第19話

「ぅぅぅぅ……バラン様あぁぁぁ……」


 しくしくと大粒の涙を流すと、その背中を無心でさすり続けるルーク。


「これは仕方がないんだエレーナ…。この世には人にはどうすることもできない、運命というものがあるんだ…!誰と誰が結ばれて、誰と誰が結ばれないかは、神のみぞ知る運命なんだ…。だからバラン様の事はもう…」

「っ!!!!!!」

「っ!!な、なんだい急に立ち上がって…」

「そうですよ……そうですよね!!!私とバラン様が結ばれるという事は、もう決まっていることですもの!!こんなところで泣いてなんていられないわ!!早くおうちに戻って、これまで以上に私の思いを表現できるなにかを新しく作らないと…!!」

「ひっ!…」


 …バランの事を暗にあきらめさせようとしていたルークだったものの、結局正反対の方向にエレーナの火を向けてしまうことになった様子…。


「(す、すまない伯爵様…!!!俺のようなちっぽけな人間には、とうていエレーナを止めることなどできないみたいだ…!せ、せめて長生きしてくださいませ…!!)」


 ルークはその心の中でバランへのお詫びの言葉を述べると、再び起き上がったエレーナの横に並んだ。


「…さて、エレーナ。そろそろ食事会も終わりの時間なんじゃないかい?あいさつ回りは僕がやっておくから、このあたりで帰りの支度を……?」


 そこまで言いかけて、ルークは自身の言葉を中断した。その理由は、この食事会においてオレフィスと同等か、あるいはそれ以上の地位を有する人物たちが目の前に現れたためだ…。


「…私の事を、覚えておいでかな?エレーナ様」

「はい、もちろんです!レイブン第一王子様!」

「こんにちは、レイブン様(…第一王子、いつの間にここに…。ずっと見回していたけれど、見つからなかったが…)」


 レイブンは二人と簡単な挨拶を交わしたのち、自分の後ろに伴っていた一人の女性の紹介を始める。


「お二人に紹介させていただきたい。こっちは、我が最愛の妻であるユ―フェリスです。ユ―フェリス、二人にご挨拶を」

「…はぁ……どうも、はじめまして…」

「ユ、ユ―フェリス!なんだいその態度は…!エレーナ様は女神の力を宿される方であり、その隣にいらっしゃるユーク様はその兄上であられるのだぞ!」

「…もう何回も何回も聞きましたよそれ…。でも、結局のところは何にも役に立たなかったから追い出されただけなのでしょう?そんな相手に挨拶なんて…。はぁ…」


 丁寧な態度のレイブンとは正反対に、彼の妻であるユ―フェリスはそれはそれは不満たらたらといった雰囲気を醸し出していた。

 しかし、そんな彼女の態度など関係ないと言った様子で、エレーナは言葉を返す。


「はじめまして、ユ―フェリス様!もしかして私たちって、お会いするのは初めてですかね?」

「そうね。あなたがオレフィス第二王子と婚約していた時、食事会やダンスパーティーのお誘いはあったけれど、私、平民上がりの女と一緒にいると体調が悪くなっちゃうのよねぇ~。今だってなんだか気持ちが悪くなっている気がするし…」

「それはお気の毒ですね~。まだまだ体が子供なのかも?」

「……体がまだ子ども…?どういう意味かしら…?」

「例えば……このレリーベの葉はご存じですか?これって体が未熟な子どもが食べちゃうとおなかを壊しちゃうんですけれど、おとなになるにつれおいしく食べることができる素敵な茶葉なのです!これと同じでユ―フェリス様も体が大人になれば、誰とでも楽しくやっていけることと思いますので、どうか気を落とされず!」

「…っ!」


 机の上のフルーツに添えられて置かれていたレリーベの葉を、エレーナはおいしそうに丸ごとほおばる。その姿はユ―フェリスの心に十分すぎるほどダメージを与えた様子で、彼女はイライラからかその眉間に大きなしわを作っていた。


「むしゃむしゃ……でも子どもの体の割には、しわが多いですねぇ……不思議だなぁ……むしゃむしゃ…」

「っ!!!も、もういいわ!!レイブン様、私は先に返らせてもらうから!こんな奴らを相手にしていたら、こっちにまで下品さが移ってしまうもの!」

「ちょ、ちょっとユ―フェリス!打ち合わせと違うじゃないか!!!」


 …レイブンの必死な静止もむなしく、ユ―フェリスはその頭の上に怒りマークを浮かべながらどたどたと足音を立て、3人の前から去っていった。


「ほ、本当に申し訳ない……。我が妻ながら、なんと恥ずかしい姿を見せてしまい…。後ほど私の方から強く言っておきますので、どうか失礼をご容赦いただきたい…」


「お、王子様!!お気になさらないでください!別に失礼なことをされた気は全然していませんので!」

「(それはそれでどうなんだ……我が妹よ……)」

「それより王子様、まだまだおいしいご飯が残ってますよ!!せっかくですから一緒に食べましょう!!」

「わ、私が相手でよろしいのなら…」


 レイブンはエレーナに誘われるままに、彼女の隣で食事を始める。しかしいろいろなことを頭の中に考える今の彼に、食事の味など全く感じられなかったことだろう…。


「(や、やはりエレーナ様はこれほど魅力にあふれるお方……。このまま彼女と王国との関係をあきらめてしまうのは、この上ない愚かな行為である…。だというのに、いったいなぜ誰もそのことを分かってはくれないのか…)」


「…レイブン様?もしかしてお魚料理は苦手でしたか?それなら、こちらのステーキが張りがあっておいしいですよ!」

「あ、あぁ、ありがとう……」


 おいしそうに食事を進めるエレーナの姿を見て、レイブンの舌にも味の感覚が多少戻ってくる。しかしすぐに、悩みの続きが彼の脳を支配した。

 

「(女神の力は、やはり婚約者との真実の愛に目覚めなければその力を発揮しない…。なにがなんでも二人の距離を縮めさせて、オレフィスとの彼女との婚約を相思相愛の形で実現させなければ……)」


 …第一王子レイブンの悩みの種は、増える一方であった…。

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