第8話 味方

 しばらくの沈黙の後、唐突に、ルカが口を開いた。


「……わかりました。では……」


(うそ、わかってくれた……?)


「私も一緒に行きます」


「……え?」


 予想もしていなかったルカの答えに、私は、思わず間の抜けた声を上げる。

 ルカは、さも当然でしょう、といった態度で言葉を続けた。


「私は、あなたの護衛役ですよ。

 姫の御身を守るのは、至極当たり前のこと」


「それは、そうだけど……で、でも……」


「信用出来ませんか?

 私が姫を城に連れ戻すとでも?」


 思っていた事をズバリと当てられて、ドキッとする。

 いつもそうだった。まるでルカには、私の心の中が見えているかのようだ。


「ご安心ください。

 私は、姫の味方です」


 そう言って、ルカは優しく笑った。何かを企んでいる風でも、嘘をついている様子もない。本心から言っているのだと解る笑みだ。


「……まぁ、私の同行を許して頂かない限りは、

 姫を一人で行かすわけにはいきませんけどね」


(……つまり、お目付け役ってことね)


 確かに女一人で歩き回るよはり、ルカが居てくれた方が断然心強い。

仮にもルカは、近衛隊隊長だ。でも……


「……いいの?」


「何がです?」


「止められるかと思った」


「私が止めたくらいでやめるようなお人ではないでしょう、あなた様は」


「そ、それは……まぁ……」


 あわよくば、隙を見て逃げる気満々でした、とは言えない。


「それに……」


「……それに?」


「……いえ、何でもありません」


 ルカは、軽く頭を横に振ると、笑って言った。


「良い機会ではないですか。

 御自分の事です。ゆっくり考えられると良いでしょう」


「ルカ……」


 私が感動に目をうるませてルカを見ると、ルカは、びしっと3本の指を立てて見せた。


「その代わり、3日間だけですからね」


「……え?」


「『え?』じゃ、ありません。

 先程、御自分で仰ったではないですか。

 『3日でいい』と」


「そ、それは、言葉の文というか……

 なんというか……本気じゃない、というか……」


「いいえ。御自分で仰った言葉には責任を持ってもらいます。

 約束致しましたからね、3日間だけです」


「そ、そんなぁ~……。

 せめて1週間とかじゃダメ?」


「ダメです」


「うぅ~……こんな事なら、もっと欲張れば良かった」


 頭を抱えて後悔する私に、ルカは容赦なく言い募る。


「期間延長は認めません。

 だから、3日経ったら教えてもらいます」


「……教えるって……何を?」


「姫の出した答えを、ですよ」


「私の……答え……」


 城の中で暮らしていたとはいえ、16年の間見つけることができなかったのだ。

 果たして、たった三日で私の王子様を見つけることができるものなのだろうか。

 私は、急に不安になった。


「だから、よくお考え下さい。

 それからどうするかは、姫の判断に任せます」


「あの……もしもよ、もしも、三日経っても答えが出なかったら?」


「その時点で無理矢理にでも城へ戻って頂きます」


「うぐ……意地悪っ」


「どこが意地悪なのですか。

 3日考えて答えが出ないのならば、それは姫の進むべき未来ではなかったという事でしょう。

 ただ目的もなく放浪するよりは、城に戻られた方が姫の御身の為です」


「じゃ、じゃあ、

 私が“このまま旅を続けたい”っていう答えを出したら?

 私の判断に任せるって言ったくせに、それは認めないって言うの?」


「それが姫の出した答えなら、私は従います。

 ただ、後で“やっぱり城へ戻りたい”と言っても遅いですよ」


「どうゆうこと?」


「国を捨てた姫に戻る城などない、ということです」


「なっ……!

 私、国を捨てるなんて言ってないわ」


「 〝このまま旅を続けたい〟と言うことは、そうゆうことです。

 国よりも、自分の自由を選ぶ、と」


「そ、それは……」


「ただでさえ、この状況は国際問題へと発展する事態なんですよ。

 誤魔化すとしても、3日が限度でしょう。

 あまり長く城を開けてから再び戻って来たところで、姫が居づらい思いをするだけです」


 私は、返す言葉もない。黙ったまま俯く私に、ルカが口調を緩めた。


「……すみません。言葉が過ぎました」


 たぶん、ルカの言っている事は正しい。長い間、城を不在にしていた王女が再び戻ったところで、私の居場所はないだろう。ましてや、婚約者候補の人達を招いている中、抜け出したのだ。もしかすると、戦争になって、国自体がなくなってしまう可能性だってある。


「……私、とんでもない事をしようとしているのね」


「だから言いましたでしょう。

 『よくお考え下さい』、と」


改めて自分のしようとしている事の重大さに気付き、私は身を竦めた。

城を出ると決めた時から初めて、怖いと感じた。


「そうね……よく、考える事にするわ」


 私の口調があまりに重く聞こえたのだろう、ルカが明るい口調で言い足した。


「まぁ、あまり構え過ぎても、良い答えは出ません。

 ただ、姫の選択が決して軽いものではない、

 という事だけ念頭においてくだされば、それで良いのです」


 〝良い答え〟とは何だろうか。

 〝正しい答え〟と、どう違うのだろう。

 私は、ちゃんとした答えに辿り着けるのだろうか。


(……だめだめだめっ!

 もう流されないって、決めたんだから!)


「姫、大丈夫ですか?」


 少なくとも、0だったところに、3日間も考える時間ができたのだ。それだけでも、私にとっては希望の光だ。


 私は、悪い考えを振り払い、ルカに笑顔を見せた。


「ええ、大丈夫よ。

 ありがとう、ルカ」


「……いえ、姫を傍でお守りし、支えることが私の役目ですから」


「ううん、そうじゃなくて」


 言い直した私に、ルカが不思議そうな顔をする。


「私の気持ち、ちゃんと聞いてくれたから」


 その瞬間、ルカの顔がぱっと赤くなった。


「お姫様だから、って頭ごなしに叱らずに、

 ちゃんと“私”の気持ちを聞いてくれるのなんて、ルカだけよ」


「姫……」


 いつもルカは、私の言おうとする事を理解して、それを受け止めてくれる。


(ルカが居てくれるなら、安心だわ)


 私は、自分でも気が付かないうちに、不安を感じていたようだ。ルカが一緒だと解ると、気張っていた肩の力が抜けたようだった。


 ルカに本心を話して良かった。

 そう、心から思った。

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