第17話 クレハ様は慌てている

〈クレハ〉


「クレハはどうしたいの?レオンのこと」

「どうって魔法使い!あれは勇者ですよ!」

「勇者だって人間に恋をするのは当然でしょ、クレハがいつも言ってたじゃないこのクレハが~ってやつ」


 それは敬われるべきという話であって…いや、そうか。いわゆるガチ恋みたいなものか?

 ファンとして好きすぎるあまりに恋に発展してしまったとか言う。


「てことは勇者は聖女フェチ…大変かもしれません見習いも告白されてますきっと」

「なにがどうなってそうなったのよ」

「ファンと言うものには単推しと箱推しというものがあって聖女ならだれでもいいと思ってるタイプだったら勇者は箱推しかもしれません!」

「言ってることはわからないけど、単推しってのがつまり一人だけってことなら単推しならどうするの?」


 それはこの光の大聖女クレハ様はすべての者に敬われて当然なのだからそれはそれで困る。


 まさか恋しちゃってるとはなぁ…あの草食系男子が…。


「最近は特に変わろうとしてるみたいだし、ネガティブだったあいつが変わったのはクレハのおかげだと思うわ」

「た、たしかに壁ドンしてきました!」

「なに壁ドンて?」

「このクレハを壁まで迫って壁に手を付けて立ったまま押し倒すって言った方が良いですか。こんな感じです!」


 魔法使いに実際にやってみると、意外そうな顔をして思案気に表情が変わる。


「それ本当にレオン?」

「間違いなく勇者でした!」

「まぁ…そこまで変わったんならそうなんでしょうね…そんなに考えるってことは受けるの?告白」

「まさか!今までこのクレハに泣きっ面を見せてきた兎男子だった勇者がちょっとぐいぐい来たからと言ってそう易々とこのクレハが負けると思いますか!?」


 勝ち負けではないと魔法使いが話しながら一緒に考えてくれる。いいやつだなお前。

 しかしこのクレハは別にハーレムを築きたいとかは思ってなかったけど、ちやほやされたいとしか思ってなかったのだ。


 それがいきなり…はっ!?これがギャップ萌えという奴か!普段は草食っぽい癖にいきなり俺様的な感じの!


「なんか余計なことを考えてるでしょうから落ち着きなさい」

「はい…」

「クレハ的にはありなの?なしなの?レオンはきっと一途に好いてくれるとは思うわよ?まぁクレハなら選り取り見取りだと思うけど」

「このクレハ告白を受けたこと人生にありませんが?」

「多くの人がご冥福をお祈りするしかないわねそれは」


 真面目な話そんなことを言われたことは無いのだ。多分修道女だからというのが大きい理由だと思うけど。

 修道女でも結婚してる人とかは見てきたがそれにしたって話を聞いてた限りだと確か修道女の方から寄っていったと聞いていたし。


「じゃあ聞くけどギンが告白して来たらどうするの?」

「怖いし無理ですね。このクレハは包容力のあるクレハに屈服し服従する者を好みます!」

「それじゃあセシリアは?」

「えっと…あ、見習いですか。見た目はいいんですが不衛生なんですよねぇ…そこが気になります」

「それじゃあ。私は?」


 そう言ってこのクレハと立場を変えるように壁ドンしてきて顔を間近に迫らせてくる。

 これは…ありかもしれん!しかし。


「困ります!魔法使いは服装で損してましたけど見た目はそこそこに良い方なのでわりとありです!」

「まさかそんな風に捉えられていたということにショックと同時にありなのね…じゃあレオンはどうなの?」

「今まで意識すらしたことなかったですからね。わりと勇者って空気みたいなところあるじゃないですか」

「散々な言い様ね。まぁ存在感がそんなに無かったのは分かるけど」

「なにもなかったところから急に壁ドンされて焦りもするというものですよ!子供も欲しいとか言ってました!」


 そこまで伝えると魔法使いも若干引き気味になって頭を抱えていた。


 やっぱり悩むだろう。それにあんななりでも勇者なのだ。いくらこのクレハ様が可愛いと言っても勇者と聖女…組み合わせとしてはありだな?


 このクレハはそもそも男性と付き合うべきなのだろうか?女性と付き合うべきなのだろうか?今まで信仰のことしか頭になかったから考えたこともなかった。


「まぁ、返事はしてあげたら?さすがに可哀そうだし断るでもいいし受けるなら受けるでこれから忙しくなるってことも踏まえて考えたらいいんじゃない?」

「そうですね…まぁ、勇者ですしね!職業柄モテるでしょうしこのクレハが居なくてもいいでしょう!」


 あぁ、すっきりした。でも断るってどう断ろうか?このクレハには愛するファンのためにまだ将来を決めてないとか言った方がいいだろうか?

 いやそれで諦めなかったら困るしもっとはっきりと言った方が良いかもしれない。


 一生アイドル宣言でもしようか?そうすればファンとしても嬉しいかもしれない。


     ***


 勇者が…勇者が目を合わせてくれない!?


「勇者よ、このクレハを避けてませんか?」

「そんなことないよ、稽古しようと思ってて忙しいからもう行くね」


 こんなことがあっていいのか?このクレハを避けるだと!?いや、嫉妬の眼差しを受けてどこかへ行くならともかくこのクレハに告白をしておいて次の日にはこんな扱いをするなどあっていいのか!


 それでもしばらく後ろをついて行けば中庭に出て馬騎士と稽古を始めてる。


 ぼーっと眺めるだけで特に面白みもないが、前より強くなったのかな?あんまり詳しくないけど馬騎士が苦戦してるように見える。


 そこそこ時間が経って、もうそろそろ休憩だろうと思って浄化してやろうと近づけば。


「ありがとう。でもこれから走り込んでくるから」

「ありがたく!いやぁ!レオン殿は急激に強くなりましたなぁ!」


 チガウ、オマエに浄化したいわけじゃない。いや、するけどさ暑苦しいし。


 走られるとこのクレハが追い付くわけもなく、颯爽と走って行った。


 なんで!?お前惚れてるって言ってたろ!こんなファンサービスされてなんで塩対応してんだよふざけるな!このクレハを遠ざけてるのか!はっ…さては告白を断られると思って?


 それなら辻褄が合う…。


「しかしクレハ殿はなんと優しいことか!わざわざ見守って下さるとは!」


 馬騎士がなんか喋ってるけどそんなこと今はどうでもいい。作戦を変えよう。戦士を使うか。


「あ、あれ?どこに…まぁクレハ殿は忙しいのか…」


     ***


「戦士よ!貴方にこのクレハが神託を下します!」

「おぉ、ついにクレハが神託を寄越すようになったのかすげえな、でどした?」

「勇者を捕まえるのです!」

「なんでまた?普通に話せばいいだろ?というかクレハが言えば簡単に捕まると思うけどな」

「逃げるのです!このクレハから勇者は!」


 何があったんだよと呟きながら、ただあまり人が告白したなど言いふらすのはよろしくないだろうと思ってとにかく捕まえてほしいことを伝えると渋々了解してくれた。


 あとは勇者が帰ってくるのを待って捕まえれば良いだろう。そうすれば話を聞いてくれるはずだ。


「もう夕方だけど、まだ続けるのか?」

「…帰ってこないじゃないですか!?」

「まあ、城に泊まれるけど別で泊まっちゃダメとかは聞いてないしな?」


 誤算だ。というか予想外だ。このクレハをコケにして許すまじ!


「明日に捕まえますよ!明日の稽古の時間を狙うんです!」

「いいけどよ…」


     ***


 中庭で戦士と二人で待ってると馬騎士が現れて戦士と仲良く喋ってる。

 もしかして逃げた?来ないんだけど?


「クレハ殿は今日も激励に参ったのか!」

「勇者はどこですか!?」

「それなら城の外で鍛錬を積んでおりましたな」

「戦士行きますよ!」

「お、おう?ジャルダンわりいな!行ってくるわ」


     ***


 外と言うのは具体的にどこか分からなかったので町の人に聞きながら勇者がどこに行ったか追跡していくと外まで走って行ったというではないか。


 城下町から出ようとして門兵から聞けばすでに城に帰還されたはずと言われ、このクレハがここまで苦労をして全然振り回されてしまっている。


「クレハよぉ…大人しく待ってりゃ時間くらい作れるだろ?今日は大人しく帰ろうぜ?」

「このクレハが!このクレハが!」

「分かった分かった。とりあえず帰ろうな?」

「このクレハが!」


     ***


 戻ってきたころにはすでに夜になっていて食事の場にも勇者の姿はおらずここまでして避けられるのか!むしろ守りたいとかそう言うのいってたろうが!


 それに誰のために剣を振るってるとかでもこのクレハのために剣を振るうと言ってたにもかかわらずこの有様はどうしたものか!許せぬ解せぬ理解できぬ!


「この子どうしたの?」

「レオが見つからなくて相当お怒りみたいだ」

「へえ…レオンがいないねえ…」


 部屋まで突入するべきか?いやでもなんて言えばいいんだ?さすがに部屋まで突っ込んで断りに行くのは失礼ってやつか?


 それ以前に告白の断り方考えてなかったし…勇者風情がなんてやつだ!


「クレハはどうしたいの?」

「決まってます勇者に物申してやるのです」

「それなら次の旅の時に言うとか…まぁ、空気は悪くなるでしょうね」


 ぐっ…たしかにいざ教会の悪事を暴いてやるという時に戦力の一人である勇者が気落ちしたらそれはそれで困る。


 でもタイミングがそしたら分からなくなる。むしろこのまま放置するか?このクレハ些事を気にしすぎていないか?返事しないイコールそれは振られてるとなって…いやあの勇者のことだ勝手に一人で閉じこもってネガティブになってるかもしれない…。


「魔法使いー!どうすればいいんですかー!?」

「なんだこのクレハおもしれえな」

「クレハはいつも面白いと思うけどね。とりあえずレオンの部屋に行ったら?」

「くっ…このクレハ…このクレハが…」

「もしかして嫌われることでもしたんじゃないの?」


 なんだと!?嫌われることをした覚えなんてないぞ!?このクレハにそんなことは身に覚えが何一つない。


 いや、勝手に妄想を膨らませて今まで我慢してきた何かが爆発したのかもしれん…。


「ちょっと行ってきます!」

「がんばれー」

「あのクレハなら大丈夫か」


     ***


 何度も勇者の部屋だな?と確認したあとは深呼吸をして部屋をノックする。


 ノックの音が小さかったのか中に誰もいないのかもう一度ノックをすると中から声が聞こえる。


「誰かな?」

「勇者よ!このクレハです!ドアを開けなさい!」

「あぁ、クレハさんか。ちょっと待ってね」


 そしてドアを開ける勇者はなんというか真顔だった。なんか用?みたいな急に冷めた感じの雰囲気を出してる…怖いに決まってるだろうが!どうしたんだ。


「これでしょ?はい」

「あ、ありがとうございます」

「それじゃ寝るからおやすみ」


 袋を開けるとあの日に地面に置いていたままだったお金が入ってる。


 チガウ、そうじゃない!もう一度ノックをすると返事が今度はなくて本当に眠ってしまったのだろうか?今の一瞬で?


「勇者!どうしたのですか!このクレハが来たのに無視するつもりですか!」


 くっ…ぐぬぬ。な、なぜこのクレハ様がこんな扱いをされねばならないのだ…。


「今まで旅をしてきた仲間を忘れたのですか!そんなやさぐれてしまって勇者ともあろうものが!あぁ情けない!」


 どうして何も言ってくれないのか…。ただ静けさだけが残るとどうにも虚しくなってくる。


 どうしよう?生まれてこの方こんな長い付き合いをした仲間とかそういう親しい人にこんな冷たくされたことなどない。


 まぁ、前世を思えばだらだら過ごして教育を受けていただけだし短い人生だったし。今回は上手くやろうと色々頑張っていたのにまさかこんな失敗を味わうことになるなんて。


 空気悪くなるのかなぁ…旅に出るまでもう少し時間をかけてもいいかなぁ…もう引きこもろうかなぁ…。


 学校とかほら、ちょっと喧嘩したらもう話すのとか大分つらいじゃん?それにちょっとくらいクレハ様は休んでもいいかもしれない。


 そう、クレハ様は頑張りすぎただけなんだ。友達みたいに思ってた人が一人いなくなるくらい普通のことだろ?なんたってこのクレハ様だぜ?


 溜息を吐いて、寂しくなる心を落ち着かせるように部屋に帰ると何のやる気も起きなくなる。


 そういえばクレハは自堕落な生活を求めていただけだったのに流されるままに流されてこうなってるんだっけ?娯楽はまともにないし。コンサートとかも楽しかったけど途中で飽きてきたよな。


 この世界の人はすぐ離れるし死ぬし、名前なんか憶えても意味ないって生きてて思ってたけど。


 レオンもセナもギンも。結構色んなことありながら一緒にいたよな…。

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