第30話

「アリサ。遅くなってすまないな」


 少し年上と思われる大変に麗しい青年がアリサに笑顔を送った。


「ルナセイラ第二王子にご挨拶申し上げます。お忙しい中お時間を合わせていただきありがとうございます」


 会場にいる者たちはアリサの言葉に合わせて礼をとる。声をかけることはアリサ以外にはできない……はずだ。 

 

「そのようなことは気にするな。今日のことは私も嬉しいのだから。みなも頭をあげてくれ」


 礼にならう者たちの中で異色なパレシャが騒ぎ出した。


「ルルルル、ルナセイラ!! 隠しキャラがなんでここにいるのよ!」


『私の本当の本命!! やっぱり超絶かっこいい!』


 パレシャの目の輝きが一段と増した。


『ここでルナセイラが登場って? もしかしてアリサってツンデレ?』


 パレシャがアリサを見るとアリサはパレシャの発言にフリーズしている。


 隠し攻略対象キャラクター第二王子ルナセイラ。

 キャラクターたちの好感度がある程度高いが誰も八十パーセントを越えておらず尚且つアリサの好感度が八十パーセントを越えていると出現するキャラクターがルナセイラなのだ。『夜空の星たちのコンチェルト』の隠しキャラにふさわしく王族であり超美形で才能に溢れる音楽家であり、名前も星より輝く『月』をイメージさせるものとなっている。優しげな青銀の瞳の微笑みとサラサラな青い銀髪は月の神が遣わせた化身のようだという触れ込みで、女性プレーヤーを宣伝用スチルだけで魅了した。

 ゲーム内ではアリサが王太子の婚約者となり王宮への茶会へ招かれると親友として同伴することになるヒロインパレシャは第二王子ルナセイラと運命的な出会いをするという設定らしい。


『ゲームのときはどうしても誰かしらの好感度が八十を越えちゃって会えなかったんだよ。会えたってことはアリサは私を好きってことじゃん!

生ルナセイラ。やばい! マジで神美形!!』


 アリサの好感度について考えてもズバニールの好感度が下がっているのかもしれないとは考えないパレシャが目をハートにしてルナセイラを見ているとそれを遮る者たちがルナセイラの後ろから現れた。

 テッドがルナセイラの前に立ちはだかりノアルがパレシャの腕を取り後ろ向きに押さえつける。


「おいおい。一応女性だ。手荒にするな」


「王族を呼び捨てにするなど不敬罪は誰の目にも明らかです。なんらかの意図を持っているやもしれません。後ろにいてください」


 テッドがルナセイラに背中を向けたまま説明した。


「まあそう言うな。非常識な令嬢であることはお前たちからの報告でわかっているのだから。

一度くらいは赦してやらねば小さい男と思われてしまう」


 爽やかな笑顔で爽やかな声であるから冗談なのだろうが護衛をしているテッドとノアルにとっては第二王子に怪我をさせるわけにいかないのだから笑えない。テッドは首を振って立ちはだかることを止めない意志を伝える。


「わかった」


 ルナセイラは渋苦笑いで了承した。


「大丈夫か?」


 テッドが声のトーンを変えて心配そうに聞いたのはアリサの友人でテッドの婚約者であるご令嬢だ。水たまり事件で自分の婚約者に対してパレシャが何かしらの悪意があると感じていたテッドは婚約者のことも気にしている。


「わたくしに対しては問題ございませんわ。詳しくは後ほどご説明いたします。テッド様はお役目をお務めくださいませ」


 ご令嬢の騎士家の嫁に向いていそうな発言にテッドは力強く首肯して再びノアルの方を向く。


「このままでいいからこちらを向かせてくれ。今後のために顔を覚えておこう」


 ルナセイラの指示でノアルは後ろ手をとったまま回ってパレシャとルナセイラを正対させた。


 パレシャは正面のテッドを睨みつけた。


「テッド! アンタまで裏切るの!? あんなに優しくしてくれたじゃないっ!

そもそも勉強嫌いなアンタがAクラスって変じゃん! それもすでに裏切りだよ」


 いちゃもんとしか言いようのない文句を並べた。


「ユノラド男爵令嬢が何もないところで転ぶから騎士として助け起こしただけだ。それ以上の他意は全くないし貴女だから優しくしたというつもりもない。転んだ者が誰であれ手を差し伸べる。

それに最近ではノアルや他の友人がその役割を代わってくれたお陰で貴女には触れていない」


 テッドがアリサの助言でパレシャを助けるようになったもののあまりにも頻度が多いのでノアルや友人たちがテッドと一緒のときにパレシャがやかすと彼らはテッドを制してパレシャを助ける役目を果たしていた。


「アイツらは私を荷物みたいに扱うじゃない。優しくしてくれたのはテッドだけっ!」


「チッ! 頭の可怪しいやつに対してはそれが本来の扱いになるとなぜわからないんだ」


「ノアル。お前は落ち着け。力加減を間違えるなよ」


 顔を歪ませて目の前のパレシャを睨みつけるノアルにテッドはため息とともに苦言を呈し、ノアルはイヤイヤそうに首肯する。


「俺は勉強嫌いではない。幼き頃は必要性を感じていなかっただけだ」


 テッドは真面目な顔でパレシャの質問に答えた。

 

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