TS聖女はほくそ笑む『TS物語』

空海加奈

第1話 クレハ様はちやほやされたい

〈クレハ〉

 自分が何者なのかと意識したときに前世を思い出したらどう思うよ?

 何を言ってるか分からないかもしれないがとりあえず聞いてほしいんだけど。前世を思い出したら健全たる男子高校生だった自分が気づいたら孤児院で、それも女になってたらどう思うって話なんだけど。


 分かんないよな。自分で言ってて何言ってんだろって思うもん。


 しかも魔法のあるファンタジー要素満載の異世界にいるって聞いたらもっと意味わかんないよな。


 孤児院の庭でウォーターボールなんて言いながら子供同士がきゃっきゃってはしゃいでたら混ぜてほしくて一人で


「ウォーターボール!」


 って言って何も起きなかったときに冷たい反応されたらどう思うよ?

 魔法の素質がないと使えないと言われて、それじゃあただの一般人がせっかくある魔法の異世界に来たっていうのに何の意味があるんだ?って思わないか?


 このクレハは思ったわけだ。健全たる男子高校生だったわけなのだからその知識を活かして一財産儲けてやろうって。料理でもいい。少なくとも食材さえあればいくらでも料理出来る。


 だが、そんなこと言う前に普通にこの世界の料理は美味しいし、このクレハが何もしなくても文明はそこそこに進んでいて専門知識がなければ財産なんて築けない。


 諦めてたまるものかと、5歳の体を。新鮮な脳を使ってこのクレハはこの世界がどうなってるのか孤児院の鬼婆に質問しまくってなんとか聞いた。


 そしたら魔王に脅かされていて、魔物に注意しろだの勇者がなんとかしてくれるだのと言うのでこれはチャンスと思い今のうちに剣を極めて魔物を倒せばがっぽがっぽと儲かるに違いないと確信した。そして挫折した。


 木の棒を振って次の日に筋肉痛で悶えてこんな苦しいことやってられるか!ってな。


 もちろん諦めなかったさ。ほかに何か抜け道がないかと考えていたら、世界を創ったとされるパラシフィリア様を崇めるとかいう怪しい宗教団体がこの世界ではいて、そこの修道女は多額のお布施をいろんな国からもらい稼いでるというじゃないか。


 しかも、しかもだ。このクレハが魔法を使えなかったが修道女はある程度修練を積んだら回復魔法が使えると聞いて、やるしかないだろうと決意したわけなんだが…。


 孤児院にいるこんな子供が相手にされるわけないと思って5歳のうちに何か出来ることないかなと小うるさい鬼婆の部屋にある鏡を見て思った。


「超可愛い才能あるんじゃねえの?」


 そこに見えるのは銀髪碧眼の見目麗しいガキだった。成長すればもはや一級のアイドルと言ってもいいかもしれない。ただ栄養が孤児院では足りないと思った。


 どうにかしてやせ細った体をある程度は肉付けして、胸なども成長させねばならない。このクレハが思うにこの世界は裏ではやることをやってるわけだ。鬼婆の部屋は孤児の部屋とは違ってある程度裕福な生活をしてるし。


 なによりも鬼婆は子供の世話などほとんどしてないのに自分の部屋でこっそりと美味しいものを食べてるところを何度も目撃した。ユルセン…。


 このクレハは努力した。筋肉痛にではないぞ?可愛さを磨くという方面でだ。

 そして6歳になると同時に孤児院のクソガキ共に黙っておさらばしてパラシフィリア教会の前で倒れたふりをする。その後に神父が来たのもちょうどよかった。男の方がハニートラップしやすいと判断して精いっぱいの清楚さを見せるときだ。


「このクレハ!かのパラシフィリア様にお仕えしたいと兼ねてより思っているのに…このクレハ!孤児院の出なばかりにどうすればいいのか分からないのです」

「お、おう、そうなのかい?それは大変だ。孤児院に連れて行ってあげよう」

「このクレハ!パラシフィリア様にお仕えしなければと神託も来たのになんて悲劇なんでしょう!」

「なに!?神託がこんな子供に…いやよく見れば女神の生き写しとも言えるかもしれん」


 その後は神父のオヤジが孤児院で引き取ってくれる手筈を整えてくれて晴れて回復魔法を覚えれると喜んだのも束の間。

 毎日祈るのと教会の掃除とかいうくだらない生活をするだけのつまらない日々だった。


 こんなことのために教会に来たんじゃないと憤慨して神父に修練を積みたいと言えば感心されてしまう。


「この歳でもう修練とは…さすがパラシフィリア様の神託を受けし子だ」


 そしてドナドナされた。町とはおさらばしてパラシフィリア教会の最も忙しいというところに。なぜ?ほわい?


     ***


 移動も苦痛だったが、着いてからも地獄だった。朝、太陽も見えないうちから起きて祈り。掃除をした後は聖歌を覚えたり、よく分からない聖水を飲まされたり、回復魔法を使えとこのクレハ様のか弱い腕を刃物で切られて治されるというのを見て覚えろとかいう無茶ぶり。


 しかし、しかしだ!それを10歳になるまでに毎日続けこのクレハ様が回復魔法を習得してある程度使いこなせるようになってからさらに地獄だった。


 魔物に襲われたという人々を癒すとかいう戦場に連れて行かれてひたすらヒール!ヒール!くそったれヒールをかまして、面倒くささのあまりに周囲全部を回復しろとエリアヒールと唱えてようやく周りの目がこのクレハに注目して教会に帰ると少しずつ待遇が良くなってきた。


 11歳になってこのクレハ様が大切に扱われるようになってから。なんか違うな~と思って。教会の外に出れば修道女だからとお布施をもらえてポッケに隠すんだけど。これもなんだか違う気がした。


 そう、アイドルはもっと敬われるはずだ。このクレハ様がもっとちやほやされてもおかしくないだろう!と!


 だからちやほやされるためにこの町の怪我をしてるやつと病気を持ってる奴全員治療して回ってようやく活路が見え始めた。


 町の人が「クレハ様おはようございます」と声を出したとき感激した。そうだ!このクレハはもっとちやほやされて当然の存在なのだとこんな忙しいだけのつまらない町にいても意味がないんだ!


 そう考えてこのクレハ自らが教会の神父に言う。


「このクレハ!神託を受けました!もっと大きい町に赴き多くの人を幸福へと誘えと!」

「なんと神託が!?それならば馬車を用意しよう!」


 これは意思あるドナドナである。このクレハが雷鳴轟かして崇められるために必要な移動だ。


     ***


 そして大きい町に移動した後は声を大にして人々を回復魔法をかけまくった。


「この聖女クレハが来たからにはもう安心です!ほいヒール!このクレハが!聖女として来たからには!お前もヒール!」


 最初は困惑していた町の人達も私がちゃんと名前を覚えてもらうためにも聖女とクレハを広めつつパラシフィリアとかいう存在よりも尊いのだと思わせるように活動して13歳になる頃には受け入れられ。


「聖女様おはようございます」

「聖女クレハ様おはようございます」

「今日もお美しいです聖女クレハ様」


 たまらない…これだ。これを待っていたのだと言わないばかりに私とすれ違う町の人がお布施をくれてもちろんポッケに入れつつ考える。なにか足りないな~と。


 そうそれはブランド力だ。ブランド価値がこのクレハにあって当たり前なのにそれがないのだ。


 というわけでこの町の神父に文句を言った。


「このクレハ!神託を受けました!聖女としてちゃんと振る舞うためにももっと清められた衣服を整えろと!具体的にはこの図案を見て修道服を作ってください」

「し、神託が!?たしかに聖女として清い恰好をしなければならない…?のか?」


 そう言って渡すのは白と金色の目立つ配色をしろと言った服のイラストを渡して作らせる。


 こいつらチョロすぎだろとほくそ笑みながら思わず高笑いが止まらない。


「あーはっはっは!このクレハをもっと敬うがいいわ!」


 あ、高笑いするときは個室でこっそりとやってる。


     ***


 日にちも経ち沢山作れと言って作らせた衣服に身を包みながら思うわけだ。誰かに見せてえなぁと。

 困ったときはもちろん神父に直訴するわけで。


「このクレハ!神託が届きました!聖女として月に一度は町の人々を集め聖歌を届けよと!」

「そ、そんな神託もあるのか…分かった!」


 コンサートだ。私に足りないものは圧倒的にコンサートとそしてもっと高い人気が必要なのだ


「あ、商人とか特に聞かせるべきって神託も届いてました~」

「商人になぜ…?いや神託なら間違いないか」


 さぁ!皆よ、私の前で新衣装を見て感激しひれ伏せ!このクレハ様を崇めろ!


     ***


 飽きた。15歳になるまでの2年間でこの町つまらないなと思ってしまった。

 そもそもなんでわざわざコンサートとか思ったんだろう?ってあの時のことを思うが、まぁ勢いも大事かと思いつつ商人に聞かせたことで他の町にもこの聖女クレハ様の素晴らしさは伝わってこのクレハ様のコンサートの時は露店なんかも出たりと賑やかになっていたんだけど。


 なんかなぁ…もっとあるだろ?世界狭くね?と思うわけだ。娯楽は本くらいしかないし、回復魔法も無駄に通る奴全員に使うからある程度は極まったし。


 そんな風につまらなくなったと思いながら教会の祈りで適当に手を結んで祈る作業をして次はこのクレハ様のためだけの教会が欲しいなんて思っていたら神父のおっさんがこちらに来てた。


「聖女クレハ、君ならもうすでに神託が来ているかもしれないがパラシフィリア様より聖女である君に勇者と魔王討伐に1年後向かうようにと言われている」

「待ちなさい、ちょっとステイしなさい。このクレハの神託では3年とか5年後だったはずです。気がします」

「なるほど時期が早まったということだね!勇者のいるところまでは遠いから1年頑張って向かうと良い!」

「あぁぁ!今神託が舞い降りました!勇者にはそっちから出向いて来いという神託です。こちらに来ているのでこのクレハは大人しく待っているのが良いでしょう」

「そうか…そうなのか?」

「すれ違っては大変です。大人しく待ちましょう」


 ふざけるな。誰が魔王討伐なんてしてたまるか!このクレハは悠々自適に崇められて当然なのだからそんな面倒くさいことは幼少期に捨てるわ。


 もうコンサートなんてしていられない。せっかくの地位も捨てることにはなるが逃げなければならない。


 このクレハが荷物を纏めていると、修道女がそれを見ていたのか急に泣きつかれてしまった。


「クレハ様!もう行かれてしまうのですね!私は悲しいです、いえみんな悲しいです!」

「こ、このクレハはまだ出て行きませんよ…?」

「それではこの町に残っている間毎日でも町の人達に顔合わせしましょう!聖歌は私達で歌いますので!」


 なんでこうなったかは分からない。だが毎日のようにこのクレハが作らせたコンサート会場で聖女クレハの元に勇者が来るまで周りで勇気だの清廉だのを唱える歌を聞かされてちょっと悪くないなと思いながら17歳をもうすぐ迎えると言ったときに本当に勇者がこの町に来たらしい。来やがったらしい。



     ***

〈レオン〉


 勇者として魔王討伐に迎えと国から言われた。

 ただ兵士として毎日のように魔物と戦っていただけなのに、なんでもパラシフィリア教会というところから神託があったらしい。


『魔王を討伐せし、かの者の名はグランディア王国にいるレオン・ゼーナルである。戦士と聖女、そして魔導士を連れて魔王の居城フラムナードを討ち滅ぼさん』


 そんな神託を受けた国王は僕に対して王国の戦士ギンと魔導士セナを寄こしてきて聖女が西の町より来るからそれに備えよと。


 ギンはいい奴で話しもあったんだけど、セナは神託に懐疑的であまり接点がなかったからせめて聖女さんは話しやすかったらいいなと思ってたら1年経っても来ないので何故だ?と思って国王に確認すると。


「な、なにか手違いがあったのかもしれぬ。勇者レオンよ西の町まで聖女を迎えに行くのだ」

「はぁ、わかりました」


 そんなやりとりをして三人で西に向かう。


「なぁレオ、国王はなんて言ってたんだ?」

「分からないけれど手違いがあったのか僕たちに西の聖女を迎えに行けと言われたよ」


 ギンが不思議そうな顔をしているが僕も不思議でしかない。神託が来たのになんで聖女は来ないのだろうと。

 セナは元々懐疑的だったのもあってそれに対して不満を口にする。


「やっぱ神託とかないんじゃない?そもそも聖女ってなんなのよ」

「たしか国王が最も神託を受けている寵愛された者って言ってた気がするよ」

「うっそくさ~」


 僕もそれには同意する。そもそも勇者と言われても特別な力があるわけではないし。でもやることは魔物を討伐することと変わらないと思って僕たちは1年をかけて西にある大きな町に着く。


「おいおいなんだありゃ?」


 そうギンが言うのも仕方ない。何故かお祭り騒ぎだったのだから。

 家と家を繋ぐように横断幕が貼られていてそこには。


【聖女クレハ様と勇者様の魔王討伐万歳】


 異常としか思えない。なんでこんなことになってるのか町の人に聞けば、聖女クレハ様が神託を受けて勇者を待っているのだとか。僕たちは来ると言われたのだけど…。

 どうしてすれ違ってるのか分からないまま聖女クレハがいるのは町の大広間らしいのでそこに向かうと聖歌や音楽が奏でられていて舞台も整えられていた。


 その中央にいる女の子が聖女クレハなんだと分かった。

 綺麗な銀髪に透き通るような碧眼、そして何より…。


「この聖女クレハ!のために集まってくださり皆ありがとうございます!」


 壮絶な自己紹介をしていた。しかも何度も何度も「このクレハ!聖女としてクレハは頑張ります」そんなことを言ってる女の子で、僕は思わず笑ってしまった。


「どうしたレオ?お前この雰囲気におかしくなったのか?」

「あはは、だってもっと殺伐としてるかと思ったらこんなの笑っちゃうでしょ」

「まぁ、暗いよりは明るい方がいいよな」


 本当に面白い。ただセナは凄い溜息を吐きながら。


「やっぱ胡散臭いって~」

「それでも今までの教会のような人じゃないと僕は思うよ」

「そうだけどさ~」


 僕も同意はしておいたがこんなのは初めて見た。

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