第30話 【女王ED】永遠の誓い

「なに、婚約話をなかった事にじゃと?!」



「近衛隊長殿は、一体何を考えておいでだ。

 もう既に後戻りの出来ない状態にあるというのに……」

「やはり、アイリス姫様を想うあまり気が触れてしまったか……」



「婚約話をなしにして、ただで済むとは、お主も思ってはなかろう。

 理由は聞かせてもらえるのであろうな」


「はい。このレヴァンヌ国で、ただ一人のご息女であるアイリス姫様を

 他国の王子様と婚約させるという事は、国にとって更なる飛躍になりましょう。

 しかし、その反面、まだ政治外交に経験のない姫様は、逆に他国に利用される事となるのでは……と」


「……ふむ。それは私も心得ておる。

 それ故、すぐさま結婚に運ぶつもりはない」


「陛下、お言葉ですが、それよりもより良い手段がございます」


「ほぅ、何だ。言ってみよ」


「アイリス姫様が生涯を独身で過ごされる事です」


 ルカの言葉に、国王は、驚きに目を見開く。

 しかし、すぐにルカが言おうとしていることを悟ると、その深い紫色の瞳に叡智の光を宿した。


「……なるほど。お前の言おうとしている事は解った。

 アイリスが独り身でいる限り、他国との王位継承紛争は免れ、求婚者は後を絶たないだろう。

 それ故に、この国の 〝栄光ある孤立〟が守られる。……そうゆう事だな?」


「仰る通りでございます」


「そうなると、跡継ぎが困るが……まぁ、北の親族から迎えるという手もある。

 本当に、お前を近衛隊長にしておくのが惜しいよ。

 その頭脳を持てば、我が良き右腕になれたであろうに」


 だが、と国王は言葉を続けた。


「私は一国の王である前に、一人の父親でもある。

 父親らしい事は何一つしてやれてはいないが、

 一人娘であるアイリスのことは、幸せにしてやりたいと思っておる。

 独り身で生涯を貫く事がどれほど女として辛い事か……」


「心得ております。私も、アイリス姫様には幸せになって頂きたい。

 ただ、このまま姫様のご意志を確認しないまま婚約話を通さずとも、

 他に手段があるのではと、述べたかったのです」


「ふむ。つまり、アイリスの判断に任せる、という事だな」


「はい。仰るとおりでございます」


「…………わかった。お前の言う通りにしよう」


「ありがとうございます! 陛下」


 ルカは、深く深く頭を垂れると、国王への敬愛の念を改めて実感するのだった。



  ♡  ♡  ♡



(今回の婚約の話……きちんと話せば、お父様も解ってくれるわよね)


 私は、不安な気持ちでお父様のいる謁見の間へと入って行った。


「失礼します」


「アイリス……」


(ああ……お父様、たった2日の間に……なんだか痩せたみたい)


「お父様、私……」


「……おかえり、アイリス。

 無事に帰ってきて、本当に良かった」


「ご、ごめんなさい……お父様。

 私、勝手な事ばかりして、お父様やお城のみんなに迷惑を掛けて……」


「いや、私が悪かった。

 お前の気持ちに気付いて、思いやってやることができなかった……」


「いいえ……いいえ、お父様。

 私がいつまで経っても子供だから、お父様が私に言えなかったお気持ちは解ります」


「アイリス……」


「私、一国の姫である自覚が足りなさすぎました。

 これからは、もっとお父様の助けになれるように……いいえ。

 この国の為に、一国の姫として、責任を持って行動いたします」


「…………何かを、学んだようだな。

 たった三日の間に……大きくなった気がするよ」


「お父様。私、この国を愛しています。

 それに気付いたから……」


「そうか……ああ。

 お前の故郷だ。大切にしなさい」


「……はい。はい、お父様」


「ところで、婚約の話なんだがな……」


「その事ですが、私から、お父様にお話があります」


「……婚約するのは、やはり嫌か」


「王女らしからぬ言い分だとは、解っています。

 国の為にも、この婚約は必要だと……」


「いや。私は、今、一国の王としてではなく、

 一人の父親として、お前と話をしているのだよ」


「え、それはどういう……?」


「私は、ただお前に幸せになってもらいたいのだ。

 政略結婚などという理由からではない事だけは、解っておいてくれ」


「お父様…………」


「少し、焦り過ぎたかもしれんの。

 ……すまなかった」


(お父様も、私と同じなのね。

 この国の為に、何かしなくちゃって焦って一人で不安になってた私と……)


「誰か他に……想いを寄せている者がいるのか?」


(…………ルカ。

 こんな時に、私の頭の中に浮かぶのは、いつもルカなんだわ。

 でも……)


「いいから、正直に言ってみなさい」


「わ、私は…………」


 一瞬の逡巡、そして、私の震える喉から出た答えは、一つ。


「……いいえ、そのような人は、いません」


「……そうか」


(駄目よ、言えないわ。

 言ったらきっと、ルカに迷惑がかかる)


「それならば、今回の婚約の話をなかった事に出来る策が、一つある」


「え、本当ですか?」


「お前が生涯を独身で貫き、この国を〝栄光ある孤立〟として守り抜く事だ」


「 〝栄光ある孤立〟……」


「要は、八方美人というわけだ。

 そうなれば、他国との王位継承紛争に巻き込まれる事もなかろう。

 だが……」


 お父様は、言葉にするのが辛いとでも言うように眉を寄せ、憐みの目で私を見る。


「お前には、辛い人生になるじゃろう……」


(生涯を一人で……国の女王として君臨し、

 その重圧を一人で背負っていかなくてはならない…………)


「実はな……これは、ルカの提案だ」


「ルカが!?」


「ああ。お前もそれが良いと言うなら、私もそれを認めよう」


(ルカが……ルカがそんな事を…………)


「一生を決める重大な事だ。

 時間を掛けて考えさせてやりたいが……」


「……そんな時間は、ありません。

 王子様方も、私が戻った事を聞き、こちらにお戻りになられるでしょうから」


「……ああ、そうだ」


「私、ルカの意見に賛成します」


「女のお前にとっては、辛い人生になるぞ。

 支えてくれる夫もおらず、子も持てない……」


「いいえ。私は、レヴァンヌ国の姫。

 とうに覚悟は出来ています」


「……すまないな。

 私の娘として生まれていなければ、

 お前にも普通の幸せがあった筈なのに……」


「お父様、御自分を責めないでください。

 私は、お父様の娘として生まれた事を心から誇りに思っています」


「アイリス……」


「それに……私は、一人ではありません。

 この国には、たくさんの人で溢れている。

 この国を心から愛する者達と共にならば、

 私はその辛さ、耐えてみせましょう」


「……アイリス…………ああ、本当にすまない」


 しばらくの間、お父様は、涙を流して私の手を握っていた。



  ♡  ♡  ♡



(……これでいい。これでいいんだ)


「アイリス姫……」


「……ルカ」


「……余計な口を、挟んでしまいましたでしょうか?」


「いいえ。ルカの提案だと聞いて、私の気持ちは決まりました」


「姫……」


(どんなに想っていても……

 私たちが結ばれる事は、決してないのだから…………)


 ルカが跪き、私の手を取る。

 触れるか触れないか、分からないくらいにそっと、私の手の甲へ口づけを落とした。


「ルカ……?」


「私の生涯を掛けて、あなたを守り、

 傍でお仕えする事を……改めて、ここに誓います。

 永遠に――――」


「ルカ…………」



 ――――そう。私のこの想いは、決して口にしてはならない。


    決して、結ばれる事はないけれど、傍にいる。

    誰よりも近くにいる。

    それだけで、私はがんばれる。


    一緒に、この国を守っていこう……永遠に―――――




【女王ED】Fin.

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