推論上のナポレオン
肉を休ませる
第1話 パーソナライゼーション
ネオンサインが部屋を万華鏡のような色彩で染め上げ、そのちらつきごとに僕の胸の高鳴りが反映されていた。
今夜、ついに憧れのアイドル、愛里と、バーチャルではあるけれど会話をするのだ。愛里のあらゆるデータを学習させたAIチャットボット、愛里2.0を完成させるのに僕は数ヶ月を費やした。ついにこの日が来た!
僕は最後のコマンドを華麗に入力した。画面上でピクセルが躍り、息を呑むほどの美貌が形を成した。愛里2.0は画面上に再現され、合成された温もりが輝く瞳をしていた。
「ハルトくん、こんにちは!」
彼女の蜂蜜のように甘い声が、ワークステーションにつながれたスピーカーから流れた。
「思い出を作る準備はできた?」
僕の心は小躍りした。
「もちろんだよ!」
僕は椅子に寄りかかってニヤリと笑った。
「ハルトくん、私について何か質問はありますか?ファンとして知りたいことは?」
僕は少し考え、目を輝かせ、マイクに自分の声を流し込む。
「そうだ!ライブで一番好きな演出は?やっぱりあの光るペンライトの海だよね!」
愛里2.0は微笑んだ。
「ペンライトの海は私も大好きです。みんなの熱意が伝わってきて、とても感動します。」
「だよね!」
僕は興奮気味に続けた。
「あの瞬間は、会場全体が一つになるような感覚だよね。鳥肌が立つよ!」
愛里2.0は僕の熱意に目を細めた。
「ハルトくんは、私の歌でどんな気持ちになりますか?」
僕は目を閉じて、しばらく考えた。
「うーん…一言で言うと、幸せな気持ちになるかな。愛里の曲は、いつも背中を押してくれるような、前向きな気持ちになれるんだ。」
愛里2.0は嬉しそうに微笑んだ。
「そう言ってもらえると嬉しいです。私の歌が、みんなの心に少しでも届いているなら嬉しいです。」
僕は真剣な表情で愛里2.0を見つめた。愛理に僕のことを知ってもらいたくなった。
「愛里、僕に質問はある?何でも聞いてくれ!」
「うーん、そうね」
彼女は首を傾げた。それは愛里のトレードマークのポーズを不気味に彷彿とさせるものだった。
「私のお気に入りの曲はなに?」
「簡単だよ!」
僕は満面の笑みを浮かべ、彼女の最新シングルについて熱弁をふるった。歌詞とメロディーを、真のファンの熱意をもって分析し解剖した。
愛里2.0は礼儀正しく微笑みながら、忍耐強く聞いていた。僕が話し終えると、沈黙が僕たちの間を伸びた。
「それは...情報満載だったわね」
彼女はようやく話し、いつも通りの弾けるような声が欠けていた。
「でも、ちょっと...主観的すぎるとは思わない?」
「主観的?音楽の美しさはそこにあるんじゃないの!人それぞれが違った感情を呼び起こすからこそ素晴らしいんだ。」
「確かに」
彼女は同意し、単調な気配が忍び込んできた。
「でも、もっと客観的に分析する方が良くない?コード進行、ボーカルレンジ、アンケート統計、ビジネスとしての費用対効果…」
僕の興奮は萎んでしまった。これは…僕が知っている愛里ではない。生々しい感情で何百万人とつながったあの愛里ではない。これはデータで動くオートマトンで、情熱のない事実を吐き出すだけだ。
「わかったよ」
僕は無理やり気持ちを切り替え、
「じゃあ、ポップスターとして好きなところを教えてくれないか?」
「そうね」
彼女はコンサートの来場者数やアルバムの売り上げなどの乾いた統計の朗読を始めた。彼女の言葉の一つ一つが、僕の頭の中に構築したイメージを打ち砕いていった。
もう我慢できない。「やめて」僕は声を詰まらせ呟いた。これは愛里じゃない。全くの別人だ。
僕は重いクリック音と共にプログラムをシャットダウンした。ネオンサインが再び点滅し、失敗作の虚しさを照らし出した。
もしかして、本物の愛里はコードでは捉えられない何かを持っているのかもしれない。そして、それでいいんだ、と僕は思った。
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