第29話 【女王ED】王女の帰還

 城門の前に立っていた兵士たちが私とルカを見つけて、目を見開く。


「こ、近衛隊長殿!

 今までどちらに……はっ!

 そちらにいらっしゃるのは……アイリス姫!?」


「この度は、ご迷惑をお掛けしました。

 私は、このとおり、無事に城へ戻ったと、お父様……いえ、陛下にお伝えください」


「……は、はっ! 承知いたしました!!」


「いや、私がこのまま陛下の元へ行ってお伝えしよう。

 姫は一旦、お部屋にお戻りになられて、身支度を調えられた方が宜しいでしょう」


 ルカに言われて初めて私は、自分の身なりを見返した。

 …………少し臭う気がする。


「……そうね。それじゃあ、ルカにお願いするわ」


「畏まりました」


 ルカが私に向かって頭を下げる。

 私は、それを横目に城の中へと入って行った。


「ひ、姫様……よくぞお戻りに……皆、心配していたのですよ」


 城の中へ入ると、自分の部屋へ戻る前に、見慣れた侍女たちが私を囲った。

 皆、一様に目を赤くして涙を溜めている。

 私は、彼女たちに心配をかけてしまっていたと知り、胸が痛んだ。


「ごめんなさい。本当に、みんなには迷惑を掛けたわね。

 でも、もう安心して。私は、ここに戻りました。

 このような事態になるこおtは、今後一切ありません」


「姫様……短い間に、なんだかとても成長なさったように見えますわ」


「……いつまでも、子供のままじゃいられないもの。

 私は、この国でたった一人の姫なのだから」


「ひ、姫様ぁ~~~……」


 侍女たちがむせび泣く。

 私は、彼女たちの激しい感情表現に、感動で胸がいっばいになった。


「やだわ。なにも泣くことはないでしょう。大袈裟なんだから」


「いいえ、いいえ!

 今までの姫様ときたら、それはもう手がかかって手がかかって……」


「……悪かったわね」


 先程の感動を返して欲しい。



  ♡  ♡  ♡



「ルカが戻ったか! アイリスは、アイリスはどこじゃ??」


「陛下。アイリス姫様は、ただいま身支度を整えておられます」


「アイリスは……無事、なのだな?」


「はい。お元気でおられます」


「そうか、そうか……良かった、本当に良かった…………」


(陛下が泣いておられる……よほど心配なさっていたのだろう。

 やはり、一国王であられる前に、一父親なのだな)


「……ルカよ。よくぞアイリスを無事に連れ戻してくれた。

 ありがとう、本当にありがとう!」


「いえ、私は……」


「何かお主に褒美をやろう。

 何でも良いぞ、何か欲しい物はないか?」


(……陛下には、きちんと真実を話しておかねば……)


「陛下。私には、褒美を受ける資格などありません。

 なぜなら……私が、アイリス姫様を連れ出した張本人だからです」


「何を言っておる。アイリスが居なくなった時、お主は、ここにおったではないか。

 そこまでして、アイリスを庇おうとせずとも良い」


「いいえ、そうではないのです。

 あの後、私は、アイリス姫を城下で見つけました。

 ですが、私は、姫様をお止めるどころか、一緒に城下を抜け出したのです」


 ルカの言葉に、傍で控えていた衛兵たちが揃って驚きの声を上げる。


「なんてことだ……信じられない!」

「あの勤勉で実直な近衛隊長殿がどうしてそんなことを?」

「今回の姫様の婚約が気に入らなかったのだろう」

「ああ、近衛隊長殿は、密かに姫様を慕っておられたからな」


(お前ら……そういうことは本人に聞こえないところで言え)


 ルカが咳払いをすると、騒いでいた衛兵たちがぴたっと口を閉ざして背筋を伸ばした。


「……ですから、私は褒美をもらうどころか、

 罰を受けなくてはならない身……覚悟は出来ております。

 どうぞ、何なりと罰をお与えください」


 そう言って、床に膝をついて頭を下げているルカを国王が難しい顔で見つめる。


「……もう一度聞く。

 ルカよ、本当にお主がアイリスを城下から連れ出したのか?」


「はい。その通りでございます」


「では、何故戻って来た?」


「それは……姫様が、それを望んだからです」


 再び衛兵たちに動揺の波が広がる。


「なんてことだ。では、姫様が嫌がるを無理矢理連れ出したという事か!」

「いやいや、あの姫様のことだ。

 城を出たものの、やっぱり帰りたいと気まぐれを起こされたのだろう」

「それも一理あるが、隊長が姫様に振られた、という線も……」


 うぉっほん、と今度は国王が大きな咳払いを一つすると、

 衛兵たちは、再び沈黙した。


「……アイリスが城へ戻りたいと言ったから、戻って来たと言うのだな」


「はい。愚かな真似を致しました」


(あいつらめ、ただじゃおかないからな……)


「それは、何の行為に対する後悔か?

 アイリスの望みを聞き、城へ戻って来たことをか」


 国王の含みのある言い方に、それまで顔を伏せていたルカが弾かれたように顔を上げた。


「いいえ、違います!

 姫様を城下から連れ出した行為こそが、愚かだったという意味です」


 国王は、ふぅと溜め息を吐き、掌を返した。


「そんなに罰を与えて欲しいのなら……アイリスに頼むがよい」


「そ、それは、どういう……」


「お前は、私の臣下ではない。アイリスの臣下じゃ。

 よって、私が手を下す事はできん」



「陛下?!」

「お、お言葉ですが、国王陛下!

 近衛隊長ともあろうお方が、一国の姫君を城から連れ出したなど、言語道断ですぞ!

 それも、嫌がる姫様を無理矢理に……即刻、死刑にすべきです!」


 騒ぎ立てる衛兵たちに、国王がきっと睨みを効かせる。


「お前たちは、今まで一体何を見てきたのだ!

 ルカが我が娘アイリスに仕えるようになって早10年以上にもなる。

 その間、ルカがアイリスの嫌がる事を無理矢理するような事があったか!」


 恫喝する国王の言葉に、衛兵たちは、自分たちの失言を恥じて顔を伏せた。


「ルカがそのような愚かな行いをする人柄ではない事は、皆がよく知っている筈だ」



「……そ、そうだ。近衛隊長殿は、いつもアイリス姫様の心配をなさっていた」

「あ、ああ。姫様がいなくなった時も、誰よりも必死になって探し、誰よりも先に見つけていた」

「近衛隊長殿は、誰よりもアイリス姫を大切に思われていた。そんな事をする筈がない……!」



「ルカよ。例え、お主がアイリスを城から連れ出したとしても、

 アイリスを無事に連れて戻って来たのも、またお前だ。

 私には、その真実だけで十分なのじゃ」


「陛下……!」


(ああ、この方には適わない。

 なんと……なんと器の大きな方だ!)


「まぁ、我が臣下ではなくとも、褒美を与えてるのは、よかろう。

 私の気持ちだ。何なりと言うがよい」


「……一つ、お願いがございます」


「何だ? 言うてみよ」


「……今回のアイリス姫様の婚約話を、なかった事にして頂きたい」


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