第10話 勇者、一抹の不安を覚える。
◇
入り口入ってすぐ、ホールの中央にある受付窓口に向かってまっすぐに突き進むと、俺は、中にいた受付嬢と思しきおばあちゃんに声をかけた。
「あの、すんません」
「あいあい。なんだいねおまいさん。お客さんけ?」
「えっと、入校志願者なんすけど」
「ふぁ? おやおやまあ、うちへの志願者だなんて物好きな若造がいたもんだねえ」
「は、はあ……」
「近ごろは羽ぶりのいい優良学校とやらに、新規の志願者がみーんな流れちまってのう。いくら国営とはいえ、このままじゃうちも店じまいになっちまうんじゃないかと危惧しとったとこなんじゃが……ふぁふぁふぁ」
「……」
アレ? 受付に話ついてるんじゃなかったっけ、と疑問に思いつつも、おばあちゃんの豪快な嘆きっぷりにちょっと肩の力が抜ける。
おばあちゃんは丸椅子に座って足をプラプラさせたまま、差し出された俺の推薦状を手に取った。
「どれどれ……うーん、読みにくい文字だねえ」
字が見えないようで机に手を這わせて何かを探しているんだが、眼鏡なら頭に乗っている。それを指摘してあげようか、それとも、推薦状、逆さまに持ってますよと教えるべきか迷っていたところ、奥の方から、二十代半ばくらいの男性が出てきた。
「あれっ。ちょっと事務長、何やってるんですかっ」
「ふぁ?」
「え」
じ、事務長……だと⁉︎
俺はやや飛び退きつつ、ちっちゃいばあちゃんを見る。
年齢的にはうちのヴァニラ村の村長よりも上に見える。外見もあまり事務長っぽくはないのだが……。
「すみませんお客さん。自分が受付なんですが、ちょっと席を外してた間、気を利かせて事務長が留守を預かってくれていたみたいで……」
「は、はあ……」
「でも確かこの時間は、兼任されている就労支援課の方で特別セミナーのはず。……事務長⁉︎ ダメじゃないですか。セミナー開催時間、とっくに過ぎてますよ??」
「おー、そういやそんなもんもあったか。すまんの、歳とると忘れっぽくなっちまってのう。最近はアレコレ兼務させられて何が何やら……」
「……」
ばあちゃんはブツブツと文句を垂れつつ椅子からぴょんと飛び降り、テロテロと牛歩並みのペースで事務室を出て行く。
事務員の男性はやれやれと苦笑した後、こちらを見た。
「すみません。うちの事務長、昔は腕利の冒険者で、この辺りでもそれなりに顔の利くすごい人なんですが、ちょっとそそっかしいところがありまして」
「……は、はあ」
そそっかしいというより、単なるボケでは……と言おうとしてやめた。
大丈夫なのか、この訓練校。
それが率直な感想だ。
「……っと、もしかしてアッシュ・エヴァンスさんですかね?」
「あ、はい、そうっすけど」
「ああ! 話は聞いています。もういらしてたんですね! 事務長にも今朝、エヴァンスさんの件を伝えたはずなんですけど……忘れちゃってるのかな」
「……」
「いやあ。それにしても、イメージと違って随分今風のイケメンさんですね。ささ、どうぞこちらへ!」
「ど、どうも……」
俺のことはともかく忘れてるってあのばーさん……いやこの訓練校、まじで大丈夫なんだろうか。
漠然とした不安に駆られながらも、後に退くことはできない俺は、大人しく事務員の指示に従って入校の手続きを進めた。
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