第39話 勇者、拠点に立つ。
◆
――それから一週間後の夕方。
職訓にて訓練を終えた俺は、ギルド創設に勤しむラウルに呼び出されて、俺たちの拠点となる予定の、再建中のラウルの酒場へ向かった。
「うーす」
新しくなった扉を押して中に入ると、カウンターにはすでに待機していたラウルと王子、厨房にはマゼンタ婆さん、中央のソファには小型端末を弄りながら寛ぐシド先輩、ホールの隅にあるソファには職訓の制服――ロングコートに短パン、ロングブーツ姿だ――で魔導書を広げるアリアの姿があった。
「あ、きた。こっちですアッシュさん」
「ちーっす♡」
「……」
俺の到着に気づき、軽めの挨拶を投げるラウルとシド先輩、無言の視線を投げてひらりと手を振るアリア。そして、
「お、きたか」
すぐさま手を挙げて俺を呼ぶ王子。
「すんません。筋トレに時間くっちゃって……」
「訓練優先だし構わん。それより『例の手続き』、滞りなく終わったようだぞ」
俺が侘びながら王子のそばによると、王子は早速、俺に向かって重要書類を差し出してくる。
「え、『例の手続き』って、ギルド開設に関するヤツすよね? もう冒険者ギルド協会からの認可、降りたんすか??」
差し出されたものを受け取って半信半疑で視線を落とすと、書類には確かにギルド協会および、ヴァリアント国の国印までもが入っている。
おそらくラウルが、一連の手続きを迅速に進めてくれたのだろう。想定外の速さだ。
「ああ。ギルドマスターはラウル、創設メンバーはアッシュを筆頭にシド、俺、アリアの四人だ。まだ冒険者免許がないから、全員、職訓生として登録してある」
頷きながら該当箇所の記述を目で追いかける。王子とアリアは特例措置が働いているのか偽名のままの記載で、俺とシド先輩とラウルは本名が記載されていた。
「おおー。そっかあ。俺、こういう手続き苦手なんで、マジで助かるっす」
「うむ。ちなみにギルド名は『
「でたー。王子の大好きなキャットファング、幻のカラー!」
「巷のギルドでは『
なんかちょっと違う気がするんだけど……得意そうな顔してるし、まぁいいか。
「うす。レアっぽくてなんかいいかも」
「そうだろう」
ネーミングセンスはともかく、ついに俺たちのギルドが本格的に始動するのかと思うと、なんだか感動で胸が熱くなる。俺は書面に記載されたメンバー名を繰り返し眺め見て、目を細めた。
「俺に、シド先輩に、王子に、アリアに、ラウル……これが創設メンバーか。うん、いい感じっす。『俺たちの戦いはここから始まる』みたいな」
「もう始まってるけどな。……だが、まあ、その感覚、わからないでもない」
うんうんと頷く俺に、同調してくれる王子。
なお余談だが、シド先輩の本名は『ルシード・フォンデュ』っていうらしい。たった今、書類を見て知ったんだけど、なんか美味そうな名前だ。
とまあ雑感はさておき、そのまま視線を滑らせて全員の名前の脇に書かれた職業欄をチェックする。
俺は戦士。シド先輩は吟遊詩人。王子は薬師。アリアは剣士。
「……って、シド先輩はやっぱり『魔法使い』じゃなく『吟遊』での登録なんすね」
「あー、それは……」
「もち♡ 職業としての『魔法使い』はもう廃業〜。 俺は『吟遊のシド』として全世界に自分の名を刻むって決めてんの」
話、聞いてたのか。
俺の呟きに反応して、ソファに座ったまま声だけを投げてくるシド先輩。
「はは、そっかー。なんかもったいない気もするんすけどねえ。でもまあ、こればっかりは本人のやる気次第だがら仕方ないか……」
割り切って苦笑する俺。仕方のないことだとはいえ、でもどう考えても昨今の世の冒険において『魔法使い』は必須のように思う。だってほら、ダンジョンなんかによっては、剣が全く無効になってしまうパターンもあるって、戦士コースの教官であるヨボヨボのじーさんが言ってたし。
あらゆることを想定すると、今はともかく、ゆくゆくはどこかからそれなりの『魔法使い』を引っ張ってくるか、あるいはシド先輩をその気にさせて復職させるしかないだろう。
「……んで、アリアは『戦士』じゃなくて『剣士』なんすね」
次いでこぼした俺の呟きに、魔導書と睨めっこしていたアリアが顔を上げ、ホールの隅から声を投げた。
「俺は再履修みたいなもんだし、使用する武器ももう決まってるからな。戦士コースの基礎カリキュラムさえ終われば、復職者向けのスキップ試験を利用させてもらって、まずは中級者向けの『剣聖コース』に飛ぶつもりだ」
「へえ。そんなこともできるんすね、職訓て」
「無論、ある程度は殿……ゴホン。イルさんの計らいもある」
「ああ、そっか。やっぱり……」
――そう。今さらだけれど、王子の計らいでアリアも今や職訓生だ。
いくら本体のアストリアがとうの昔に名門騎士育成学校を卒業済みだとはいえ、今の大聖女の姿では冒険者免許を持っていないから当然の過程ではあるが、何でもかんでも優遇措置を適用させず、再履修だろうがなんだろうが最低限の訓練だけは積ませようとするあたりが、さすがは王子である。
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