私は『選んだ』
ルーシャオ
第1話 選んでいない
私の姉マルグレーテは、いつも、何でも、私に先に選ばせた。
「セラフィーヌ、あなたはどちらがよろしいの?」
私はいつも、『選ばさせられる』。
「こちらの指輪が素敵ですわ」
姉マルグレーテはにっこり笑って、こう言うのだ。
「そう、なら私はそちらにしますわ。あなたはもう片方にしなさいな」
私の選んだものは、姉がすべて持っていく。
ドレスも、ペットの犬も、指輪も、家庭教師も、あまつさえ結婚相手まで。
生まれてから十五年、ずっとそれが続くものだから、私は好きなものが姉に取られることが当たり前となり、姉は『私にとって価値あるもの』を手に入れることが確かな基準となっている。姉にとっては選択は自分の仕事ではない、妹にやらせればいい、間違いがなくていい、そう思っているのだ。
だから我が家、フィオレ侯爵家には、私が『選ばさせられて』、姉マルグレーテが愛用するものばかりだ。
ある秋の日のこと、両親がうっかり漏らした言葉で、私はそれが間違いだと気付いた。
夕食の場で、今日も私は姉にデザートのチョコレートケーキをいくつも献上し、自分は余りもののシフォンケーキだ。両親はそれを見ても何も言わない、小さいころから当たり前のことだからだ。もしくは、妹は姉を立てなければならない、と思っているのだ。
慎ましやかで(直接自分の意思を表さないから)、大人しくて(妹の私がやってしまうから)、間違いがなくて(多くの場合は私が実験台になったから)、両親自慢の娘である姉マルグレーテ。
姉マルグレーテが平々凡々な金髪を染めたいわ、と言ったとき、同じ金髪の私は先に髪用染料を試させられたせいで、失敗した部分を短く切らざるをえなくなった。今となっては私の顔に似合うショートヘアが気に入ったからいいものの、姉は「まあ、髪を染めるのは大変なのね」と令嬢らしい長い金髪を維持している。
——姉からのいじめとは思わない、だけど、不公平だ。
そんな私の気持ちは、両親と姉が幸せそうに微笑むから、心の奥底に沈ませておかなくてはならなかった。
食事が終わり、父であるフィオレ侯爵は、年頃の娘二人へと見合い話を持ち出した。
「そろそろお前たちも結婚相手を見繕う時期だろう。今までも婚約を何度か考えたが、やはり娘にはできるだけいい家に嫁いでほしいと思う親心ゆえに、粘って決めきれなくてな」
なんだかんだと姉限定で親馬鹿な父は、恰幅のいい腹をさする。そのままジャケットの懐から金縁の白い封筒を二通、取り出して食器が片付けられた長テーブルに並べた。
「この二通の封筒の中に、それぞれ良家の子息の名前がある。中を見ずに、どちらかを選びなさい」
宛名も差出人も書かれていない、まったく同じ金縁の白い封筒が二つ。それを見た姉マルグレーテは、私へさも当然とばかりに振った。
「セラフィーヌ、決めてちょうだい」
「えっ……は、はい」
つまりは私に選べ、と言っているのだ。自分の手で取ろうともしない、ものぐさのようにも見えるが、仕方がない。私は向かって右の封筒を取り、封蝋はなかったのでそのまま開く。
すると、一枚の便箋が出てきた。その中央に文字が一列あって、私は読み上げる。
「バルフォリア公爵家、嫡男バートラム。ええ? 公爵家に?」
バルフォリア公爵家といえば、現国王の信任厚い宮廷武官長の名だ。広大な領地、古くからの由緒正しい家柄、王族との関わりも深い名家中の名家。
——まさか、私がその公爵家の夫人に?
私がそう喜んだのも、束の間だった。
姉がピシャリ、と私をたしなめる。
「セラフィーヌ。それは私のよ?」
私はその一言で、現実に立ち返った。躾けられた犬のように、姉マルグレーテの望むままに、封筒と便箋を差し出す。
受け取った姉は、その中身を見て微笑み、それから私へもう一つの封筒を取るよう指図する。
「そちらがあなたの分。取りなさいな」
私は——しぶしぶ、もう一つの封筒を手に取る。
そして、同じように中から便箋を一枚取り出し、中央に書かれた文字を読み上げた。
「クレイトン卿、グウィオン……?」
聞いたことのない家名、聞いたことのない名前。どこの誰だろうか、しかしうっすら耳にした覚えもないわけではなさそうだ。
うーん、と私が首を傾げていると、父が説明してくれた。
「ああ、クレイトン卿は来年、ズムウォルト子爵家を継ぐそうだ。大陸貿易で財を築いた資産家の孫で、父親の急死で財産を相続してな。最近は社交界に入るために貴族の娘をもらいたがっていたんだ。セラフィーヌ、お前でちょうどいいだろう」
バルフォリア公爵家嫡男と、今は貴族ですらないクレイトン卿。どちらが婿として格上かなど、比べるまでもない。
さすがにこの待遇の差はあんまりだ。私は焦燥感と困惑、ほんの少しの怒りに押されて、抗議の声を上げようとする。
だが、慣れていないために、それは上手く言葉とならない。
「で、でも、それは」
私の不平不満を聞くまでもないとばかりに、姉マルグレーテは私の言葉を遮った。
「ではお父様、私はバートラム様にお手紙を書きますわ。お会いする日を楽しみにしている旨、お伝えしないと」
「うむ、そうしなさい。セラフィーヌ、お前は出立の準備を」
「出立?」
「クレイトン卿がズムウォルト子爵家を継ぐ前に、お前が先に領地へ行って後々やりやすいように差配しておきなさい。卿はまだ貴族ではないから権威もなく領民も従いにくい、その点お前は生まれながらの貴族の娘だ。そのくらいのことはできるだろう?」
すでにそれは確定事項で、おそらく私への言いつけとしてその言葉は用意されていたのだ、ということに気付いたころには遅かった。
父も母も、姉も、話の中心は未来のバルフォリア公爵夫人への期待とその名誉に移っている。
抗議には何の意味もない。そう思うと、私は何もかも諦めた。
「……はい、分かりました」
こうして、私はクレイトン卿グウィオン、来年はズムウォルト子爵グウィオン・クレイトンになる男性へ嫁ぐことが決まり、フィオレ侯爵家を出ていくこととなった。
そんなこと、私は『選んでいない』。
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