旧楽童寺トンネル 第2話

「何か話しておかないと怖くない?」

 

 私としては、仲良くもないのにペラペラと話しかけてくる、あんたの方が怖いわ。

 

「……別に」

 

「須賀野さんって幽霊とか怖くないの?」

 

 せっかく私が話しかけるなオーラを出しているのに、こいつ懲りないな。

 

「……いたら怖いけど、いなかったら別に怖くない」

 

「へえー、須賀野さんは強いんだね」

 

 往復50メートルもないのに寧音たち遅すぎる。何で壁の前で立ち止まっているんだよ。早く帰ってきてくれ。こいつと話するの疲れた。

 

「そういえばさ。須賀野さんってなんで軽音楽サークルに入ったの?」

 

 こいつ。友達でもないのにずけずけと。本当に鬱陶しい奴だな。

 

「……別に……単にピアノ弾くのが好きなだけ」

 

「へえー。でも、それだったら、ピアノ演奏同好会でも良かったんじゃないの?」

 

 はあー。これを言われるから、あまり人には言いたくなかったのに。

 

「……あっちはクラシックでしょ。私はポップな音楽を弾きたいの」

 

 本当はそれは嘘だ。私はクラシックが好きだ。でも、挫折した。私には弾けなかった。だからポップに逃げた。これは寧音さえも知らない。

 

「そうなんだ。それで軽音楽サークルね」

 

 やっと会話が終わった。そう思っていたが、話は終わってなかったようだ。

 

「僕には訊いてくれないの?」

 

 こいつめっちゃめんどくさい。

 

「ごめん、ごめん。そんな顔しないでよ」

 

 私どんな顔をしていたんだろうか。そんな引かれるくらいの顔をしていたんだろうか。

 まあ、いいや。これに懲りたら話しかけてこないだろう。

 

「僕はさ……須賀野さんみたいな明確な理由なんてないんだ」

 

 何だこいつ。

 私、訊いてもいないのに、勝手に話し出したぞ。

 

「春人とは高校の時の塾で一緒だってそれから仲良くなったんだ。そんな春人に誘われて、何でもいいからと軽音楽サークルに入ったんだ」

 

「……そ」

 

「『そ』って……相変わらず冷たいね……」

 

 そう思うのだったら話しかけてこないで。

 

「高校の時からそうだったけど、僕、須賀野さんに嫌われるようなことしたかな?」

 

「……お前あの女子ランキング事件の主犯の1人なんでしょ?」

 

 あの事件とは、高校に入って1ヶ月も経たない時に起きた、クラスの女子に点数をつけてランキングにした表が流出した事件だ。これのせいで男子と女子の関係は最悪になった。先生が間に入り事件の犯人は特定されて、表を作った主犯、北盛優斗は精神的な苦を理由に自主的に退学した。その北盛とともに表を作成したのが、こいつだと女子の間では言われている。その決定的な証拠はない。北盛も共犯者のことは口にしなかった。男子全員に守られて、こいつはぬくぬくと学校を卒業したのだ。

 

「主犯か……そう言われてみればそうかな……でも、須賀野さんは多分勘違いしているよ。僕が関わったのは流出の方。あの表を佐東に送ったのが僕んなんだ……」

 

 それってつまり、こいつは表を作っていないと言うことか。確かに事の発端。ランキング表を初めて入手していたのは、佐東有紗だった。その佐東が女子全員に広め問題が公になった。男子の1人に裏切り者がいるんじゃないかと思っていたけど、まさかこいつだったとは。

 

「……お前が……お前がクラスの秩序を乱した犯人だったのか」

 

「……ああ、そうだよ……それよりもさ、もう2人帰ってくるよ。僕たちも準備しよう」

 

 今更だけど、こんなことを聞かされるのなら来なければ良かった。

 

「あ〜怖かった。でも何も起きなかったね」

 

「寧音がビビり過ぎてめっちゃ面白かったけどな」

 

「春人だって落ちてきた葉っぱにビビっていたじゃん」

 

「急に目の前に葉っぱが出てきたらビビるだろ!」

 

「人のこと言えないじゃん。と言うか、2人ともどうしたの? なんか空気がお通夜状態じゃん」

 

「あはは、盛り上がる話がなくてね。じゃあ、次は僕らの番だから行こうか須賀野さん」

 

 桂は私の手を引っ張った。その手を私は振り払った。

 

「触るな」

 

「須賀野さん話の続きを聞きたいでしょ。それならあの2人から距離を取らないと」

 

 むかつくがそれはそうだ。

 こんな話、寧音は知らない。私は話してない。知られれば面倒なことになる。寧音は口が軽いから話は瞬く間に広がるだろう。

 

「聞きたいけど、距離が近いから聞かれる」

 

「小声で話せば大丈夫だよ。あの2人の会話だってうまく聞き取れなかっただろ」

 

「なるほど……」

 

 車を止めてあるカーブミラーから15メートルほど進んだ。

 

「……そろそろいいんじゃない?」

 

「そうだね。もう壁も目と鼻の先だ……」

 

「……時間なくなる。早く話して」

 

「待ってよ。こっちにだって覚悟を決める時間を頂戴よ。はあー。あれはね僕にとっても悪ふざけの一端だったんだ。僕は佐東を揶揄うためにあの表の一部を佐東に送った。その時はあんなことになるなんて思ってのいなかった……」

 

「……あんたって佐東と仲良かった?」

 

「あの当時は席が近かったからね。割と話していた方だよ」

 

 話をしていると時間の経過は早い。もう壁の目の前まで来た。

 あとは、この壁を触って戻るだけ。心霊スポットしては拍子抜けだ。実に簡単すぎる。

 

「桂、行くぞ。続きを早く聞かせてくれ」

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