いついかなる時にその場所を通っても足音は聞こえる事は無くなった。あれはなんだったのか今となっては調べようがない。単なる夢で終わらしたいけど、僕の右腕には誰かに強く掴まれたような痣が残っていた。それが消えてなくなるまで2週間くらいの時間を要した。

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