第54話

 視線をテーブルの際にし両陛下の唖然とした顔を見ないようにしているカイザーは淡々と話を続けた。


「我が息子ですが、公爵領の領民の将来を担うに値する器ではございません。領民の苦しむ未来が見えるにも関わらず息子を後継にすることは、私にはできません。

息子を後継者に指名しなくてはならない時期となる前に爵位を返上したいと考えます」


「ならんならんならん! それはならん!」


「しかしながら、私どもの教育不備が原因でございますので責任を取るべきかと存じます。我が妻も、そして娘アリサも同意しております。息子ズバニールは首に縄をつけてでも連れて参りますゆえ、ご安心くださいませ」


「ま、まさかもう準備ができておるのか……」


「とんでもないことでございます。我らはこれまで公爵位に相応しくあるよう邁進してまいりました。ですから我らが一文無しになろうとも領民を幸せにできる領主を望んでいるだけです。そのため即座に退くことができる決意をも持ち合わせております。是非今日よりオルクス公爵領管理者の選定を進めていただきたく存じます。我らも一週間もあれば退去いたしますゆえよろしくお願い申し上げます。

では爵位返上の手続きがございますゆえ下がらせていただきます」


 カイザーはキリっと立ち上がると深々と頭を垂れてからソファを離れた。

 決意の籠もるカイザーの眼力に折れたのは国王陛下だった。


「わかった! わかったから落ち着け! とにかく座れっ!」


『オルクス公爵位が空位になるなどあってはならない。あの広さの領地を束ねる能力がありそれを持っても危険思想を持ち合わさない者がざらにいるわけもない。ならば分割となると管理人の数も揃えるのは容易ではないし、分割してしまうと貴族たちが取り合いをするだろうから混乱の火種にしかならぬ』


 座り直したカイザーは目を伏せていて視線が合わない。


『何より参謀宰相としてのこの男を信頼しているし失いたくはない。宰相を務めながらあの領地を統べる能力は本当に驚嘆に値する。

どうやらその能力は娘にのみ継承したようだ。その娘に後継させるべきだというのは理に適っているし、国への誠意と忠誠心のためと言える』


 目だけを王妃陛下に向けると王妃陛下は力強く首肯した。


「わかった。だが、法案を上げたとしても貴族議会を通すには時間がかかる。そなたの言う時期には間に合うのか?」


 独裁国王ではないので貴族法になるまでには通すべきことが数多ある。 


「わたくしが全面的に助勢いたしますわ。わたくしの生家である侯爵家も賛同するでしょう。それに陛下ももう一人助勢していただけそうな者をご存知でしょう?」


「だが、かの家はすでに養子を取り後継者として教育し、かなり優秀な者に成長していると聞いている」


「ワイドン公爵家次代は上手くいきそうだというだけです。常々、女性当主が認められていれば選択肢がどれほど多くなるかと憂いておりましたわ。目先のことが首尾良くいったからと思考を止める方ではございませんでしょう」


「我が国の上爵位当主が忠義がありかつ思慮深い者たちであることは誠に果報なことだ」


「とんでもないことでございます。両陛下の寛大なお心とご配慮に報いることが臣下の努めにございますれば」


「生家へは早々に連絡いたしましょう。ワイドン公爵への繋ぎはオルクス公爵に頼んでもよろしいかしら?」


「もちろんでございます」


 こうして根回し万全である法案は速やかに可決されることになったが、王妃陛下の判断で発表はしばらく保留である。

 理由は表沙汰にしていないがキャリーナが第一王子の婚約者となることはほぼ決定しており、その婚約発表と同時期にその法案の発表もするためである。キャリーナはすでに王太子妃教育もスタートさせ婚約発表時には有無を言わせぬための準備をしている。王妃陛下の補佐官という建前があるため王城へ来ていることを不審がる者はいない。


 法案はすでに可決されているのでカイザーはアリサを後継にするべくこれからの進め方を熟考していく。

 ワイドン公爵はこの法案の協力者ということもあり早々にアリサがサンビジュム第一王子の本物の婚約者になりえないことを把握する。それを踏まえてエイミーとケネシスとともに今後のワイドン公爵家について話合うと、ケネシスの恋心とエイミーが後継者になる気概があることがわかった。そのため、第一王子の婚約発表と女性当主容認発表とともにエイミーを次期当主にすることにした。こうしてエイミーは女性当主第一号となることになった。

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