第3話

 エレーナがいなくなった王宮の中で、オレフィスと妹のカタリナはある会話に花を咲かせていた。


「お兄様、せっかく悪しき風習をなぎはらったのですから、貴族たちを集めて大々的に勝利宣言をするというのはいかがですか??」


「なるほど…。女神の汚らわしい血からこの国を守ったと宣言すれば、僕たちへの忠誠心は一段と深まるというわけか…」


 エレーナを追放したことはまだ正式に発表されていないため、二人はサプライズを兼ねて大々的に、堂々と人々の前で婚約破棄を報告しようと考えたのだった。


「さすがはカタリナ!僕の愛する妹だ!!」


「ありがとうございますお兄様!お役に立てたのなら、この上ない喜びです!」


 すっかり貴族たちは自分たちの味方になってくれると確信している様子…。しかし二人はこの時知る由もなかった…。婚約破棄にとどまらず、エレーナを追放までしてしまった事がどれほど愚かな事なのかを…


――――


 見上げるほど高い天井に、きらびやかな装飾品が飾られる大きな広間。オレフィスが呼びかけ、特設の会場に集められた人々の思いは同じだった。


「どうせ婚約発表だろう?」

「あぁ。サプライズパーティーとか言って呼ばれたが、サプライズでも何でもないよなぁ」

「女神の生まれかわりと婚約かぁ。きっと自慢話をされるだけで終わるんだろうさ」

「せっかくの料理がまずくなっちまうよ…」


 そう、招待された貴族たちや身分の高い者たちにしてみれば、これほど退屈なパーティーはなかった。オレフィスはサプライズだと息巻いているものの、どうせエレーナとの婚約発表式典になるに決まっている。長々と第二王子の自慢話を聞かされるほど、つまらないものはないのだから。


「いやいやみなさま、今日はこうして集ってもらったこと、誠に感謝します!」


 いつにも増して上機嫌なオレフィスが皆の前に姿を現した。


「さて、今日は他でもない、第二王子であるこの僕の婚約相手が正式に決まりましたので、この場で発表させていただきます!!拍手!!!」


 オレフィスに促されるままに、しぶしぶ拍手を始める人々。想像通りの展開を目にして、やはり全く楽しくはない様子。

 しかしその感情は次の瞬間、吹き飛ばされた。


「それじゃあさっそく紹介しよう!僕の婚約者となり、妃となることが決まった………イーリスです!!」


「「っ!!??」」


 エレーナだろう………と考えていた全員の予想を裏切り、オレフィスが口にした名前はイーリスだった。会場は一瞬の沈黙に包まれた後、ざわつきはじめる。


「だ、誰だイーリスって…??」

「オ、オレフィス様には確か妹君がいたよな…?彼女のつながりとかか…?」

「わ、分からん…。いったいどうなっている…?」


 動揺が広まる中にあって、一人だけ真顔であからさまに不機嫌な表情を浮かべる人物がいた。

 ほかでもない、オレフィスの妹であるカタリナである。


「(お、お兄様…。私の事をなによりも優先してくれると言ったのに…!)」


 カタリナはこれまで兄オレフィスに付け込んでは、自分の欲しいものをすべて手に入れてきた。第二王子の権力があれば、たとえどんな相手であろうと一方的に略奪をはたらくことも容易で、彼女はこれからも同じことができるものと確信していた。

 多くの者たちがそれぞれの感情を抱く中、イーリスがこの場に姿を現した。


「皆様、はじめまして。このたびオレフィス様から正式に婚約者として認めていただくことになりました、イーリスでございます♪」


「…な、なんてきれいな人だ…」

「あぁ…。あんな人と結ばれるなんて、うらやましくてたまらない…」


 麗しく、上品な雰囲気をただよわせながら挨拶を行うイーリス。男性陣はその姿に一瞬のうちにとりこになっているものの、カタリナは直感的に違う思いを抱いた。


「(女ならだれでもわかる…。この女、絶対性格最悪だわ…。もうしゃべり方だけでわかるもの…)」


 兄オレフィスと婚約するという事は、自分にとっては義理の姉になるという事になる。カタリナはイーリスに対し、最初から最後まで敵対的な視線を送り続けていた。

 一方のイーリスもまた、カタリナから送られるその視線に気づいていた。


「(まぁ怖い怖い♪だけどそんなににらんだって、残念ながらオレフィス様の心はすでに私のもとにあるのよ♪)」


 そして二人の関係など知る由もないほかの人々は…


「まさか女神の生まれ変わりとの婚約を切り捨てるはずがないから、本当に生まれ変わりだったのはイーリス様だったという事なんだろうか?」

「そうに決まってるだろう。女神の力をみすみす捨てるような愚かな王子が、この世界にいるはずがない」

「だよなぁ。あんなにきれいでかわいくて、それでいて女神の力まで持ってるなんて…。世の中不条理だなぁ…」


 それぞれの思惑が交錯する中、少しずつ崩壊の音は大きくなっていくのだった…。

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