第11話
灰色の花が、一面を覆っている。
歩を進めるたびその花弁が散っていく。
それが、なんだか悲しくて、できるだけそっと歩くように努める。
しかしそれによって、散る花弁の多さが変わっているのか分からない。
幽憐花。
花は、好きでも嫌いでもない俺だが、この花だけは好ましく思っていた。
きっと、花の色がアシュリスを思い起こさせるからだ。
森の中ぽっかりと開けたその場所は、ナイフの特訓を受けた時に使った場所だ。
幽憐花が群棲しており、まるでここにだけ誰にも知られずに雪が降った様になっている。
幽憐花、そういえばメイさんに取ってくるよう頼まれていたいた。
とはいえ、今のバックパックはいっぱいだ。
帰り際にもう一度ここに来ることにしよう。
今朝、俺はアシュリスに揺り起こされ、先にいつもの場所で待つように言われた。
その様に言われたのは、ミライさんを町の外に出すためだ。
町を出入りする門は、上層側にしかなく下層民が外に出るのにも、一度上層を通る必要がある。
例え、下層民であっても、町の出入りの際のそこにいる衛兵への身分証の提示は絶対だ。
懸賞金の掛かっている、ミライさんはそういった一般的なルートは使えない。
詳しくは知らないがそういう、つてをアシュリスが持っているのだろう。
「待った?」
「今、来たところですよ」
心なしか顔色の悪いミライさんを連れた、アシュリスと、合流する。
「……あの大丈夫ですか?」
「……ウチ…空飛ぶん怖い」
なんだかよく分からないが、町を出るときに酷い目にあったらしい。
「ごめん、ごめん私の魔法が下手くそなせいで怖い思いさせたね」
そう言いながら、アシュリスがレイさんの頭を撫でる。
なんというか居心地が悪い。
白と黒、対照的な髪色の女性が花畑で寄り添い合うその光景はすごく絵になっている。俺は、なぜか透明になりたいと言う衝撃にかられる。
「じゃっ行こっか」
急に、ポワポワモードを解除したアシュリスに話しかけられ、反応が遅れるもののなんとか『はい』と返し立ち上がる。
こうして海を目指す小さな旅が、幕を開けた。
木の根に足をとられないよう、注意しながら森の中を進む。
海へは、直線距離で行けば1日も掛からずに往復出来る。
しかし、現実にはそうはいかない。
魔獣、人間を積極的に狙う性質を持ったおり、未だ町間の移動を難しくしている要因でもある。
魔獣は、町から離れるほどに強さと数を増す。
ゆえに、町の外の領域は町からの距離によって1から3のレベルに分けられている。
海を目指す為には、レベル2領域に侵入する必要があった。
アシュリスの魔力探知によって、ある程度魔物との戦闘をあらかじめ避けられるものの、その為の大回りが必要となる。
この3日間の旅はかなりシビアなスケジュール上に成り立っていた。
そのため道中にほとんど会話はない。
会話らしい会話といえばアシュリスが水を飲むように言い、それに対し俺とレイさんが『りょーかい』だったり『うぃー』だったり各々、適当に返事するだけだった。
小休憩と昼食を挟みつつ日が暮れるまで歩き続け、適当な場所で腰を下ろす。
足がじんじんと疲労を訴えて来る。
それなりに森に入る俺でも、疲労を感じるのだから。
森を歩き慣れていないレイさんには、かなりの苦痛だろう。
そう思い横を見やると、木にもたれかかりぐったりしてしまっているレイさんの姿があった。
それでも泣き言一つ言わないのは、彼女が大人だからだろうか、それとも、そうまでして海を見たいからだろうかそんなことを考える。
アシュリスが組んでいた木にポンッと魔法で火を放ち、焚き木を完成させる。
三人分の影が森に伸びる。
こうして火を囲んでいるとアシュリスに最初にあったことを思い出す。
「……スイカさん、お話があるんですけど」
「……どうしたんですか?アシュリスさん改まって。気持ち悪いですよ」
「なっ……君だって会ったときから私のこと、さん付けのくせに」
「それとこれとでは、話が違います。で、どうしたんです」
「いや……私、昨日のことよく覚えてなくてさ変なこと言ったりしてなかった?」
恥ずかしそうに指を絡ませながら言う。なるほど、そのことか。俺も後からそれとなく聞き出そうとしていたのだ。
しかし、この様子ではどうやら昨日のことは、きれいさっぱりらしい。
つまり、昨日俺が彼女に対して重いと言ったことも無くなっている。
これでミライさんさえ黙っていてくれれば、この事実はないも同然だ。
そうした俺の意図が伝わったのか、レイさんは弱々しくもこちらに向かってサムズアップをしてくれた。
こちらも、サムズアップで返しておく。
「なにもなかったですよ」
「よかった〜」
緊張の糸が解けたようでそのままヘナヘナと木にもたれかかる。
「あっ……香を炊いてくるね。後は、若い二人に任せる」
誰目線なんだよ。
アシュリスは再び立ち上がり、風上の方へと歩きさってしまった。
どうやら、余計な気を使わせてしまったらしい。
彼女が歩きさった方向になんとなく目を向けていると
「〜♪」
何処か聞き覚えのある旋律だ。
「その曲なんでしたっけ」
「この曲は、海だよ」
そうだったそんな簡単なことも忘れてしまっていた。
「なぁ香ってなんなん」
とミライさんに袖を引っ張られる。
「猪とか熊とかの獣避けの香のことですよ。別に町の外には魔獣しかいないわけではないですから」
「なるほど、ウチなんも知らんのやなぁ」
「……知らなくていいこともたくさんあると思いますが」
「それはそやけど、これはうちが知ろうとせえへんかっただけやろ……いや知ろうと思えんかったんか」
最後のは、きっと彼女の独り言だ。
その証拠に、彼女は俺の目を見てはいない。
「アシュリスさんには悪いですけど先に食事にしましょう。お腹すきましたし」
暗い雰囲気になりそうだったので、無理やり話題を変えることにする。
バックパックから干し肉とレーションを取り出し、彼女に渡し自分の分も取り出す。
「いただきます」
「……いただきます」
レーション、焦げ茶色の粘土の様なそれを見て、俺は内心ため息をつく。
いつも、食事は味気ないと感じつつも好き嫌いなく食べている。
しかし、これだけは明確に嫌いだった。
形容しがたい脂の味が、舌を侵す前に、水で流し込む。
その作業を、繰り返す。
「ごちそうさま」
レーションの残りの半分をどうしようかと、苦戦を強いられていた頃に、ミライさんにそう言われ思わず目を剥く。
「……早いですね」
「よぉ言われよった。ウチ早食いやから」
「いやそうじゃなくて、これ不味くないですか」
「……確かに、おいしくはなかったけど、食べれんことはなかったよ」
まじか、俺的には食べ物として認識することもできないレベルなんだけれども。
「スイカは好きなものは最後に取っておくタイプなんやね」
ミライさんが楽しそうにそんなことを言う。
「……普通じゃないですかね」
「ウチは先に干し肉の方食べたけど」
「……そうですか」
今まで意識して来なかったが、そうらしかった。
言われてみれば確かに意思を持って、レーションから食べることを選択した。
(そうか、俺って好きなものは最後に取っておく人だったんだ)
こうしたことを知れたとき、俺は自分自身を取り戻したような、気がして嬉しくなる。
このことを話せば、彼女は共感してくれるだろうか。
「……ありがとうございます」
「……なにが?」
「気づかせてくれたことについてです。こういうことはたまにあるんです。魚をきれいに3枚に下ろせたり、りんごをうさぎの形に切ってしまったり、それを知るたびに俺は自分自身に安心する」
「そう…なんや」
どうやら共感は、得られなかったらしい。
やはり、俺と彼女の傷口は厳密には違う。 そこでしばらく会話が止まり、俺はレーションの残りを食べる事に集中する。
会話をしていると、どうにも食べるタイミングを失ってしまっていた。
焚き木によって、ちらちらと形を変える彼女の影を見つめる。
「これ食べてください」
レーションを食べ終わったタイミングで、俺は言った。
干し肉を、半分にちぎり断られない様、押し付けるみたいにして渡す。
存外、素直に受け取ったミライさんには戸惑いの表情が見える。
「お腹いっぱいですしそれにレーションよりも干し肉の方が美味しいですから」
言い訳のように言葉を並べる。
「美味しいのに人にあげてまうん?」
「……俺は美味しいのを後に残したほうがいいって思っているんで」
「……さよか」
ミライさんは、干し肉をゆっくりと食していく。
俺もそれに習った。
ちびちびと干し肉を食べる彼女の姿を見て、自己満足に浸る。
「……君はウチといっしょに世界の全てと戦ってくれる?」
唐突だった、それに意味もわからない。
少なくとも彼女が、それほど大きな運命を背負っている様には見えなかった。
しかし彼女の目は、真剣そのものだった。その言葉の意味を、理解したいと思った。
紛れもない本心だ。
それなのに俺は、彼女から目をそらしてしまう。
その方向はアシュリスが、歩いていった方向だった。
正しくないとわかりながらも、俯いて二度とレイさんに目を合わせられなくなってしまう。
「大切なんやね」
その言葉にハッと顔を上げる。
彼女の笑顔が痛かった。
「……違いますよ。……俺はみんな大切で、もちろんミライさんのことも」
今度は、彼女から目を逸らされる
「……ウチはもう寝る。おやすみ」
横たわった背中しか見えなくなる。
「……はい……おやすみなさい」
なにか取り返しができない失敗をしてしまった、その感覚が毒の様に身体の中を回っていた。
どれぐらいそうしていただろうか、気がつくと彼女の、規則正しい寝息が聞こえていた。
実際のところ、かなり疲れていたのだろう。
ザザッと言う木の枝が擦れる音が聞こえ反射的にナイフを抜く。
「……アシュリスさん」
俺は泣きそうな顔をしていたように思う。
アシュリスは寝ているミライさんを見やると、起こさないように向こうで話そうと誘って来る。
焚き火から、15メートルほど離れ木にもたれかかりながら話しをする。
「ずいぶんと遅かったですね」
「……ちょっと、香の調子が悪くてね」
今さっき考えたであろう言い訳はなかなかに酷い。思わず笑ってしまう。
アシュリスは、嘘が下手だった。
「……なにか聞いてほしそうな顔をしてました?」
「うん、してた」
即答される。
最近の俺は感情が顔にですぎなのだろうか。
そうでないのならば、アシュリスとの付き合いが長くなったせいで、彼女が俺の感情の変化に機敏になってしまっているのだろう。
そのどちらが正解かは俺にはわからなかった。
「……何を話せばいいのかわからないんです。」
彼女の誘いに乗ったのは俺だが、そもそも言語化できそうにない。
もしできたとしても、それは一人で悩むべきことの様にも思った。
「……そっか……分かったら私に聞かせて…帰ったあとでもいいから」
「……了解です」
嘘を付く時、俺はどんな表情をしているのだろう。
その夜、俺は上手く眠れなかった。
きっと頭上の星が多すぎる空に気づいたからだ。
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