第28話 【真実ED】重なる想い

「馬鹿! ルカの馬鹿っ!!

 そんな簡単に懸けていいものじゃないでしょ、命っていうものは!」


私の啖呵に、ルカが目を丸くして驚いている。

まさかそんな反応をされるとは思っていなかったのだろう。


「私……本当に怖かったんだから。

 ルカが、ルカが死んじゃうかと思って……」


「アリス……」


ルカが困ったような顔で私の方にそっと手を伸ばす。その手が私の頬に流れる涙をすくって初めて私は、自分が泣いていることに気が付いた。


(いつの間にか、ルカの存在が私の中でこんなにも大きくなってるなんて……

 ルカがいなくなるかもって考えただけで、私、本当に怖かった……)


私のことを守ろうとしてくれるルカの気持ちは嬉しい。

でも、命を懸けてまで守ってもらっても、私は、全然嬉しくなんてない。

そのことをどうやってルカに伝えたらいいのだろう。


「……認めないから! そんな誓い。

 私は認めない。そんなのルカが勝手に決めただけでしょ」


「そうだな、すまない……」


「何よ、 『すまない』で済めば、近衛隊長なんか要らないのよ。

 本当に、分かってるの?」


(違う、こんなことが言いたいんじゃない。私は……)


ルカが困った顔で私を見つめている。

その頬が赤く見えるのは、傍にある焚火の明かりの所為だろう。

私もこれ以上何と言えばいいのかわからない。


ぱちぱちと焚火の弾ける音だけが聞こえていて、それが余計に今の気まずい空気を助長しているかのようだった。


「大丈夫だ。俺は、死なない」


唐突にルカが言った。

私は、自分の気持ちがルカに伝わったのだろうか、と驚いて顔を上げた。


そこへ、ルカの手が伸びてきて、私の髪にそっと触れる。


「髪……切っちゃったな。

 守ってやれなくて、ごめん」


切なげに細められたルカの目が私の髪に注がれている。

私は、胸がしめつけられた。


「こんなの、またすぐに伸びるわよ。

 短い方が動きやすくて好き……」


ルカの焦げ茶色の目が私に向けられて、私は思わず息を止めた。

そのままルカの顔が私の方へと近づいてきて、私は動けなくなる。

心臓の音が徐々に早くなっていって、耐えきれず、私は、目を閉じた。


そっと唇に触れる柔らかな感触があった。

それが何なのか、いくら私でも分からないわけがない。


心臓が止まるかと思った。


永遠に思えたけど、触れたのは一瞬で、すぐに離れていく。


私がそっと目を開けると、目の前にルカの熱っぽい焦げ茶色の瞳があった。


「ずっとお前のことだけを想って生きてきた。

 初めて会った時から、お前は、俺の運命の女神だったんだ」


ルカの真剣な告白に、私は、頭の天辺から指の先まで、全身が痺れていくのを感じていた。


「そんなの全然、気が付かなかった……」


ルカは、出逢った頃から、あまり笑顔を見せない子供だった。

私は、そんなルカを笑わせようと、いつもふざけては、ルカを困らせていた。


分別がつくような歳になると、ますますルカの仏頂面は板についてきて、私と一緒に居ても楽しくないのだと思うようになった。


その頃には、衛兵としての訓練に毎日時間を費やすようになったルカと、私が過ごす時間は、どんどん減っていった。


それでも、私が城を抜け出すと、いつもルカが私を見つけて、小言を言いながら城へと連れ戻した。

どんなに忙しくても、それだけは絶対に変わらなくて、私は無意識のうちに、ルカに構って欲しくて城を抜け出していたのかもしれない。


ただ、私を見つけた時のルカは、いつも怒っていたから、てっきり私は、ルカに面倒なだけのお姫様だとしか思われていないのだと思っていた。


「これでも精一杯抑えてたんだ。

 ……近衛兵の仲間たちからは、よくからかわれてたけどな。

 傍にいればいる程、お前と俺の間にある身分の差ってやつを嫌でも気付かせられる。

 どこかで一線を引いておかないと、俺は自分の気持ちを抑えていられる自信がなかったんだ」


ルカの顔が赤く見えるのは、焚火の所為だけではないのだと、今ならわかる。

おそらく私も同じくらい赤くなっているだろう。


(私、ルカが好き)


口にしなくても、私の気持ちは、ルカには伝わっている気がした。

だからこそ、自分の気持ちを告白してくれたのだと思った。


「俺の勘違いだったら言ってくれ。

 俺のことでお前が泣く顔は、もう見たくない」


ルカの目が切なげに揺れて、私を見ている。


「ううん、勘違いなんかじゃ……ないよ……」


再びルカの顔を近づいてきて、私は目を閉じた。

もうさっきまでの恐怖も、焚火の音すら聞こえてはこなかった。



  ♡  ♡  ♡



「ここまで乗せてくださって、本当にありがとうございます。

 お陰で助かりました」


荷馬車の手綱を持つおじさんが後ろに乗せた男女を笑顔で振り返る。


「いやいや、困った時はお互い様さね。

 それに、その怪我じゃ歩きはきつかろう」


「……アリス、着いたぞ」


私は、ルカに優しく起こされて、目を開けた。潮の匂いがする。


「う……ん? ……あ、ここが……港町?」


「ああ、そうだ」


私たちは、荷馬車を降りると、私たちを乗せてくれた親切なおじさんにお礼を言って別れた。


「途中で荷馬車が通って、良かったね」


「ああ、そうだな」


旅の途中、夜盗に遭って怪我を負ったが、何とか逃げて来たのだ、と私たちが言うと、おじさんは、自分もちょうど港町まで行くところだから、と快く荷馬車に乗せてくれたのだ。


(短いようで長かったな……。

 いろんな事がありすぎて……でも、それももう終わり、か)


「最後に、もう一度だけ聞く」


私は、隣に立つルカを見た。


「ここを越えたら、もう国には戻って来られないぞ。

 陛下や城の侍女に兵士たち……町の住民にも。

 それでも、本当にいいのか?」


(……お父様。今頃、心配しているわよね。

 今までこんなに長い間、城から出ていた事なんて一度もないもの)


「……俺と違って、アリスには家族がいる。自分の家がある。

 アリスには、俺みたいな思いをさせたくないんだよ……」


「ルカ……」


「戻るなら、今だぞ。

 これが本当に最後のチャンスだ」


(でも、私の気持ちは、もう決まっている)


「私を、命懸けて守ってくれるって、ルカ、言ったわよね」


「ああ、言った」


「それじゃあ、これからは、一緒に歩いていこう」


「……え?」


「私がこの旅に出た理由は、自分の力だけで、自分の本当の王子様を見つけたいと思ったからだった。

 でも、私は、ルカの傍にいられるだけで幸せなんだってことに、やっと気付いたの」


ルカが、私の王子様だったのだ。


「私の居場所は、ルカの隣だから」


でも、それは、お姫様と臣下の関係では、絶対に叶わない関係だ。


「もう、アイリスの名前は捨てる。

 これからは、アリスとして、ルカと一緒に歩いていきたい」


ルカの焦げ茶色の目が嬉しそうに細められる。


その時ふと私は、ちゃんとお互いの気持ちを口に出していないことに気が付いた。


「ルカは……私のこと、好き?」


「なっ!? ……な、何を唐突に……!」


ルカの顔がぱっと赤くなる。


「……俺のお前への気持ちは、そんな言葉だけじゃ表せられないよ」


「いいから答えて。私のこと、好き?」


私がじっとルカの顔を見つめると、少しの間の後、ルカが戸惑うように口を開いた。


「………………好きだ」


私の胸がきゅんと音を立てる。

これからは、こんなルカの表情を隣でずっと見ていられるのだと思うと、嬉しくて頬が緩んだ。


「私も、ルカのことが大好きよ」


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