第29話

 遠慮していたワイドン公爵令嬢エイミーであったがケネシスの説得により気持ちを変え、北部の辺境伯の次男を婿にしワイドン公爵家を後継する決心をする。

 数ヶ月前の王城パーティーではそれを公にするために令嬢夫妻がそのように振る舞い後継者であるアピールしていたことは社交界で大きな噂になっていた。夫妻は王都学園の卒業生ではないので王都での社交にハンデを感じている。そのためとても積極的に動いていたことも好感が持たれている。


 パレシャが『よるコン』でズバニールとケネシスを選ぶと悪役令嬢はメイロッテである。エイミーは『よるコン』では公爵家を後継する気持ちはなかったので公爵家後継者ケネシスの相手が男爵令嬢パレシャでは納得しなかった。そこで女性騎士に憧れる仲間であるメイロッテにケネシスの周りからパレシャを排除することを頼みメイロッテが悪役令嬢になる。


 それはあくまでも『よるコン』での話だ。ケネシスはワイドン公爵家後継者ではないしズバニールのことがあるにも関わらずメイロッテはパレシャと接点を持つ間もなく卒業していった。


 この世界でも『よるコン』でもケネシスの相手は決まっていない。


『それに僕の望みはワイドン公爵家当主ではありませんから』


 ケネシスが妖しく笑いズバニールは背筋を凍らせた。


「そんなの酷いよ! 私の気持ちを弄んだのね!」


「これはこれは予想の上をいくご意見で本当に勉強になります。

参考までにユノラド男爵令嬢のお気持ちとはどのようなものなのでしょうか?」


「ケネシスが好きって気持ちに決まっているじゃないの!」


 みなが絶句する。


『その衣装は誰とお揃いですかぁ……?』

『貴女が抱き合っていたのは誰ですかぁ……?』

『二つの公爵家を一度に敵にしてませんかぁ……?』


 それぞれ気にするところに差異はあれど『パレシャの本命ってズバニールではなくケネシスなのか?』という疑問は共通している。


 もちろんこれは当人も。


 ズバニールはパカリと口を開けてパレシャの横顔を見ていた。


「ははははははは!!!」


 ケネシスが腹を抱えて笑いだしそれにつれらたように招待客も小さな声で笑っている者もいる。


「ユノラド男爵令嬢。隣に目を向けてみてほしいですね。貴女の発言で唯一傷ついた方がいらっしゃいますよ」


「え?」


 パレシャは隣を見て顔を青くした。


「違う! 違うのよ、ズバニール様! 私は友人としてケネシスが好きってことなの!

男性として好きなのはズバニール様だけなのよ!」


 笑いを堪える声があちらこちらから漏れるが気落ちしていたズバニールにはパレシャしか見えていないしパレシャの声しか耳に届かない。


「そぉなのか……?」


 不安そうにパレシャを見てきたのでパレシャは音がしそうなほどびゅんびゅんと首を縦に振った。


「ケネシスなんかよりずぅーーーとずぅーーーと男らしいでしょう。それにすんごぉぉぉく優しいし。

とっても頼れるし、堂々としていてステキだし。

ズバニール様が一番好きです!」


 ズバニールがにっこり笑うのと笑いを堪えながらのケネシスが茶々を入れるのは同時だった。


「僕は二番でも十番でも百番でもお断りします」


 笑顔になりかけて再び引きつらせたズバニールはパレシャからの気持ちの価値に疑問を持ったようでケネシスを見て目を瞬かせる。


「それならアンタは黙ってなさいよ!」


「これはこれは『好きだ』と告白までした相手に随分なものいいですね」


 先程の言葉を蒸し返されてギリギリと顔を歪めるパレシャと優位さを示すように冷酷な笑顔のケネシスの間で目に見えぬ何かが燃えていた。


「ケニィ。もうやめておきなさい」


 呆れ笑いのアリサがケネシスの腕に触れそうなほど隣に来たのでパレシャはびっくりして声を張った。


「アリサ! 王妃になるアンタがそんなふしだらなことしちゃダメじゃん!」


「以前からそのお言葉に疑問を持っておりましたがそれはどういう意味ですか?」


「だからぁ! アリサは王太子と婚約するんでしょう。王宮に招かれるって言ってたじゃん」


「婚約者候補はわたくしだけではありませんわ。それにここでわたくしの口から王家について言及はできませんがわたくしは王太子殿下に嫁ぐことはないということは言わせていただきます」


「うそ! アリサがフラレるなんておかしいよ!」


「そういうお話ではありませんし、王家の判断に言及なさるのは控えた方がよろしいと思いますわよ」


「なんで? おかしいことをおかしいって言っちゃいけないの?」


「王家の決定は国王陛下が最終決定したものだ。それに対して疑問を口にするなんて王家への反逆の意思でもあるのかもしれないねぇ」


 爽やかでよく通るが聞き慣れない声に振り返るとそこには青みを帯びた銀髪をアシンメトリーにして同色の瞳を持つ美青年が騒ぎの中心へ歩いてきていた。

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