会ってよ
佐々井 サイジ
第1話
脚に人間が縋りつくとこんなに重く感じるのかな? 飲み会が楽しすぎていつもより飲みすぎてしまった。お酒を飲むと脚の疲労が凄まじいからいつも控えていたのに。しかも終電を逃してしまった。まあ社長がタクシー代を出してくれそうなかんじだったから半分意図的に逃したかんじではあるけどね。
ただ、寺橋くんと同乗するのは予想外だったな。なんとなく同じ方面の地域に住んでいることは知っていたけど、これだけは避けたかった。アルコールのせいで危険意識が緩んでいたのかもしれない。
「揺れるけど大丈夫? 気持ち悪くない?」
「うん。大丈夫」
寺橋くんが背中に伸ばしてくる腕を、前かがみにすることでさりげなく回避した。寺橋くんが私に向けてくる好意はあからさまで、それはもう迷惑なものだった。でもあからさまに冷たくあしらったら何をされるかわからない。お酒に酔っている頭でもそれくらいはわかる。
「あのさ」寺橋くんは言った。「俺、藤本さんのこと好きです。付き合ってほしいです」
まさかタクシーの中で言われるとは。いつか告白されてしまうとは思っていたけど。
「ごめん。気持ちは嬉しいけど、私彼氏がいるから」
これから蓮が待つアパートに帰るということを言ってしまえば完全に諦めるだろうか。でも歪んだ嫉妬心が暴発して襲われるかもしれない。浮かんだ言葉を体の中に押し戻した。
「じゃあ、彼氏さんと別れたら俺と付き合ってほしい」
「いやあ……」
さすがに別れる前提で言うのは失礼過ぎない? しかしこの密室の中で妙な反論をして攻撃を加えられたら危ない。私は適当に返事を濁し、家よりかなり手前のアパートにタクシーを止めてもらった。タクシーが見えなくなるまでアパートと真逆の道を歩き続けた。脚に重たいバンドを巻いているようなだるさが取れない。今すぐパンプスを脱いでしまいたかった。
ここから歩けば二十分ほどかかる。今日は高さのないパンプスを履いているとはいえ、アルコールが脚に来て、異常な疲労感がまとわりついている。でも自腹でタクシーに乗るのはもったいない。そもそも通り過ぎるタクシーはみんな緑色の〈賃走〉を浮かべている。
「ただいま」
パンプスを玄関に脱いだままにして四つん這いで部屋まで移動し、連の座るソファーに突っ伏した
「かなり酔ってるね」
「楽しかったよ。でも疲れた」
連の膝に頭を預けると、優しくなでてくれた。こういうだらしないところを見せても優しくしてくれるのが好きなところなんだよね。連がつけていたテレビにはサブスクのドラマか映画が映っている。私が見たことのないものだった。
インターフォンの鳴る音がし、蓮が私の頭を支えながら立ち上がった。もうすでに日付が新しくなっている。明らかに不穏な予感が漂う。
「美香、ちょっと見て」
私は手に力を入れるとソファーに沈み込んだ。なんとか立ち上がってインターフォンを見ると、寺橋くんがカメラを覗き込んでいた。
「誰かわかる?」
蓮が低い声で私に言った。疲労感に苛まれた脚は硬直し、背筋に冷たいものが流れた。
「知らない……」
「怪しいから居留守使おう。ってかこんな時間に来るとか怖いな」
時間が経過して切れた画面をもう一度つけると、寺橋くんの姿は消えていた。
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