第21話

 メイドは持ってきていた木箱にそれらを詰め終わると護衛が再びパレシャを椅子ごと持ち上げて席に戻した。

 アリサの目配せで執事が同じような箱をパレシャの机の上に置く。


「こちらの文具をお使いくださいな。紋章が入っていないだけで質は同等の物ですわ」


「アリサ……。ひどいよ」


 家庭に金はあるクラスなのでわざわざ他人から施しのように多くの文具をもらっていることが理解できないため、パレシャが泣き真似を始めたがここにいる誰も同情しない。


「アリサ! 何をしているのだっ!」


 Eクラスの担任を押し退けて教室に乗り込んできたのはズバニールだ。パレシャのそれが演技であることを理解せずズバニールに報告に走った男子生徒が数名いるのだった。


「あら、お兄様。ちょうどよかったわ。お兄様の文具も無印章の物に交換するようにとお父様からご指示がございましたの」


「父上が?」


 ズバニールは驚愕で目を丸くした。


「紋章を適正に使用できるようになるまで使用禁止だそうです。

では、お願いね」


「「かしこまりました」」

「了解しました」


 執事とメイドと護衛はズバニールを伴いCクラスへ向かった。父親の名前が出れば反抗できないズバニールはパレシャへを心配そうに見ながらも体の大きな護衛に両肩を押されEクラスから出た。パレシャは口をパカリと開けてそれを見送る。


「では、わたくしもクラスに戻ります。

 みなさま、朝からお騒がせいたしました」


 アリサは気品溢れるお辞儀をして踵を返し廊下に出て行った。


「はい! では授業ですよぉ!」


 担任はパレシャが思考復活する前に動き出し、念のため衛兵が教室の後ろに待機した。


 昼休み、ズバニールとパレシャは中庭から少し離れた四阿に来ている。


「ズバニールとお揃いの勉強道具だったのにぃ」


 パレシャがぐずぐずと泣いていてズバニールはそれを慰めるため肩を抱いた。


「大丈夫だ。新しい物も俺と揃いのはずだ。公爵家として渡しているのだから質もいいものだぞ」


「そういう問題じゃないのっ! お揃いのマークがついているのがかっこよかったの!」


 オルクス公爵家の紋章をキャラクターマーク扱いしてしまうパレシャが恐ろしい。


「アリサと私は親友なんだよ! あんなことするなんておかしいよ……」


「そうだな。俺まで使用禁止とはおかしなことだ。文具一つで大騒ぎするなど公爵家はそんなケチなはずがない」


 文具の問題ではなく紋章の問題であることをズバニールも理解していない。


「アリサじゃなくて他の人が何か言ったんじゃないの?」


 ハンカチを握りしめ上目使いでズバニールの様子を伺うとズバニールは何かを訝しむように目を細めた。


「そうかもしれないな。アリサがここまでやるとは思えない。だが誰がそんなことを……」


「私がズバニールと仲良しだからヤキモチ焼いているのかも…………」


「ヤキモチ? ……まさか……」


 ズバニールは驚愕したが次にはニヤリと笑っていた。


「確かに辺境伯家からの要請なら行動を見せなければならない。つまりはそういうことか」


「私…………怖い……」


 パレシャはズバニールの胸に顔を埋めて見えないようにニヤけた。


 それから数日、またしてもアリサが三年Eクラスへやってきた。今回は友人のご令嬢二人を伴っている。


 パレシャはビクビクした顔でアリサを見た。


「オルクス公爵令嬢様。どうしたの?」


「あと一年足らずで学園も卒業ですのよ。そろそろ敬語をお学びになったらいかが?」


「マナーの先生に習っています」


 アリサの後ろにいる二人がわざとらしく目を見開いた。口元を隠すように扇を広げたが会話を隠すつもりはない。


「まあ! それでもこれですの?」

 

「マナーの先生もご苦労さなっていらっしゃるのよ」


「でもノートがあれでしたわよ」


 タイミングよくアリサがポンと手を打つ。


「そうノートですわ。先日没収したノートを拝見いたしました」


「人の物を勝手に見たの!?」


「公爵家の紋章入りですので公爵家の物ですわ。どのように利用されていたかの確認は必要です。

検閲したのはわたくしではなくメイド長と筆頭執事です。あまりの酷さのためわたくしに報告が来て見ることになったのですわ」


「ならなんで後ろの奴らが知っているのよ?」


 パレシャがぎりぎりと歯を食いしばる。


「筆頭執事からの要望でマナーの先生にそのノートをお見せすることになりましたのよ。その際マナーの先生があまりに驚愕なさってみなさんに意見を求めましたの。オルクス公爵家に関わらない方の意見を聞きたかったようですわ」


 アリサは目を細めて呆れと怒りを表していた。

 

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