第5話 引越し

「じゃあ、明日荷車を用意して迎えに来るよ。それまでに荷物をまとめておいてね」

 そう言って、領主様とパスカルさんは去っていった。

 

 

 

 荷造りと言ったが実はそんなに荷物なんてない。おばあちゃんの形見と僕の荷物を合わせても正直荷車が必要か怪しかった。

 形の残るものなんて服や装飾品、薬の材料と道具くらいしかないからだ。

 おばあちゃんは手記の類を一切残さなかった。だから本もない。

 

 暇な時間はすべて僕の教育に当てていた。おばあちゃんの教育の基本はとにかく暗記することだ。僕は物心つく頃には本何十冊分もの内容をとにかく完璧に覚えさせられた。だから僕の特技は暗記だと言ってもいいと思う。

 

 おばあちゃんとの思い出に浸りながら部屋を片付ける。おばあちゃんのあまりの荷物の少なさに僕は少し悲しくなった。

 でもこれだけ少なければ全て持っていってもいいだろう。

 

 おばあちゃんは自分の亡くなった後のことを予測しながら僕を育てていたんだろうなと、前の記憶を思い出した僕は気づいてしまった。

 おばあちゃんがくれた前の記憶は普段は朧気だが、確実に僕の中の何かを変えた。細かなことに気づけるようになったんだ。

 前の記憶もおばあちゃんが僕に必要だと思って用意してくれた、僕の宝物だ。

 この記憶があるおかげで、僕の視野は確実に拡がった。

 

 アオとシロが物思いにふける僕を心配している。僕はシロのフワフワとした毛並みを撫でると大丈夫だと笑う。

 まとめた荷物は本当に少なかった。

 

 アオとシロと一緒にベッドに入ると、明日の話をする。

『領主様の御屋敷ってどんな所だろうね』

 シロは森を出るのが楽しみらしく、街について色々聞いてきた。

『人間がたくさん暮らしているんでしょ?面白そうだね』

 アオも楽しそうだ。街に出たら色々連れて行ってあげようと決めた。とは言っても僕もほとんど森の中しか知らないから、みんなで一緒に勉強することになるだろう。

 その日は皆で街のことを話しながら眠りについた。

 

 

 

 翌日、パスカルさんと領主様がやってきて、僕の荷物の少なさに驚いていた。

 領主様は街に出たら色々案内するよと言って僕の頭を撫でてくれる。

 一応荷車に荷物をのせて領主の館に向かう。アオは僕の頭の上で上機嫌に歌っていた。シロも楽しみなのかずっとしっぽを振っている。

 アオの歌に笑う僕に、領主様は不思議そうにしている。

 アオは歌うのが好きなのだと言うと、領主様も笑ってくれた。

 魔物の声が聞けるのはテイマーだけの特権だ。みんなに聞かせてあげられないのが少し寂しい。

 

 

 

 街までたどり着くと、僕は久しぶりの景色にドキドキした。相変わらず賑わっている。

 街の中に入る時に、テイムした魔物について聞かれた。

 登録はしていますかと聞かれて僕は何のことだか分からなかったが、領主様がこれから登録するところだと言って事なきを得た。

「すまない、まずはテイマーギルドに行こうか。テイムした従魔はみんな登録しないといけないんだ」

 僕はテイマーギルドと言う響にワクワクした。

 前の僕の記憶ではファンタジーな存在らしい。


 僕が興味を持ったのがわかったのだろう、領主様は僕の頭を撫でた。パスカルさんはその間に僕の荷物を屋敷まで運んでくれるそうだ。

 

 

 

 テイマーギルドの扉をくぐると、沢山の従魔を連れた人達がいた。

 テイマーは意外と沢山いるようだ。

 僕は領主様に連れられて受付らしきところに向かう。

「この子のテイマー登録と従魔登録がしたいのだが」

 領主様が声をかけると、優しそうなお姉さんが対応してくれた。

 登録には僕と従魔たちの血が少量いるらしい。スライムに血とかあるのかと僕は困惑した。アオを見つめていると、スライムは体液で大丈夫だと笑って領主様が教えてくれた。

 

 用意された針を指に刺す。血を水晶のようなものに零すと登録が完了したようだ。これで街の中を好きに歩けるようになって、依頼も受けられるようになるらしい。

 僕はお姉さんからテイマーカードを貰った。ドックタグのようなもので、首から下げておけば身分証明にもなるようだ。

 

 魔物に装飾品を身につけさせたら、間違えて討伐させるリスクを減らせるとも教えてもらった。アオは無理かもしれないが、シロには今度何か付けてやろうと思う。

 

 

 

 テイマーギルドを出ると、次は領主様のお屋敷だ。

 今日は奥さんも長男さんも全員揃っているらしい。

 僕は少し緊張した。嫌われないといいな。

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