第7話 譲れない想い

 ルカを見た。何か適当なことを言って、誤魔化そうかとも考えた。

 でも、ルカの焦げ茶色の目が私を真っすぐ見つめている。


(……ダメ。どうしても、ここは譲れない。

 でも、だからと言って、ルカに嘘は付けない)


 ルカは、私が小さい頃からずっと傍で守っていてくれた、大事な友人だ。


(……ルカに言おう。私の本心を。

 長い付き合いだもの。きっと解ってくれるわ)


 その時、風が優しく私の背中を押してくれた。まるでお母様が私を応援してくれているようだ。

 私は、心を決めて、唾を飲み込んだ。


「ルカ、私……

 …………私、行けない」


 それを聞いても、ルカの表情は変わらなかった。私の答えを予め予想していたかのようだ。


「どうしてもやりたいことがあるの。

 だから……お城には帰りたくない」


「やりたいこと?

 それは、今やらなくてはならない事なのですか?」


「ええ、そうよ。

 婚約してしまってからでは、もう遅いの」


 ルカが眉を寄せる。


「それは一体どういう意味です。

 姫のやりたいこととは、何なのですか?」


「自分の力で、私の王子様を見付けることよ」


 真面目に答えたつもりだったのに、ルカは、呆れた様子で天を仰いだ。


「……姫。姫の王子様は、既にお城にお集まりです。

 まずは彼らとお会いになられてから、姫が気に入られた方を選べば良いのですよ」


「それじゃダメなの。

 それじゃ、意味がないのよ!」


 ルカは、訳が分からないといった顔で、首を横に振る。

 私は、次の言葉を探したけれど、気持ちばかりが先走り、上手い言葉が見つからない。そんな私の様子を見て取り、痺れを切らしたルカが口を開いた。


「国よりも大事なことがある。

 だから、城へは帰れない、と?」


 ルカの言葉が私の熱くなった頭に冷や水を被せる。


(……国よりも、大事?

 私の王子様を捜す事が、私の生まれ育った国よりも大事なことなの?)


「……姫、どうか正直にお答え下さい。

 何故、今になって城を抜け出したりしたのですか?」


 そう言った、ルカの口調があまりにも優しくて……

 でも、少し寂しそうで……。


 〝何故、今になって……〟


 確かに、今まで私は、この婚約の話を承諾していた。この国の王女として、当たり前の事だと思っていたからだ。嫌だと言う機会は、いくらでもあったのに、それをしなかった。


「…………夢を、見たの。幼い頃の」


 物語の中で、お姫様を助けに来てくれる王子様。


 それじゃあ、私の王子様は?


「幼い頃から、私には決められた相手がいるって聞かされてて。

 私は、その人が私の王子様なんだって、ずっと思ってた」


 〝何故、塔に閉じこめられたお姫様は、

 自分から王子様を捜しに行こうとはしなかったのかしら〟


『そうゆう物語なんですよ』


 いつも同じ、決められた物語。それだけでは、なんだか納得できなくて、ふて腐れてみた、幼かった私。


 誰かに決められた、顔も知らない婚約相手。私の人生そのものが、まるで誰かに作られた物語のよう……。


 その思った時、ふと見てみたくなったのだ。自分の物語を。

 誰かに決められた道ではなく、自分で歩く、未来の自分の姿を。

 それが一体どんな物語になるのか、知りたくなった。


「私は、レヴァンヌ王家の正統な血筋をひいている唯一の王女。

 だから、国の為に私が婚約をする事は、ごく自然で、それも必要なこと。

 でも……」


 ルカは、無言で私の言葉を聞いてくれている。

 だから、私は落ち着いて、そのまま話を続ける事ができる。


「……でも、気付いたのよ。

 私は、王女である前に、一人の女なんだってことを」


 姫として生きてきた16年間。私は、いつの間にか夢を見ることを諦めてしまっていた。ただ与えられた役を演じ、流されて生きるのが楽だったからだ。

 〝姫だから〟という理由で、自分の未来からも逃げていた。


「今更って、思う。ご招待した王子様達にも失礼だとも。

 許されない事だっていうのも……解ってる。

 それでも、もう一度夢を見たいの……!」


 あの物語の本を開いた時、私は……諦めてしまった筈の夢を垣間見てしまった。


 忘れていた筈の……いいえ、無理やり忘れようと努力した夢のパンドラを開けてしまった。そして、想いが溢れて、止まらなくなった。


「お願い、ルカ。私に時間をちょうだい。

 1週間……ううん、3日でいいわ。

 姫としてではなく、自分の未来のこと、よく考えたいの」


 しばらく沈黙が続いた。ルカは無言のまま、表情を崩さないでいる。


(やっぱり……ルカには、解ってもらえないの?)


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