第2話 五百年後

 教壇に立つ教師が、寝ている生徒や遊んでいる生徒がいないかを見回しながら授業を進めている。


「…………というわけで今から約五百年前、全ての人が初めて地球の声を聞きました。私たち人類だけではなく、昆虫や動物を含めて全ての生き物が聞いていました。

 当時の人にはそれを正確に検証する力も、余裕もありませんでした。

 では、この出来事はなんと名付けられたでしょうか。えぇと、サトウくん」


「ぅぇ、は、はい! 『地球激おこ』っじゃなくて『地球大進化』です」


 指名された男の子は、

「ここまで出席番号順で当てられていたのに、いきなり飛ばしてきた!」

と焦りながらも、声変わりをしていない幼い声で教師に答える。


「良くできました。サトウくんありがとう。サトウくんが答えたように『地球大進化』が正解です。『地球激おこ』もギリギリ間違ってはいませんが、テストでは『地球大進化』と答えてくださいね。『地球激おこ』や『地球激怒』などを聞いたことがありますか?

 そう答えると激おこする人もいますから、むやみに使ってはダメですよ。『地球大進化』が本名、『地球激おこ』や『地球激怒』は、いやがる人もいるあだ名だと思ってください」


 なんとか答えたサトウくんは、満面の笑みである。


「せんせー! 『地球激おこ』で地球が大きくなったって教科書に書いてたんですけど、どれくらい大きくなったんですか?」


 活発そうな女の子が、「予習したけど、なんかよくわかんなかったのよねぇ」と言いたげに質問する。


「スズキさんいい質問です。

 はい、確かに地球は『地球大進化』前よりもとても大きくなりました。

 大進化前の地球がテニスボールだとしたら、大進化後はバスケットボールよりももっと大きくなりました。正確な数字は、皆さんが中等部や高等部に進んでから教わるでしょう。

 スズキさん、予習をしっかりしてきて偉いですね。でも『地球大進化』と言ってくださいね。他に質問はありますか?」


 スズキさんは、

「大きくなりすぎ……ん? 前の地球が小さすぎ? 余計わかんなくなっちゃった」

とスケール感が理解できなくて、考えることは中等部へ進んだ未来の自分にぶん投げることにした。


「はい! 先生。昨日『地球大進化』のドキュメンタリーを父と視ていて、地球が大きくなったら重力とか気圧がどうこう言っていたのですが、ちょっと難しくてわかりませんでした」


 別の男の子が質問する。

 昨日の夜に父親が視聴していた大人向けの少し難しいドキュメンタリー番組が、ちょうど今日の授業内容だったので

「大人が視るドキュメンタリー視てるオレ、すごいでしょ」

と内心思いながら質問する。


「おぉ! タナカくんもあの番組を視たんですね。先生も視ましたよ。

 とても良くできていましたので、わかりやすい部分を今度の授業で、皆さんと視聴しようと思っていたんです。

 重力や気圧でしたね。他にも自転や大気圏、太陽光の影響などもありました。高等部を卒業している人が視聴することを前提で作られていたようですから、わかりにくかったでしょう? でも、説明してしまうと、時間が足りなくなってしまいます」


「うへっ。高等部卒業かぁ。そんなに難しいことなんですか?」


 タナカくんは、

「やっべ、わかるわけないわ」

と思いながらも、かっこつけたいのでなんとか食い下がる。


「そうですね。これから皆さんが中等部や高等部で勉強することや、更に先に進んで学者さんたちが研究するような、難しいお話になってしまいます。

 ですが、せっかくの質問ですから、先生として答えないわけにはいきませんよね。

 うぅぅぅん。とても簡単にお答えしましょうか。地球が大きくなって何も私たちを守るものがなければ、どうなるか?」



「死にます。絶対に生身では生きていけません」



 教師の答えがまさかの「死にます」である。質問したタナカくんも、授業を受けている幼い子供たちもどん引きである。

 数人はよくわかっていない。


「安心してください。確かに恐ろしいことではありますが、そんな恐ろしいことにはなっていませんよね。私たちは、今も生きることが出来ていますよ」


「せんせー! なんで私たちは生きてるの?」


 教師は、

「哲学的な質問と見せかけて、『なぜ私たちは生きているのか(物理)』ってことですね。わかってます」

と思いながらも、授業に積極的に参加してくれることが嬉しくて、少し上機嫌になりながら続ける。


「それは皆さんもよく知っていますし、よく使っています。これから学んでいくことでもありますね。それを使って地球は進化直後から現在に至るまで、私たちを守ってくださっています。感謝を込めて『地球感謝の日』と祝日にもなってますね。

 さて、授業の時間も終わりです。最後に私から皆さんにクイズを出しましょうか。ここまでのヒントで何を使って私たちが守られているかわかった人はいますか?

 おっ! では、一番手を挙げるのが速かったサトウくん」



「はい! 魔力です!」



「正解です。正解したサトウくんに皆さん拍手をしましょう」


 自分に向けられた拍手に照れて頬を染めながらも、少し自慢げなサトウくん。

 なんかよくわからないけど、未来の自分がなんとかするでしょと、未来の自分に後を託したスズキさん。

 友達のサトウくんに美味しいところを持っていかれて、気落ちするタナカくん。



 地球が進化して五百年。

 人類は人口の九割以上が亡くなったが、残った一割未満の人々とその子孫が激動に揉まれ、少しずつかつての日常に近付くことができていた。

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