第25話 勇者、立ち上がる。

「そ、 そうなんすか……」


 腕を組んで眉を顰める俺に、カウンター椅子に腰掛けていた王子が、くるりと椅子を回して言った。


「『yellow horn』といえば……覚えていないか? 先日、俺とお前が某酒場で出会った時に、俺の案件を横取りしようとしてたヤツが、参入している優良ギルドのことだ」


「!」


 俺がダイコーンで戦った大男か。


「それなら覚えてますけど、王子、わざわざソイツのこと調べたんすか⁉︎」


「当たり前じゃないか。俺は気に入らないヤツはトコトン調べてぶっ潰す性分なんだ。奴についてはまだその実態を調査中だったんで泳がせている最中だったが……まさかこんなところで妙な縁を結ぶとはな」


 ふっと冷ややかに笑う王子の顔に、もはや魔王みを感じて思わず引き笑いする俺。


 そのイエローグループとかいう悪党組織の怪しい実態も気になるところだが、王子の執念も怖すぎるので極力怒らせないようにしようと密かに心に誓う。


「まあ早い話、冒険志願者から不当に金を巻き上げたり、雇った罪人を使って当たり屋のようなトラブルを仕掛けておきながら、何食わぬ顔で事件解決に身を乗り出し自ギルドの収益にしたり、金の力で小さいギルドを潰しまくったり、気に入らない養成学校やギルドはなんやかんや難癖つけて圧力や暴力で潰したりと、表面上は〝優良〟ぶってても裏では悪い噂の絶えない闇組織の一つだよな」


 シド先輩がポツリと漏らした補足を聞いて、俺はなんだか俄然やる気が出てきた。


「え、マジでクソなヤツらじゃないっすか! そんなん許せないし、ぶっ飛ばしてやりましょうよ!」


 俺が鼻息荒く拳を握りしめたところ、女将さんが目を輝かせる。


「おお。やってくれるのかい?」


「もちろんっす。俺、顔馴染みの酒場で、そういう柄の悪い奴らの対処をよく手伝ってたんで、チンピラみたいなヤツらだったら割と耐性はある方なんすよね。だから、きちんと準備さえ整えれば、割といけちゃう気が……」


「ふむ。確かに捨ておけない案件ではあるが、正攻法で進めたところで、そう簡単に解決するかどうか……」


「相手が相手だからねー。コーハイくんが泣きを見るに一票♡ ま、面白そーだから俺はどっちでもいいけど」


 相変わらず軽い調子で前向きな返事をした俺だけど、王子やシド先輩は冷静だ。


「ありがたいねえ。ただ、注意しておくれよ? 奴らは本当にタチの悪い連中なんだ。これまでもたくさんの冒険者が受注して対処に当たってくれたんだけども、あの手この手で散々な被害に遭っていてね。アイツらの厄介なところは……」


 ――と。


 女将が逸る俺に注意を促すよう、声を潜めて助言を呈そうとしたところ、ガンガンガンと、店の扉が乱暴に叩かれた。


「マゼンタさーん。いるんでしょー。ちょっと話があるんですけど、出てきてもらえませんかねえー?」


 ひどく無神経でガサツそうな男の声だ。


 アリアは咄嗟に王子を庇うように身構え、それ以外の皆はこぞって入り口を振り返る。


「……きた。奴らだ!」


 女将さんが険しい表情をしている。俺は出口に向かおうとする女将さんを引き留めた。


「俺がいきます」


「危険だよ。アンタたち、受注に前向きになっているとはいえ、今日は話を聞きにきただけなんだろ? きちんと装備を整えてからにしたほうが……」


「でも、そうしてる間に女将さんがやられちゃったら洒落にならないじゃないっすか」


 確かに今日は、話を聞くだけのつもりだった。


 午後には俺も王子もシド先輩も職訓で訓練があるし、そもそも破格の三百万案件だ。実際に引き受けるにしても、それ相応の準備が必要だとは思っていた。


 資金には限りがあるので、内容を聞いた後に可能な範囲で最大限の装備を整えることを想定していたため、現状は丸腰に近い。唯一、訓練校で配布された訓練用の木の棒が一本あるぐらいだ。


 シド先輩も弦楽器一本背負っているだけだし、アリアや王子においては手ぶらである。全員、マジでポンコツの極みといって過言ではない。


 女将さんも冒険者を囲う酒場を経営していただけに、俺らの装備品には目敏くチェックを走らせていたようだ。


「う〜ん……じゃあ、ひとまずそっちの倉庫部屋にある武器を持っていったらいい。常連さんからの預かり物で、大した質も数もないけどね。丸腰よりは役に立つはずだよ」


 と、そう気を利かせたようにそう提案してくれた。


 俺はありがたく頷き、アリアに視線を投げる。それまで始終無言だったアリアは、やや躊躇うように視線を這わせたのち、唇をかみしめて静かに頷いた。


「マゼンタさーん。いないんですかァー。扉、無理やり開けちゃいますよぉ〜?」


 俺とアリアが隣室から手頃な武器を携え、ホールに戻る。その間もずっと、男のやかましいがなり声が続いていた。


「危険なので王子は下がっててください。シド先輩は、女将さんと王子をお願いします」


「あいよ〜♡」


 喉にスプレーをかけて(歌う準備か?)いるシド先輩や、神妙に頷く王子、浮かない顔で俺に続くアリアに素早く目配せをした俺は、再び前を向き、意を決してその扉を開け放った。

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