妹へ贈る、花言葉
みーこ
“あなただけを愛してる”
ウィリアラウスを前に浮き足立っている阿呆共を尻目に、私は頭を悩ませていた。
敵味方問わず愛を説き、幾つかの戦闘を未然に防いだという聖人ウィリアリー。しかし彼は、彼に恨みを持った連中に襲われ暗殺されてしまう。ウィリアリーの死を悲しんだ者達は、彼の意思を継ぎ、人々に愛を説くようになった。それから数百年経った今、ウィリアリーの命日はウィリアラウスと呼ばれるようになり、何故か大切な人へ贈り物をする行事と化していた。
(どうしたものか……)
くだらない年中行事ほど祝う気になれないものはない。しかし妹が楽しみにしているとあれば話は別だ。先週末に家に帰った際、今年のウィリアラウスが休日と被っている為、兄である私と共に過ごせる事を楽しみにしていた。妹の楽しみを奪う真似はしたくない。妹が楽しみにしているのであれば、むしろその楽しみを上回るような喜びを与えてやりたい。だがその方法が一向に浮かばずにいた。
(本……は、この前読み終わったものを幾つかあげた。装飾品……も、何度かあげているから効果が薄いか……?)
私からの贈り物であれば妹は何でも喜ぶが(ただ独自に考えた魔法薬を飲ませた時は渋い顔をされた)、妹はウィリアラウスを共に過ごす事を楽しみにしているのだ。期待に応えるべく、もっと特別なものを贈る方が相応しいだろう。しかし何を贈ればいいかさっぱり分からない。
「おおい、ロクィル。さっきから険悪な顔してどうした。机を睨んでも蛙には変身しないぞ」
「当たり前だろう。机と蛙では大きさが違い過ぎて変身させるには不向きだ。そもそもワタシは机を何かに変身させようなどと思ってはいない。何の用だリネス。ワタシは今忙しいんだ」
他者から嫌われやすい自覚のある私によく声を掛けてくる奇異な同級生リネスが、特に断りを入れる事無く机を挟んだ向かいにある椅子に腰を掛けた。
「その割には、俺にはずっと椅子に座って腕組みをして机を睨み付けているだけに見えたけどね。ま、お前の事だから何か考え事でもしてたんだろう? それとも悩みでもあるなら相談に乗ろうか? この時期ならウィリアラウスに誰に何を贈るか」
「キミに最適な贈り物が分かるものか」
「……とりあえず、何を贈るか考えあぐねている事は分かったよ」
「……」
机の代わりにリネスを睨み付けたが、奴はにやにやと笑うだけだった。他の奴なら睨むだけですごすごと引き下がるが、好んで私に話し掛けてくるような物好きであるこいつには通用しない。妹への贈り物を考えるのに頭が一杯で失念していた。
「いやぁ、お前にもそういう日が来るとはな。相手はどこのご令嬢だ? ん? どこで出会ったのかも教えてくれよ」
こうなったらもうこいつは私から詳しい話を聞きだすまで引き下がりはしない。不服ではあるが、一度言葉にする事で頭の中も整理されるだろうと思い、私は観念して奴に事情を話す事にした。
「妹が、今年のウィリアラウスはワタシと共に過ごす事ができると楽しみにしているんだ。だからより妹を喜ばせてやる為にも何か贈ろうと考えているんだが……」
「何も思い浮かばない、と」
ああ、と私は首肯した。
「お前って意外とそういう所あるよな」
「……どういう意味だ?」
意味もなく奴を睨むと、奴はわざとらしく溜息をついた。
「難しく考えすぎなんだよ。驚くべき事にお前に懐いているというお前の妹は、ウィリアラウスをお前と過ごせるだけで嬉しいんだろ? それだけで特別なら、贈り物だって凝ったものにする必要ないだろ」
「だが、何か意味のあるものにしたいんだ」
「意味ねぇ……」
ううん、と唸りながら奴は天井を仰ぎ見た。それに釣られた訳ではないが、私もちらと天井を見る。学生寮の談話室の天井には、誰の趣味かは知らないが草花を模した絵が描かれている。
「……花はどうだ?」
「今見えたものを言っただけだろう」
「否定はしないけど、ほら、花って、花言葉があるだろ?」
「……ああ。それがどうした」
「それがどうした、じゃねぇよ。“それ”だよ、花言葉。意味のあるものだ。何かいい感じの花言葉のついている花を贈ってやれば、喜ぶんじゃないのか?」
「……なるほど」
「いくらお前の妹と言えど、女の子なんだから好きな花の一つや二つあるだろう? それを花言葉を添えて贈ってやれば、特別な贈り物になり得るだろ」
確かに、奴の言っている事は一理ある。ただ単に花を贈るだけでなく、その花につけられた“言葉”という意味を共に贈る。これは妹も喜ぶだろう。
「たまにはキミの話も役に立つものだな。礼を言わせてもらう。ありがとう」
「おお、お前から礼を言われる日が来るとは思わなかったぜ」
「ワタシだって礼節くらい持ち合わせている」
「へえ。じゃあ知恵を授けたお返しとして、今度お前の妹に会わせて」
「断る」
ワタシはリネスの舌打ちを無視して席を立った。図書館に花言葉について記されている書物はあっただろうか。
○
週末。つまりはウィリアラウス当日が来た。
普段は学校から家まで寄り道する事無く馬車に揺られて帰るのだが、今日ばかりは途中で市場に寄った。妹が好んでいる花には丁度いい花言葉がついていた。その花を売っている人が見つかるまで根気よく探す気でいたら、ウィリアラウスにその花を贈る人は私以外にも大勢いるのか幾人もの花売りがいた。ならばと思い、私はその中から一番上等そうなものを探して買った。そしてそれを萎れさせないよう魔法で保護し、どう渡すのが一番いいだろうかと考えながら残りの道中を過ごした。
「お帰りなさい、兄さん!」
家に帰ると妹が出迎えてくれた。その後ろで、少し前から雇われた使用人の女性がゆっくりと頭を下げながら「お帰りなさいませ、坊ちゃま」と言った。
「ただいま、スティル」
私は妹に近付いてその頭を撫でた。すると妹は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「あのね、この前兄さんがくれた本全部読み終わったの。どれも面白かったけど、中級魔法の指南書は分からない所が幾つかあったから、昼食の後で教えてくれる?」
「ああ、もちろんだ。だが、その前に……」
私はちらと使用人を見た。玄関で、かつ他者のいる前でこれを渡すのは特別感が薄い。
「今からワタシの部屋に一緒に来てくれないか」
「うん」
私は妹を伴い自室へと向かった。その間、妹はこの一週間で起きた事をあれこれと教えてくれた。新しいドレスを仕立てた事、難しい魔法に挑戦したら失敗した事、先程の使用人と多少は仲良くなれた事、等々。
「あの使用人……ヴァンセートも悪い人じゃなさそうなんだけど、でも……やっぱり兄さんじゃないと話せない事もあるから、兄さんがいないと寂しい」
「そうか。いつも寂しい想いをさせてすまないな」
自室に入り、妹にソファに座るよう促した。私はその前に跪く。
「その詫びという訳ではないんだが……今日はウィリアラウスだろう? お前に贈り物を用意した」
「本当⁉」
「ああ。これだ」
私は懐からそれを取り出した。妹の好きな花。燃え盛る炎の様な、赤いリトベリス。この国特有のリトベリスという花は、ドレスの裾を翻したかのように幾枚もの花弁がついている。
「“あなただけを愛してる”。それが赤いリトベリスの花言葉だそうだ。離れた場所にいようが、ワタシはいつだってお前を想い、お前だけを愛している」
妹の目が見開かれ、頬がさっと朱に染まった。いくら兄妹間とは言え、こんな事を言われるのは恥ずかしかったか。
「お前の好きな『花鳥の一生』ではリトベリスを渡した後、夫婦は離れ離れになって一生会えなくなってしまうが、ワタシはちゃんとお前に会いに戻ってくる。だから寂しい想いは……って、お前、どうした? 泣いているのか?」
いつの間にか妹の頬には一筋の涙が流れていた。
「え? あ、ごめん、兄さん。その……嬉しくて……」
妹は涙を拭うと、両手をリトベリスを握る私の手に添えてきた。
「ありがとう、兄さん。私も、いつも兄さんの事を想ってる。兄さんだけを愛してるよ」
そう言って妹はソファから降りて私に抱きついてきた。柔らかな感触に私は少したじろいだが、すぐに優しく抱き返した。妹の髪からほのかに甘い匂いが漂う。普段男ばかりの学校にいるからか、今まで意識していなかったが妹も女性である事を感じさせられる。妹もそういう年頃になってきたのかと思うと、妙な寂しさが募った。妹は、いつまで私を好いていてくれるのだろう。妹もいずれは何処かに嫁いでしまうのだろうか……。
「ねぇ、兄さん。心配しなくていいよ」
「何を言っているんだ。ワタシは何も心配など」
「してるよ。だって兄さん、何だか寂しそうだもん。大丈夫だよ。私は兄さんの傍にいるから」
妹は顔を上げて、にこりと笑って見せた。
「私ね、今すっごく嬉しいの。だって、兄さんも私と同じ気持ちでいるって知れたんだもん。私はずっと、兄さんと一緒だよ」
「……ありがとう、スティル」
私も妹に微笑み返し、その額に口付けをした。
これからも私だけを愛してくれるように、と
妹へ贈る、花言葉 みーこ @mi_kof
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